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閑話 ラディー(四歳)の1日 (上)

三人称です。



ーーこれは、『レクト様』との顔合わせから一年後の、とある日のラディーの様子。




ーーAM 5:00


「ーーお早うございます」

「ああ。…さ、始めるぜ?」

「はい」


 ラディーが朝起きて、支度をしてから向かった先は、リトヴィー家の厨房。

音もなく、いつの間にか厨房の入口に立ったラディーが掛けた声に、一人の男が驚いた様子もなく返事を返した。


「ったく、てめえ(ラディー)も音を消して厨房に来るのは辞めろ。毎朝心臓に悪い」

「申し訳ありません。気配は殺さないようにしているのですが…」

「ハァ!?…まじかよ。末恐ろしいな、てめぇ……」


 話しながらも、見事な包丁捌きで次々と朝食を作り上げていく男。

相変わらずの見事な出来映えに、ラディーは感嘆の息を漏らす。


「さすがですね。ハーシルさん」

「おうよ。何たって俺は、このリトヴィー家の料理長を任されているからな」


 ニッと悪役さながらに笑った、ハーシルと呼ばれた男の肩書きは、『リトヴィー家 筆頭料理長』。

リトヴィー家に仕えるコックの中でも、一番偉く腕の良いコックだ。

 如何にも(ヤクザ)、な顔をしていて、毎年新人のコックからは恐れられている男なのだが、直ぐにその恐れは無くなる。

 何故なら、見かけによらず情に厚く、男気があるハーシルの人柄に触れて、己の勘違いに気付くからだ。

 ハーシルは、その顔に似合わず、人望のある男だ。

…ハーシルの人柄に心酔して、リトヴィー家のコックになった奴もいる位に。


 武骨な手から、次々とデザートである、繊細な飴細工の施されたフルーツが産み出されていく様子は、何度見ても違和感を感じる。

まるで魔法のようだ、と感嘆の声をあげたラディーは、自分に任された使用人の朝食用のパンを焼き上げ、籠に積んでいく。


「しっかし、便利だなぁ、お前さんの作った魔法。確か、『促成発酵』、だったか?」

「はい。ですが、時間を置いて発酵させた物には負けます」

「そりゃあな。リトヴィー家の方にお出しするパンは時間を掛けるが、使用人用のパンを作る時間を短縮できるようになったっつうのは大きいぜ」


 よくやった、とラディーの頭を遠慮なくグリグリと撫でるハーシル。

 料理に関しては滅多に褒めることのないハーシルが、ラディーを褒めたことに一瞬厨房がざわめき、次々にラディーへ祝福と感謝の声が掛けられる。


「親方の言う通り、ラディーのお陰で助かってるぜ」

「シグニアさんまで…」

「遠慮するなよ、ラディー。料理長と副料理長が褒めてるんだ、自信もてって」

「リギィー。…はぁ、判りました、私の負けです」


 副料理長であるシグニアの言葉と、年が近いーーと言っても、10歳差ーーのリギィーの言葉に折れたラディーの様子に、厨房が笑いに包まれる。


「っと、ラディー、そろそろ時間だぜ」

「はい。…では、失礼します」

「おう、また明日な」


 一礼して、相変わらず音を立てずに歩き去って行くラディーを一瞥したハーシルは、厨房を見回して声をあげた。


「お前ら、朝食を作り終えた奴から休憩に入れ!一時間後から昼飯の用意だ!」

『応!』






ーーAM 7:00


「よろしくお願いします、師匠」

「おう、遠慮なくかかってこい」


 ラディーは、リトヴィー家の本邸ーー王都のリトヴィー家には、本邸を中心に、時計周りに上から、

使用人や騎士団員達の生活する区間、

備品などの倉庫のある区間、

リトヴィー家の私兵(リグルト騎士団)の訓練場、

広大な庭園や温室などのある区間、

本邸と回廊で繋がっている別邸、

自然豊かな森、となっているーーから離れて、騎士団の訓練場に来ていた。


「ーー行きます」

「っ、」


 ギィン、ガギン、と鳴り続ける音に、騎士団の団員達も訓練を中止して、見物に移る。


「……すげぇな、二人」

「あぁ。団長は手加減しているとはいえ、ラディーもすげぇな。今の団長と互角だぜ」

「速すぎてたまに目で追えねぇし……」

「ラディーって、訓練始めてまだ2年も経ってねぇよな…?」

「四歳児に負ける俺達って……」

「言うな。皆解ってる」

『…………はぁ』


 ……見物していた団員達の一部の心に深い傷を付けた、ラディーと団長の手合わせはーー


 キィィィン


「、ッ!」

「……」

『!』

「……参り、ました」


 ラディーの敗北で、幕を閉じた。


「おう。腕をあげたな、ラディー」

「師匠には、負けますけど、ね」


肩で息を繰り返すラディーの喉元には、「師匠」と呼ばれた男の持つ剣の切っ先がつきつけられている。

愉しげに笑う男は、剣を仕舞うと、一人の名前を呼ぶ。


「セド。どうだ、今日の手合わせは」

「本当に、上達しましたよ、ラディー。あのユージン(バカ)、最後は一瞬本気出していましたから」


 セド、と呼ばれた男は、団員達の間から出てくると、ラディーを褒める。

…同時に、上司である団長(ユージン)に毒を吐くことは、既に誰も気にしていない。


「セド副団長…」

「ま、頑張れよ、ラディー。一瞬とはいえ、この俺に本気を出させたんだ。もっと強くなって、この俺を越えてみろ!」

「だからといって、無茶をさせてはいけませんよ、ユージン?」

「あ、あぁ。(セドの笑顔が黒い…)」


 幼馴染みだったという二人のやり取りは日常茶飯事で、団員達は二人をスルーしてラディーに駆け寄る。


「お疲れ。最後の団長の剣、全く見えなかったぜ…」

「……後半辺り、重心がぶれていた。団長の剣は受け止めるな、流せ」

「あー、剣がボロボロ……。弓引きされているとはいえ、ヒヤヒヤするよ」

「ちっこいのに、よく剣を振れるな。なんだったら、今度槍でも教えようか」


 思い思いの言葉を掛けられたラディーは、笑顔で頭を下げる。


「皆さん、ありがとうございます」

「気にすんな。団員達(こいつら)のいい刺激になってくれているんだ」


チラッとユージンが視線を向けた先には、先程落ち込んでいた団員達。

今はラディーの姿を見てやる気が出たのか、手合わせが終わった途端に訓練を再開していた。


「あぁ、ラディー。そろそろ時間では?」

「そうですね。今日は失礼します、師匠、セド副団長、騎士団の皆さん」

「おう、また明日」


 ラディーが本邸に戻っていくのを横目に見たユージンは、まだ訓練を再開していない団員達に向けて声を飛ばす。


「てめぇら、ラディーに負けんように腕上げろ!それでもリトヴィー家に仕える騎士か!」

『ッ、了解!』





ーーAM 8:30


「レクト様、起床時間でございます」

「らーぃ、おぁよー(ラディー、おはよう)」

「おはようございます、レクト様。本日の朝食はーー」




三話構成になると思います。

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