異変
翌日から少し僕は変わる事にした 入居者には笑顔を振りまき
車いすを押す きっと変われる そう良子サンの言葉を信じながら
「最近 調子良いみたいね」遠藤院長に話しかけられた
「評判もいいみたい ねえ この後もここで働かない? 大学の空いた日で良いから」
自分はしばらく考え頷いた。
「私はね 長く別の現場で働いていたんだ そこの責任者としてね
でもその介護施設では 入居者に対する思いというものが全くなかった ただ機械的に頑張っている
だけ 入居者も職員もロボットじゃないのよ。 私は有るとき独立してこの介護施設を作る事にした理想の介護施設 私の夢だったの ここの利用者入居者はみんな笑顔でしょ」 院長はそう説明した。
「私は理想の施設を作れたと思ってる。ここは私の理想の場所なの」
院長は背伸びをしながら言った。あなたも今日からここの一員ね。
介護施設で働くようになって1月が過ぎた
僕は大学のスケジュールに併せて介護施設にも働くようにした
職員は皆良い人たちばかりで 僕は安心していた
「熊野サンまた叫んでいるよ」 職員がそっと教えてくれた
「居るんだよねえ ああいう人がたまに 紛れ込んじゃうんだ」
中に入ると熊野老人が職員に怒鳴り散らしている 慌てて良子サンが駆けつけた
「もうすぐおやつがあります コーヒーもさしあげますから」
「そんな事でだまる ワシだと思ってるのか この職員は態度が悪すぎるんだ
ここできっちといってやらないといけない」 老人はなおも食い下がった
「そんなあことおっしゃわらずにねえ」 良子サンは取りなす 後で私の方からも言って聞かせますから
ようやく熊野老人は黙り込み 良子サンは車いすを押して部屋まで連れて行った。
「こまった人ですねえ」 僕は良子サンに言った
「あれでも元は小さな会社の専務だったのよ 熊野サン でも家族に当たり散らすから
家族の方もなかなか来てくださらないの 」そりゃそうだ 僕が家族なら来ない
「ああいう人のために全体の雰囲気が壊れないようにしないと」別の職員が口を挟む
「そうねえ どうしたものかしら」 良子サンは何か考え事をしているようだった。
「私に任せて きっとなんとかするから」
僕は頷いた。
昼休み院長に声を掛けられた
「どう最近?」色々と有りましてと答えると
「どんな方でも大事よ 経営する側のみになって考えてね 他行かれたら経営が傾いちゃうから」 と遠藤院長は笑いながら言った。
実情は言えずじまいだったが確かに潰れても困る。
数週間が経過した。相変わらず熊野サンは問題行動ばかり起こしていた
他の入居者のいらだちも手に取るようにわかる
どうしたものか
「熊野サンも辛いのよ 華やかな企業人時代の落差と家族にすら相手にされない現在介護される立場の人間として わかってあげないと」 良子サンは言うが他の人間の事も考えないといけない。 そういおうとしたが良子サンを追いつめるだけなので黙ってしまった。
相変わらず熊野サンは暴言をまき散らし去っていく。
今日も職員には怒鳴り散しっぱなしだ。
「熊野サン またコーヒーでものんで落ち着きましょうね 」
良子サンは熊野サンを落ち着かせると部屋まで連れて行った。
「眠ったみたい」
しばらくすると熊野サンのうめき声が施設内に響いた
「どうしました」見ると熊野サンが苦しそうに体を曲げている
「 くん 救急車」
僕は慌てて救急車を呼んだものの 数日後熊野サンは病院で息を引き取った
病院内には熊野サンの家族は申し訳程度にしか現れなかった。
「熊野サンも可哀想な人ねえ」院長が側に来て話しかけてきた。
「自分がこういう最後になるとは思わなかったでしょうに 家族にも見離されて。
私も家族は良子しか居ないけど。私の最後はどうなるのかしら あの子きちんと看取ってくれるのかな」加えて
「介護施設はあの子が継いでくれるといいな て 望み過ぎか
好きにすればいいわ あのこの人生だし」
そういいながら寂しそうに笑った。