放置
新次郎の父親が森で死んでから五日後の朝。いつも通り僕は一番乗りで登校したが、学園に着いたとき、真奈美の姿はまだ無かった。
「おはよう!相変わらず早いな。ジョウくん」
安室さんもいつも通り、校庭で枯れ葉を集めている。
「あ、おはようございます」
「寒くなったね。そろそろ手袋が必要かな。でも去年、手袋履いたら中にカメムシいてニオイがついちゃったんだよなぁ」
十月半ばにもなると、朝晩が寒い。朝は教室にも暖房が入っていないのでカメムシはあまりいないが、暖房がついて教室が暖まると、窓の隙間に隠れていたカメムシが教室を元気に飛び回る。この学園の連中はあまりのカメムシの多さに、駆除を諦めて放置している。飛び回る羽音をうるさいとは思うが、それを追い出したりガムテープやディッシュで捕まえようとは思わなくなっている。だからますます増殖するのかもしれない。
そういえば、千里の兄が持っていた置き手紙以来、『寄生蜂』による事件は起こっていない。いったい何だったんだろうか。そう思いながら教室に入ると、黒板にチョークで大きく、何かが書かれていることに気づいた。
『遠山新次郎は、父親が死んだことを喜んでいる。毎日父親に暴力をふるい、死に追いやったのは新次郎本人だ 寄生蜂』
僕は自分の席につき、机の中をみた。すると机の中には、写真が数枚入っていた。新次郎が、寝ている中年男性に蹴りを入れている写真だ。黒板に書かれた内容からして、蹴られているのは父親だろう。
すると、教室の戸がガラッと開いた。新次郎だ。
「なんだ…これ…」
黒板の文字を読み終えると、新次郎は僕の顔を睨んできた。
「亀梨…てめえ、どういうつもりだ?」
「ち、ちがう!僕じゃない!」
「じゃあ他に誰がいるっていうんだ?寄生蜂ってのはお前なんだろうが!」
新次郎は僕の頬を拳で一発殴った。その衝撃で僕は教室の後ろにあるロッカーにぶつかった。
「きゃあああ!」
隠れてみていたのだろう。クラスの女子数人が教室入口の戸の影から悲鳴をあげた。
新次郎は僕の胸ぐらを掴んで、更に問い詰めてきた。
「さては笹井に聞いたろ?俺の家の事情を…」
「だから違う!」
新次郎はもう一発僕を殴ろうと、手を握って後ろに引いた。
「なにしてるの!?」
辻 亜留絵が教室に入ってきた。
「あ、亜留絵…」
新次郎は、殴ろうと構えた拳をピタリと止めた。亜留絵は黒板の文字と、床に落ちた写真を見た。そして、新次郎を軽蔑の目で見た。
「やっぱり…そういうことだったの?私に家に来てほしくなかった理由…」
「なにいってんだ?」
「とぼけないで…あなたがどういう人間か、これでよくわかった。クサギの言う通り、人間の裏の顔ってわからないわね」
「まてよ、違う…」
「あなたが何をいっても、もう信用できない」
その言葉を聞いた新次郎は、口を開いたまま黙った。そして、ため息をついた。
「そうか…わかったよ…」
新次郎は、急に放心状態になり、机の側に鞄を置いたまま、フラフラと教室から出ていった。それを、その場にいた人間は黙って見送った。僕も、亜留絵も…。
その後、彼が教室に戻ってくることは二度と無かった。彼は二日後、学園裏で変わり果てた姿で見つかった。
誰にも相手にされないカメムシが、いつのまにかひっくり返って死んでいるように…。




