ササイな騒ぎ
亜留絵が亡くなった二日が経った。新次郎と亜留絵の机の上には花が置かれ、教室は静まり返っていた。
朝のショートホームルーム。笹井が教室に入ってきて生徒に挨拶しても、皆は下を向いて無反応。僕もだ。笹井は相変わらず黒いスーツに黒ネクタイ。今の教室の雰囲気に凄く合っている。最初に校門で会ったときからずっと同じ格好だ。なにか理由でもあるのだろうか。
教室には、いままで体調を崩して休んでいたマサトの姿があった。そのかわり、沢口大我の席が空席だ。
しかし、新次郎や亜留絵がいなくなった時のように、誰も心配そうにしてる様子はない。
沢口はガラが悪いし、不良だ。沢口自身も言っていたが、彼は嫌われ者だ。万引きの過去もあるし、カツアゲの被害にあった後輩は数知れず。いなくなって、逆にせいせいしてる生徒や先生もいるだろう。
「沢口のせいよ…!沢口が亜留絵にあんなこと言ったから、亜留絵は…」
結城真奈美がつぶやいた。すると、それを聞いた笹井はため息をついた。
「沢口のせい…ね。遠山が死んだのは辻のせい…そう言ってたそうだな、沢口の奴は。で、辻が死んだのは沢口のせい…か。じゃあ、沢口がもし死ねば、それは誰のせいかな?」
すると笹井は、窓をさわさわと歩いているカメムシ数匹を鷲掴みして、グシャっと握り潰した。
「せ、先生!?なにを…!」
笹井はカメムシを握ったまま、真奈美の席へ、真顔で向かってきた。そしてカメムシを握った手を真奈美の顔に近づけた。
「ちょっ…!くさっ!」
真奈美は席を立ち、笹井から逃げる。しかし笹井はかまわず真顔で真奈美を追いかける。
「なに考えてんのよ!頭おかしいんじゃないの?来ないでよ!」
他の生徒も、笹井の側から離れた。笹井から追われる真奈美を、他の生徒は庇おうとせず、ただ傍観している。学級委員の前田彩香でさえも…。
「見ろ。私がお前をいじめてるのに、まわりは誰も助けない。何故だかわかるか?助けたら、自分にもカメムシのニオイが移ってしまうかもしれないからだ。そうなってまで、お前を庇う理由がないってことだろうな。ひょっとしたらこの中に、心のなかでは、お前がいじめられてるのを笑って見てる奴もいるかもな」
だんだんと、教室にカメムシのニオイが充満してきた。
「なにいってんのよ」
「カメムシは自らを守るためにニオイをだす。しかしそのニオイが原因で嫌われ者だ。人間もそう。自分を守るために、他人を犠牲にすることもある」
「だから、さっきから何を言ってるのよ!こないでよ!」
笹井から逃げ続ける真奈美。笹井は追うのを止めない。もう一方の手でも窓にいるカメムシを握り潰し、真奈美に近づいていく。真奈美は他の生徒がいる方へと逃げるが、他の生徒は真奈美から離れる。
「なんなのよあんたたち…!彩香!あんた学級委員でしょ!なんで逃げるのよ!」
クラスの皆は、真奈美を冷たい目でみている。笹井はピタリと足を止め、握っていたカメムシをゴミ箱に捨てた。そして深くため息をついた。
「さて、いまこの教室が匂っているのは誰のせいかな?」
「なにいってんのよ!あんたがカメムシ潰したからでしょ!ひとのせいにしないでよ!」
「お前があんなこと言わなければこんなことしないさ!いま、教室が匂っているのはお前のせいであり私のせいでもあり、カメムシのせいである。さらに言うなら、辻が死んだせいでもあるし遠山が死んだせいでもある…さらにいうならば…」
「なにがいいたいのよ!」
「辻が死んだのは沢口のせいだと!?もし今、この場に沢口がいてお前の発言を聞いていて沢口が自分を責めて自殺したら、今度はワタシがお前を責めてやるぞ!『お前のせいで沢口が死んだ』ってな!お前こそ安易に沢口だけのせいにするな。ひとりだけじゃない。辻が死んだのも遠山が死んだのも、死んだ本人をはじめ、いろんな人、いろんな要因の影響なんだ。ほんの些細なことの積み重ねが、最悪の結果をもたらしてしまったのさ」
ひとは、とっさに口走った些細な一言でも深く傷つくことがある。言われた側の心の持ち方によって…。
「笹井さん、さっきの、やりすぎじゃないですか?」
放課後、僕は笹井に話しかけた。
「かもな…。亀梨、このあと、空いてるか?」




