些細な恐怖
「聞いてた以上に人騒がせな奴だったな!あの保科真里って奴…。呼び鈴の音で具合悪くなってトイレに駆け込んだ?ってことはワタシが悪いのかよ!」
愚痴を吐きながら箸でラーメンの麺をのばす笹井の横で、僕と真奈美は一生懸命ラーメンをすすった。
笹井に連れられて入ったラーメン屋は笹井おすすめの、煮干しラーメンが旨いという店だ。店の名前は『麺屋・くせんこ』で、店主いわく、スープと麺がくせになるようにという願いをこめて、この名前にしたらしい。それにしても、店の天井に数匹カメムシが張り付いていて、ラーメンに落ちてこないか気になってしょうがない。麺をすすっては天井をチラ見し、スープを飲んでは天井をチラ見するのを繰り返した。
「保科は、おそらく克服できてない恐怖というものが山程あるんだよ」
ラーメンをすすりながら笹井が語りだした。
「克服できてない恐怖?」
「ああ。人間は、生まれたときからいろんな恐怖を味わっている。そして、それを克服しながら生きているんだ。赤ん坊のときはまず、立ち上がって歩くのを恐れる。初めて保育園に行き、知らない人と出会う恐怖。そして、小学校・中学校と、いろんな出会いや、まだやったことがないことをやるときの恐怖。まあ、不安ともいうか。今、できて当然と思っているのは、恐怖や不安を克服したからこそだ。」
「マサトはそれができてないということですか?」
「そうだ。保科の奴は、ちょっとした、些細な恐怖にも弱い。すぐ体調を悪くする。奴は今まで、いろんなことを、いろんな奴に守られてきたんだろう。両親や友人が、恐怖を肩代わりしてきたのさ。悪く言えば過保護ってやつかな。まあ、あくまでワタシの見解だがな」
それを言われれば、僕もいままで、いろんな恐怖から逃げてきた。その恐怖を、他の誰かに味わわせてきた。僕とマサトは、似た者同士なのかもしれない。




