‐‐アリサ(4)‐‐
近いうちに王国へ戻るとカイルは宣告したが、その日が訪れるのはアリサにとって意外と早かった。宣告からわずか二日後のことだった。太陽の王国へ向かう準備はアリサの方が早く済んだので、カイルの準備が終わるのを宿の前の石段の上に座って待っていた。
宿の扉を開けて出てきたカイルは、アリサと同じように神呪力で鍛えられたローブに身を包んでいた。ローブの下には、縁に美しい金の幾何学模様の刺繍をしつらえた青いマントを羽織っていた。
「行こうか」
カイルの言葉と共にアリサは立ち上がった。
カイルは早足で町の西側の結界の方へ向かう。
「歩いて行くの?」
「いや、さすがに砂漠の中を歩くのでは時間がかかりすぎる。空を移動する。まあ、それでもこの町から王国までは半日はかかるだろうがな」
「空を移動?」
西側の結界に着くと、カイルは手の平を壁に押し付けた。カイルの手が触れた瞬間、薄い虹色の光の壁に波紋が生じ、結界の一部が人がぎりぎり通れるくらいの縦長の楕円形に開いた。二人が結界をくぐり、カイルが再び手を当てて結界を閉じた。アリサもそっと光の壁に手を触れてみたが、波紋は生じず、結界は開かなかった。
「普通の人間には開けられない」
カイルはそう言うと、おもむろに手を合わせて合掌した。そして磁力で反発し合うように少しずつ手を離していくと、その両手の間に、巻かれた大きな絨毯が現れ始めた。
――虹色の粒子!
アリサはカイルの手と現れる絨毯が虹色の小さな光を纏っているのを目にした。
「これ、カイルの神呪力?」
「そうだ」
カイルは絨毯を砂の上に置いて足で固定し、再び合掌した。今度は何かが出てくるわけではなく、虹色の粒子に包まれた両手を絨毯に触れた。カイルが足を離すと同時に、絨毯は宙に浮き上がった。
カイルは絨毯に飛び乗ると、アリサの方を向いて言った。
「さあ、君も乗れ」
アリサの目は好奇の光に輝いていた。
「カイルの神呪力、どういう力なの?」
アリサは、二人を乗せた絨毯が空を切って進み始めてから尋ねた。これだけスピードが出ると、天に太陽が二つあろうと、風とローブのおかげで暑くも何ともなかった。絨毯は砂から百メートルほど離れて猛スピードで空中を飛んでいるのに、絨毯自身は固まったように形が固定され、風にはためいているのは、二人のローブと絨毯の上の二人の荷物が入った布袋だけだった。
「〈大切なもの〉にさまざまな効果を付与する能力、それが私の神呪力だ。最初のは、王国の私の家にあるこの絨毯を呼び出した。二回目のは、絨毯に浮力を付与したんだ」
素敵な神呪力だ、とアリサは心から思った。
「他には何かできるの?」
さまざまな効果を付与する、と言っていたから他にも付与できる効果があるのだろう。それとも、今まで自分の神呪力を伏せていたのは、やはり教えたくはなかったからなのか。
アリサの疑心はいい意味で打ち砕かれた。
「手元のものを知っている場所へ瞬間移動させることができる。硬質化、巨大化、変形なども可能だ」
「じゃあ、〈大切なもの〉って何?」
「私には幼い頃から父親がいなかった。母親も私が五つの時に亡くなってしまった。神呪力の対象となるものは、どれも母親が死ぬまでに私にプレゼントしてくれたものだ。絨毯、地図、鎖時計といったものだ」
神呪力――願いによって生まれる力。きっとカイルは、それくらい強く母親の遺してくれたものを大切にしたかったのだろう。絨毯を包む虹色の粒子は、とてもきれいで温かく感じた。