車の中
「今度は、何の用ですか?」
僕の問いを無視するかのように、笹井はコーヒー飲み終わると、ソファーから立ち上がった。
「お母さん、コーヒーごちそうさまでした。では、ワタシはこれで…」
「あ、先生、今日はわざわざ挨拶に来ていただいてありがとうございます。息子のこと、よろしくお願いしますね」
「ええ。もちろんですとも」
笹井は玄関から外に出た。それを追いかけるように、僕も外へ出た。笹井には聞きたいことが山ほどある。
「笹井さん!」
僕が呼び止めると、笹井は振り向いた。
「笹井さん、説明してください。どうして探偵であるあなたが、いきなり臨時担任として僕らの前に現れたんですか?久佐城先生の事故っていうのも、まさかあなたの仕業じゃ…?」
「亀梨ジョウ…秋の夜は冷えるな。よかったら、話の続きは車のなかでにしないか?」
笹井と僕は車に乗った。笹井はエンジンをかけ、暖房の風量を強くした。
「なあ亀梨ジョウ、お前は九年前の変死事件や、二年前の室井千里の事件が、志摩レイカの言うように幽霊の仕業だと思うか?」
「え?」
「実はな、さっきラーメン屋にいるときにこっそり、お前の鞄に発信器と盗聴器を入れておいたのさ。お前らの行動が怪しかったんでな」
「い、いつのまに…」
さすがは探偵。情報収集のためなら手段は選ばないようだ。
「で、どうだ?カメムシズカの仕業だと思うか?」
「わかりませんよそんなの。笹井さんはどうなんですか?」
「ワタシは…少なくとも、室井千里の件については幽霊の仕業ではないと思っている」
「なぜですか?」
「こないだも言ったが、室井千里はワタシの指示で、自分の机の中に盗聴器を入れていた。ワタシがクラスの状況を探るためにな。それが、彼女が死体で発見されたときには既に消えていた。ワタシは、盗聴器の存在に気づいた何者かが室井千里を死に追いやったとみている」
「笹井さんは、その盗聴器から教室内の音を聴いてたんですよね?なにか異変に気づかなかったんですか?」
笹井は首を横にふった。
「聴こえたのはただの些細な雑談だ。いじめと関連なさそうな内容だ。それにあの盗聴器のバッテリーは、電源を入れっぱなしだと二日もつかもたないか。盗聴器を何者かに持ち去られる前にはバッテリーが切れてしまってた。だから持ち去るときの音は当然わからない。残念ながらな」
「クラスのある生徒の両親から、いじめ捜査の依頼を受けてたって言いましたよね?このあいだ。結局、その生徒がいじめられていたかどうかはわかったんですか?」
「結局、見つけられなかったよ。依頼してきた両親は、学園から帰宅してきた娘の様子がおかしいからワタシに捜査依頼をしてきた。ひょっとしたら学校でいじめにあってるんじゃないかってね。しかしそれは勘違いの可能性もあった」
自分で気づいているかわからないが、笹井は今、『娘』と口にした。つまり、笹井に二年前依頼したのは、うちのクラスの女子のうち誰かの両親だ。
「それで、なんでまた今頃になって、うちのクラスを調べようとしてるんですか?久佐城先生の代わりになってまで…」
「……」
笹井は、その質問には答えなかった。なにか、答えたくない事情があるのだろうか?
話が終わると僕は車を降り、笹井は車を走らせ、去っていった。




