静かな教室
教室に入ると、まだ誰も来ていなかった。いつも僕は早めに登校する。
僕の教室は三年一組。一組といっても、全校で七十人弱の生徒数で、どの学年もクラスはひとつしかない。三年一組はわずか十四人しかいない。無駄に広い教室が、生徒が少ないせいで余計広く感じる。
十月に入ると、ワイシャツ姿だった生徒も衣替えで上にブレザーを着るようになった。
僕の席は一番後ろの窓側で、さっきまで校門のあたりに安室さんがいたのが見えたが、少し目を離してる間にいなくなってしまった。
安室さんの年齢は四十代前半。黒いキャップ帽子に黒いジャージ姿で、茶髪のロングヘアー。ビジュアル系の顔で、年齢の割には若く見える。今年の四月からこの姉湖学園で働き始め、女子には結構人気があり、男子生徒はそんな彼に少し嫉妬していた。
人気といえば、保健室の桐谷まひる先生もそうだ。茶髪のボブヘアーにキラキラした瞳で、誰にも優しい。年齢は二十代後半。休み時間になれば、まひる先生に会いに行く男子が大勢いる。男子だけではなく、女子にも人気で、まさに会いに行けるアイドルだ。
次々と教室にクラスメイトがカバンを片手に入ってきた。さっきまで静かだった教室が、どんどん賑やかになっていく。そして、担任のクサギが教室に入ってきた。
「なにしてるの!もうホームルームの時間ですよ。さっさと席につきなさい!」
残念なのはこの人。うちの担任のクサギだ。久佐城 夏子。まだホームルーム開始のチャイムが鳴ってないのに教室に入るなり大声で叫ぶ。たしか年齢は四十八だっただろうか。縁なし眼鏡で後ろに髪を結っている。融通が利かず、短気で冗談も通じない。声がでかく、いつも怒鳴ってばっかりだ。自衛隊の教官のように校則に厳しい。校内で一番嫌われ者なのは、間違いなくこの先生だ。なにか相談事があっても話しかけづらい。笑った顔は見たことないし、彼女の前では気を緩められない。
「学級委員、号令!」
「はい。起立!」
クサギに言われると、学級委員の前田 彩香は号令をかけた。
「礼!着席!」
アヤカの号令に合わせ、僕らは礼をして着席した。そしてクサギが出席簿を開き、出席確認を始めた。それが終わると出席簿をバンと閉じ、教卓の上にドンと置いた。
するとクサギは、そのままゆっくり目を瞑った。いつもなら出席確認を終えたあと、早口で連絡事項を喋って教室を去っていくのに、そうしようとする様子がない。
クサギは閉じていた目をゆっくり開き、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「はやいもので、室井さんが亡くなってから二年経ちました…」
その『室井』の名前が出ると、教室の空気が一気に冷たくなった。