花束の男
真奈美に腕を引っ張られ、玄関口を出て校庭を歩いていると、安室さんが箒を持ちながら、不審な目でこっちを観ている。さっき言い争いになって気まずいのか、真奈美は安室さんの存在には気付いているものの、気付かぬフリをして校門を出た。
校門を出ても相変わらず、真奈美の手は僕の腕をギリッと引っ張ったまま。住宅街を抜け、真奈美と僕は校舎裏の樹海の森の中へと入った。
二人で森を歩いていると、木々のざわめきや小鳥のさえずりが聞こえてきた。その音を聞いているうちに、少し心が穏やかになってきた。僕の腕を握る真奈美の手も少し弱くなっている。これが森林セラピーというものか。
二十分ほど歩いただろうか。真奈美は足を止めた。その先は急な斜面になっていて、斜面の下の方には大きな石があった。その側に、一人の男が立っていた。 後ろ姿で顔はよくわからないが、黒髪にロングヘアーで、ねずみ色のスーツを着ている。男は手に持っていた花束を、千里が死んだ石に手向けた。すると男は振り返り、こっちを見た。
「あ、あの人は千里の…」
真奈美は、男が誰か知っている様子だった。そういえば僕も見たことがある顔だ。
「君達も、千里に会いに来てくれたのか?」
男は真奈美と僕に大声で話し掛けてきた。思い出した。彼は千里の兄だ。
「降りてきなよ。足場にきをつけてな!」
真奈美と僕はゆっくりと斜面を下り、千里の兄の側に向かった。
「わざわざ早起きして来てくれたんだな。ありがとう。もうあれから二年経つんだな…なんでこんな所で死んでいたのか、今でもわからないんだ…」
悲しむ千里の兄に、僕はかける言葉が見つからなかった。真奈美も同じだろう。真奈美の手は、いつの間にか僕の腕を離していた。
そういえば、寄生蜂の手紙には、真奈美の靴は千里の死んだ場所にあると書いていた。しかし、真奈美の靴はどこにもない。真奈美もあたりを見渡していたが、見当たらないようだ。
「どうしたんだい?キョロキョロと…探し物かい?」
「あ、いえ…」
すると千里の兄は、持ってきていた自分の手提げかばんから、何かが入ったビニール袋を取り出した。そして、その袋に入っていたものを取り出して、僕と真奈美に見せた。
「君達が探してるのは、これかな?」
「それ、私の…!」
真奈美は驚いた。千里の兄が見せたのは、無くなった真奈美の靴だった。




