ニオイ
「紅いカメムシ!?それってまさか…」
放課後、学級委員の前田 彩香は結城 真奈美と一緒に、桐谷まひるがいる保健室に行った。そして、紅いカメムシのことを話すと、まひるは手に持っていたコーヒー入りのカップをカタカタ震えさせた。
「まひる先生も、そう思いますか?このマナミへの嫌がらせが二年前のチサトと何か関係があると…」
「そう考えざるを得ないでしょうね…でもなんでマナミさんが…?」
「わかりません!わたしは何も…!」
真奈美は声を震わせて否定した。まるで心当たりがあるかのように…。
「あ、いまお茶入れるわね」
まひるは湯呑みを二つ用意し、きゅうすから煎茶を注いだ。
「はい。これを飲んで落ち着いて!」
「ありがとうございます。飲も、マナミ」
「うん…」
真奈美は熱い煎茶を少しずつすすった。飲みきって空になった湯呑みをテーブルの上に置くと、真上の蛍光灯に張り付いていたカメムシが、置いた湯呑みにブーンと飛びうつった。そのカメムシを、真奈美はボーッと見つめた。
「カメムシって、可哀想な生き物ですよね…」
「どうしたの?急に…」
「マナミ?」
「カメムシって、変に触ったりしなければ臭わないじゃないですか。でも、ニオイを出したわけでもないのに、駆除されちゃう。何も悪いことしてないのに…ひどいじゃないですか?」
湯呑みの外側を這っていたカメムシは、湯呑みの内側に滑り落ちた。すると湯呑みの中に残った微量の煎茶の水滴に濡れたのか、匂いが発生した。
「うわ、くさい」
「こうやってニオイを出されると困るから、被害を未然に防ぐために駆除するのよ。カメムシは本来、敵から身を守るためにニオイを出す。でもそのニオイが原因で駆除される。自分で自分の首をしめているのよ。人間だってそうでしょう?」
「え…?」
「自分の身を守るために、他人を犠牲にする。その影響で自分は他人から嫌われてしまう。自分のことしか考えていない人は、人から嫌われがちなのよ。カメムシが好きな人って、あまりいないでしょう?ちょっと強引な喩えかもしれないけどね」
「じゃあ、やっぱりクサギの言うように、私もカメムシなのかも…」
真奈美はボソリとつぶやいた。
「…え?」
「いえ、なんでもないです。煎茶、ご馳走さまでした。行こう、彩香」
「う、うん」
真奈美と彩香は保健室をあとにした。
まひるは、湯呑みの中の濡れたカメムシをティッシュで包んでゴミ箱に捨てた。
「それは、あなただけじゃないわよ…」
保健室の窓には、無数のカメムシが張り付いている。それを見つめ、まひるは呟く。
「相変わらず、カメムシが多いわねこの学園は。駆除してもキリがないわ…」