紅いカメムシ
室井千里。彼女の名前が出るとクラスの誰もが嫌な顔をする。
「なぜあんなことになったのか、未だ残念に思います。では千里さんの死を悼み、十秒間黙祷しましょう。黙祷!」
黙祷が終わり、目を開けて周りを見渡すと、どの生徒も顔色が悪かった。
二年前、僕はチサトの後ろの席に座っていた。彼女が亡くなる数日前、僕は見てしまった。彼女の机の中に大量のカメムシが入っていたのを。しかし彼女は驚く様子もなく、ただ黙って授業を受けていた。
チサトは誰かからいじめを受けていたのを知ったのはその時だ。しかし僕は何もできなかった。彼女を庇うことで、僕も巻き添えになるのが怖かった。傍観者になっていたのだ。
その数日後、チサトは校舎裏に広がる樹海の中で発見された。急な斜面で足を滑らせ、岩に頭を打ったそうだ。彼女の血で紅く染められた岩には、無数のカメムシが群がっていた。
なぜチサトがそんなところで死んでいたのかはわからない。事故ということで処理されたが、これが事故ではなく、いじめを苦にしての自殺だと考えると、自分が見殺しにしたような気分になり、背筋が凍る。彼女の机の中にあったカメムシは、生前にチサトが始末したのか、無くなっていた。
ホームルーム終了のチャイムが鳴った。クサギが教室を去っても、沈黙はしばらく続いた。
廊下側の一番後ろに座っている、クラスで一番不真面目で騒がしい生徒、沢口 大我はいつも何かとクサギと対立していた。今日もワイシャツの下は赤い派手なティーシャツ。そして茶髪。
いつもホームルームで教室にクサギが入ってくると、真っ先に沢口の服装を見て怒鳴りこんでくる。
しかし今日はそれが無い。いつも愚痴を喋る沢口も、今日は黙ったまま。
静まり返った教室で一番騒がしいといえば、さっきから天井の蛍光灯のまわりをブーンと太い音で飛んでいる、カメムシくらいだ。そのカメムシが、沢口の机の上に飛んできて、ピタッと止まった。
「うわっ!」
沢口は、そのカメムシを見て驚愕した。そのカメムシは全身が、血のように紅かった。
すると僕の席にも、もう一匹『紅いカメムシ』が飛んできた。その直後だった。
「きゃあああああああ!!」
僕の隣の席の結城 真奈美が突然悲鳴をあげた。机から教科書を出そうとしたらしい。教科書に紅いカメムシが数匹もくっついていた。
真奈美は驚いて机を前にドーンと倒し、後ろのロッカーに寄りかかってガタガタ震えてしまった。
「い、いや…」
倒れた机の中から飛び出てきたカメムシまみれの教科書に混じって、教科書くらいの大きさの、一枚の白い紙が落ちていた。それを沢口が拾った。
「寄生蜂?」
その紙には紅い文字で『寄生蜂』と書かれていた。