~アリサ、『悪魔の死の契約』を読む(2)~
十一年前のとある真夜中。雨上がりの月夜のもと、この村の未亡人の家で子供の変死体が見つかった。母親の悲鳴を聞いた隣の家の若い娘が、夜の道を駆って守護官のもとへ通報した。この村はもう数十年と平和が保たれていたため、守護官の地位や権力は下降の一途をたどり、守護官もその時はたったの二名しかいなかった。金髪で童顔だったという青年コーマと、その相棒のトロイ。彼らが娘の案内で未亡人ソフィの家へ到着すると、まだ五、六歳の幼い子供の遺体と、ヒステリーを起こす母親の女性の姿があった。子供は居間で遊んでいたらしい玩具の山に囲まれ、むごいことに心臓をえぐり取られて死んでいた。そして守護官の二人が母親のヒステリーが治まるのを待つ間、念入りに子供の遺体を検めると、子供は死後五日以上経過しているらしいことがわかった。
やがて口を利けるようになったソフィから話を伺うと、その日はいつものように息子のアルマをベッドに寝かしつけ、自分も明かりを消してすぐに就寝したという。そして数時間後、のどの渇きを感じて水を飲もうと階下に下りると、幼い息子アルマが血だらけで倒れていた。ソフィは目覚めた時、隣に息子がいなかったような気がしたという。そこまで話すと、ソフィはどうして子供が夜遊びした日に限って殺されなければならないのだ、と嘆き始め、ついには犯人を切り刻んでやるとまで口にした。
トロイの相棒コーマが、アルマは確かに死後五日以上経過している旨を告げたが、ソフィはそんなことはないと言い張り、あくまで自分の主張を曲げなかった。
事態が混乱を極めている中、守護官に通報した先ほどの娘が再び息せき切って二人のもとに現れた。彼女は別の家で、やはり五、六歳の女の子が部屋で血を流して死んでいるという旨の情報を携えてきていた。犯人が近くにいる、殺してやると騒ぎ出したソフィを何とか落ちつけてから、二人の守護官は二件目の被害があった家へ向かった。
やはり被害者の女の子は、居間で心臓をえぐり取られていた。一件目と同じく、真夜中に遊んでいたところを殺されたかのような状況だった。その家の妻はショックからか気を失っており、その肩を抱き抱えるようにしていた夫のパーシーもやはり衰弱していたという。コーマが本当に娘の死に気付いたのはさっきか尋ねると、パーシーは肯定し、娘のマリヤは寝る前まで確かに生きていたと証言した。昼は森にキャンプに出かけ、疲れて夜はぐっすり眠り、寝顔を確認しておやすみのキスまでしたという。コーマが被害者の女の子は、死後少なくとも五日は経過していること、漂い始めている異臭がその証拠であることを伝えた。すると、パーシーはやはり否定し、この五日の娘の様子を詳細に語り出した。五日前は家の庭で育てていたトマトを一緒に観察し、マリヤはなぜトマトが赤いのかと訊いた。四日前は妻の作った野菜サラダをおいしそうにフォークで食べ、三日前には隣の家の子と自分の家の庭で花壇に赤と白のチューリップやスミレの花を植えていたという。その三日前の様子を聞いた直後、トロイはその隣の家の子に話を聞いてみることを提案し、二人はパーシーに、奥さんが起きたら娘さんを一緒に埋葬してあげてほしいとだけ残し、隣の家へ向かった。
周囲の家の明かりを怪訝に思いながら二人の守護官を出迎えたのは、その家の妻だった。二人は簡単に事情を説明し、こんな真夜中に申し訳ないと言いながら娘を起こしてほしいと要求すると、妻は応じて夫と共に愛娘のリーナを起こしてきた。妻がリーナに三日前のことを尋ねると、リーナは隣の家で、チューリップやスミレの花をマリヤと一緒に植えたと話し、見事にパーシーの証言が裏付けられた。
二人の守護官は、事件を整理するため一度住処に戻って考えを巡らせることにした。しかし、帰ってすぐコーマがトロイに訊いた。五日前の自分の一日を覚えているか、と。トロイは、コーマとピザを食べたりチェスで二勝五敗になったりしたはずだと答える。そしてコーマはその通りだと認め、次いで、なぜそんなことを覚えているのだろうなと疑問を口にした。二人の生活は建物の中でゴロゴロしては適当に食事を取るの繰り返しだった。この時、二人はようやくこの事件の違和感に行き着いたのだという。つまり、パーシーにせよリーナにせよ自分たちにせよ、なぜ五日も前のことを子細に渡って覚えていたのか。同じ状況だったはずの数年前の自分たちにはとてもできない芸当であることを、彼ら自身がよく理解していた。そしてパーシーもリーナも同じではないか、と。村には特別記憶力のいい人間はいない。コーマは普通の人間が四日も五日も前のことを鮮明に記憶しているのはおかしいと言い、しかしながらこの村のほとんどの人間がそういう状態になっていると考えた。さらにその鮮明だったはずの記憶に反する事実を示す、心臓を抜かれた二人の子供の遺体。コーマが導き出した結論は、村人全員が幻の類を見せられていた、というものだった。トロイも、意図的に見せられていた幻の映像なら鮮明に残る誤った記憶にも納得がいく、と同意した。そしてその幻は数時間前の先刻に解かれたばかりということになる。
日が昇った後、二人のもとにさらなる悲報が届いた。三件目の被害の報告だった。二人が駆け付けると、村の外れの老婆の家で、孫の女の子が血塗れの遺体となって倒れていた。老婆の目にはまだ涙の跡が残っていた。被害者の女の子は、案の定心臓を盗られていた。犯人は子供の心臓を集めているらしかった。今までと違ったことは、遺体の腐食が進んでおり、死後一週間を経過しているということだった。五日前に殺された子と一週間前に殺された子がいる以上、それは犯人が少なくとも二日間は村に滞在していたということだった。




