表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽の国  作者: ラジオ
第二章 魔法学校編
86/275

~リーン、尋問に立ち会う~

「やっと目が覚めたか、イルジー」

 リーンは保健室のベッドで目を開いたイルジーに言った。剣で貫かれた胸はすでに塞がり、今は包帯を巻かれている。ベッドの周りにはリーンの他にレイチェル教頭、マーズ教官の姿があった。

「僕は……」

 イルジーはぼんやりと周囲を見回しながら呟いた。

「イルジー。俺が誰だかわかるか?」

 リーンが尋ねると、イルジーはリーンの顔を見つめた。

「リーン……僕は……どうしてここにいるんだ?」

「強烈な刺激のおかげで人格は一時的に戻っているようですね。今なら話せますよ」

 マーズ教官が教頭に告げた。イルジーの傷を治療したのもマーズ教官だった。彼女は医療施設で働いていたこともある経験豊かな医師でもあった。

「そうですか。では、イルジーさん。あなたにはいろいろと訊かなければならないことがありますが、まずは校長をここへ呼んできます。その間に、さっきまでの出来事を全て思い出しておくように」

 レイチェル教頭はそう言い置いて、校長室へ向かって保健室を後にした。

「……無茶な命令だな」

 リーンは教頭の姿がすっかり見えなくなってからひとりごちた。

「さて、イルジー君」

 マーズ教官が歩み出て口を開いた。

「さっそくだが、君はつい先ほど――といってももう五時間ほど前のことだが、何が起きたか、または君が何をしたか、覚えているかい?」

 イルジーはしばらく目を閉じていたが、急にはっと見開いた。

「思い出したか?」

 マーズ教官の言葉に、イルジーは縮こまったように「はい……」と頷いた。

「では、話したまえ」

 イルジーは獰猛な肉食動物を前に脅える小動物のような弱々しい声で話し始めた。

「僕は、封印術の下位資格試験を受けるために、試験会場に行きました。リーンとの試合が始まると、僕は……リーンの魔法を封じました……」

 イルジーは涙を流し始めていた。

「続けたまえ」

 マーズ教官は辛辣に命じた。

 まるで自白を強要させられているようで、殺されかかったリーンからしても、少なからず不憫に思わずにはいられなかった。

「それから……僕は……会場のリーン以外の人間に……幻術をかけました……その後……僕は……剣を生成してリーンを……リーンを殺そうとしました……でも、突然剣が光って……すぐに身体に激痛が走って……気付いたらここにいました……」

 マーズ教官がリーンの方へ顔を向けた。

「全部真実です。俺がイルジーを剣で貫いた後、幻術が解けた教官たちが集まってきて、すぐにイルジーをここへ運び込みました。それからすぐに、マーズ教官を呼んで治療をしていただきました」

「ふむ。子細さにはやや欠けるが、まあ、とりあえず教頭の言いつけは達成したようだな」

 イルジーはその後、マーズ教官が自ら調剤した『元気が出る栄養剤』を数種類飲むよう言われ、見るに堪えない不気味な濃緑色や黒っぽい色をした数杯の液体を、苦心して時間をかけて飲んだ。

 リーンが棚からたくさんの薬品を取り出すマーズ教官を見て、自分も手伝うと申し出た際、イルジーのベッドから離れた机で調剤しながらマーズ教官はリーンに密かに教えてくれた。

「これから作る飲み物のうち、一つは確かに栄養剤だが、他は意識を覚醒させる効果や精神を安定させる作用のある薬だ。味は誰もが芋虫でも食った方がましだと言うくらいのまずさだから、彼には言うなよ。まあ、君も飲みたいのなら話は別だが」

 最後の言葉は、見た目と声にギャップのあるマーズ教官ならではの凄味が利いていた。

 イルジーが数種類の『元気が出る栄養剤』をのどに通し終えてから数分と経たないうちに、レイチェル教頭が小太りの禿げた年寄りをつれて保健室に戻ってきた。マーズ教官とリーンはイルジーが飲み干したグラスを水道で洗っているところだった。

「あら、お二人は何をしているのですか?」

 教頭が不思議そうに尋ねた。

「いえ、たいしたことではございません。それより、イルジー君は全てを思い出しましたよ」

 マーズ教官が巧みに注意をそらした。

「そうですか。それでは校長、彼との話を始めましょうか。リーンさん、あなたは外に出ていていただけますか?」

「なっ! 俺も……」

 リーンが反論しようとすると、マーズ教官が手で制した。

「教頭。恐れながら私から私心で進言させていただきますと、彼の立ち会いはイルジー君の証言を裏付ける唯一の方法として必要不可欠かと思います。それに、彼はとても賢い子です。教頭の心配なさる気持ちもわかりますが、彼なら説明せずとも事情を察して堅く口を閉ざし抜くことでしょう」

「マーズ教官……」

 レイチェル教頭は思案げに俯いた。そうしてしばし悩ましげに考えた末、ついに教頭は溜息を漏らし、リーンに向き直った。

「まあ、あなたが教官の一人をうまく丸め込んだ器量に敬意を表して、ここはこの場に残る許可を与えましょう。それからマーズ教官。私はあなたを個人的に信頼してはいますが、今後彼以外の生徒にも言いくるめられるようでは、あなたの学校での信用も崩れることになりかねませんから、十分気をつけるように」

「承知しております」

 マーズ教官は軽く頭を下げた。

 そのまま微笑みを向けてきたマーズ教官に、リーンは「ありがとうございます」と目で感謝の意を伝えた。

「それでは始めましょうか」

 イルジーは向かい合ったソファの片側に座らされ、テーブルを挟んだもう片側にはレイチェル教頭と校長が腰を下ろした。リーンとマーズ教官は横の方から立ったまま三人のやり取りを見守ることにした。

 まず教頭は、校長に概要を伝えることも兼ねて、イルジーに先ほどリーンたちに話したこととほぼ同じ内容を喋らせた。教頭がリーンにイルジーの話が真実か確認を取ると、手早く話を進めた。

「それでは、一つ一つの詳細を伺うことにいたしましょう。まず、リーンさんから話を聞いていますが、あなたが魔法を発動する際に使用したという指輪の宝石について。あなたが宝石に自分の精神を封印したというのは事実ですか?」

「はい。寮の自分の部屋で、消灯後に毎日少しずつ封印していました」

 イルジーの言葉は『元気が出る栄養剤』のおかげか、明瞭だった。

「念のために尋ねますが、どのようにして精神を宝石に封印する方法を知りましたか?」

 イルジーは首を振った。

「わかりません。力を得ようと思ったら、気付いた時にはもう自分の精神を宝石に封印していました」

「そうでしょうね」

 教頭は予想済みというように言った。

「では、宝石そのものについて伺いましょう。精神の封印とは、どの宝石にでもできることではありません。極めて純度の高い宝石に限ります。あなたの所持していた指輪についていた……」

「僕です!」

 不意にイルジーが叫ぶように言った。

「あの指輪は、僕が教官室から盗みました……」

 イルジーの告白に、教頭はそれもわかっていたというように頷いた。

「僕が……資格試験の褒美用の宝石を盗んだ人間の一人です」

 レイチェル教頭は目を見張った。イルジーのこの言葉は明らかに予想の範疇を超えていたようだった。

 レイチェル教頭は声を荒げて尋ねた。

「あなたが教官室の全ての宝石を盗んだ犯人ではないのですか!?」

「え? いえ、僕が盗んだのはあの指輪一つだけです」

「他にも宝石を盗んだ人間がいるということか……」

 校長が嘆かわしげに呟いた。教頭も、心身共に大打撃を喰らったようにソファに身体をのけぞらせていた。

「では、話を移しましょう」

 よほどの苦労人で年の数だけ辛苦を重ねてきたのか、はたから見ていたリーンが驚くほどすぐに教頭は立ち直った。

「試合の相手がリーンさんだと知ったあなたは、どうしてリーンさんを殺めようと思い立ちましたか?」

 イルジーは苦しそうに眉間にしわを寄せた。狂っていたと自覚している自分の過去の愚行ほど己の記憶から消し去りたいと思うものはないだろう。

「昨日……リーンがモールスとベンチで話していたのを目撃したんです」

 イルジーの尋問者二人がリーンに振り向いた。

 リーンは頷いた。

「はい。その通りです」

 教頭がイルジーに顔を移して言った。

「それで、どうしてその出来事がリーンさんへの殺意に変わるのですか?」

 リーンにも気になるところではあった。

 イルジーは自棄になったとも思える口調で話し出した。

「この場にいる誰にもわからないと思いますが、僕にはモールスが必要だったんです。誰にも取られたくなかったんです。僕はモールスと一緒でなければ生きていけません。これまでも、ずっと僕はモールスと共に暮らしてきました。奇跡的に寮では一緒の部屋になりましたが、授業では一つとして同じになりませんでした。

 普通学校にいた時からモールスは僕よりも格段に優秀でした。その差は魔法学校に入学して、もうどうしようもないほど広がってしまいました。普通学校での成績がよくてモールスと同じ優秀な生徒が集まるクラスに入れても、僕に魔法の才能はなかったんです。でも、モールスはどんどん資格を取得していき、僕はその分どんどん落ちぶれた劣等生になっていきました。

 ある時、授業の時間になっても僕の隣の席の生徒が来なかったことがありました。みんな下位クラスに落とされたんだと噂しました。僕も個人的に調べてみると、本当に隣の席の生徒は授業のレベルの低いクラスに落とされているんだと知りました。僕は、いつか自分もそうなるんじゃないかって思わずにはいられませんでした。自分に魔法の才能がないことは自分自身が一番よく理解していましたから。授業を一つでも落とされれば、その生徒が軽蔑されるのはわかりきっています。僕は授業を落とされることより、それによってモールスに軽蔑されることが怖かったんです。モールスを失えば、僕は何に頼って生きればいいのかわからないんです。そもそも、僕は魔法学校に入学したのもモールスがいるからだったんです。僕にとってはモールスが全てだったんです」

 自棄になっていた語り出しに対し、最後の方では、イルジーは再び脅えたような小声に逆戻りしていた。

 リーンはモールスの話を思い出した。互いを思い合っていたはずのイルジーとモールスがどうしてすれ違うことになったのかはわからなかったが、この事件が二人の悲劇であることには気付いた。

 イルジーが魔法に呑まれることになった要因は明々白々としていた。授業を落とされることで軽蔑され、モールスと一緒にいられなくなる、その悲観的な考えが魔法につけいらせる隙を与えていたのだった。

 リーンは自分とは正反対なのだと感じた。魔法の才をもつが故に魔法に呑まれる者が存在すれば、その逆もまた存在するのだと。

 しかし、それらのこと以外にもリーンは気付いたことがあった。

 ――今のイルジーの声。それに芳しくない成績。まさか……

 イルジーの尋問が終わると、校長は王宮へ魔法教育省の役人とイルジーの処分について話すために学校から去り、教頭もこれから忙しくなると言わんばかりに早足で保健室を出ていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ