寄生蜂
「サイテー…。なにあの言い方!大丈夫?マナミ…」
「…うん」
ロッカーの側で怯えていた結城真奈美は立ち上がり、倒した机を起こした。
廊下側の一番前の席で、倉科 賢作はスマホを一生懸命いじってる。何かを検索しているようだ。彼は何かあるとすぐにスマホで検索するクセがある。
「あった!寄生蜂!」
賢作は、さっき床に落ちた真奈美の机の中に入っていた『寄生蜂』と書かれた紙を拾った。
「寄生蜂は、昆虫の卵に寄生する、昆虫の敵だ。カメムシの卵にも寄生するらしい。つまりカメムシの天敵だ。誰かが『寄生蜂』を名乗ってマナミをカメムシ扱いして嫌がらせを…」
「チサトよ。チサトの霊がやったのよ…」
そうぼそりと言い出したのは、廊下側後ろの沢口の隣に座っている、志摩レイカだ。彼女の祖母は青森の山奥に住んでいる霊能力者で、孫であるレイカにも霊能力があるらしい。クラスでのあだ名はイタコ。前髪パッツンで、着物を着るとまるで市松人形だ。
「感じるのよ。そのマナミの教科書からすさまじい怒りの念がね…!」
「おいイタコ、気味悪い話してんじゃねえよ」
隣の沢口がうざったそうに左耳に左小指をいれてほじった。
「あんたがやったんでょ…」
汚れた教科書を拭いていたマナミは、突然僕の方を睨んで言った。
「え…?」
その瞬間、背中がヒヤリとした。
「そういやおめえ、毎朝誰よりも早く教室にいるよな。今日も一番乗りだったんじゃねえのか?この中で誰にも気付かれずに、マナミの机にイタズラ出来たのはお前しかいないだろ?亀梨!」
マナミに便乗して、沢口も僕を疑ってきた。
「ち、違う!たしかに今日も一番乗りだったけど、僕はやってない!」
「どうだかな。さっきクサギのババアが言ってただろ?人間、裏の顔があるってよ!」
「僕じゃない!」
僕は必死に否定した。しかし、誰ひとり僕を庇おうとする人はいなかった。それもそうだ。僕にはクラスでは、特別仲がいい奴がいない。
「おい亀梨!白状しろよ!お前なんだろう?寄生蜂は!」
沢口はもう完全に僕を犯人扱いしている。皆が僕を疑いの目で見ている。まさに、四面楚歌だ。
今まで平穏に過ごしてきた学園生活が、これがキッカケで一変した。きっとこれは報いなのだろう。今までいろんなことから避けてきたこと、そしてあのとき、陰でいじめられていた室井千里を見て見てみぬふりをしたことへの。
いったい『寄生蜂』とは誰なのだろうか。結城真奈美の机からは、教科書で潰されたカメムシの強烈な異臭と、カメムシを紅く染めたポスターカラーの匂いが漂っていた。