~アリサの日常~
リーンが魔法学校に進学してから三か月。
月日というものは、暇にもて余して過ごしている間は長く感じられるが、過ぎてしまうと時の移ろいは実に早いものだなどと感極まったように耽るようになる。
アリサにとって、リーンと離れ離れだったその三か月は、過去のもっと長い時間の思い出や記憶がないにも関わらず、とても長く、とても退屈で、そしてとても物寂しく感じられた。リーンは忙しい勉学の日々に追われているのか、家に帰ってくるだけの休みをあまり多くは確保することができないようだった。もしくは、自ら知識を欲して魔法の勉学に身を投じているのかもしれない。
それでも、リーンは月に二回くらいは一〇六番地区の家に顔を出した。そんな日の貴重な時間は、アリサもリーンのいるところにずっと寄生虫のようにくっついていた。すなわち、リーンのカイルやテラとの雑談に混じった。というのも、復興は着々と進んで滞りこそしないが、赤髪族の起こした反乱は、どれほど多くの兵士や有能な建築士が毎日魔法を行使して働いても、数か月で国の復興が完了してしまうほど生半可なものではなかった。そのため、街へ繰り出しても復興作業の邪魔になるだけなのだった。
リーンが魔法学校の寮への生活に移行してしまってから、アリサは自らテラとも会話をしてみようと努めていた。テラには密かに頼みたいこともあった。その甲斐もあってか、リーンが最初に帰省した魔法学校進学の翌月のある日、アリサは初めてリーン、カイル、テラの三人とたどたどしくも談話を交わすことができた。リーンと一緒にいるとアリサは、自覚もしていないはずの自分の本能的な自衛行為――つまり度を超えた警戒や攻撃的な姿勢を一時的にでも緩和することができた。
アリサが思う限り、この三か月の間にリーンとの仲はさらに深まった。二人を長期間隔てる魔法学校の存在が二人の親睦を助長させていたのかもしれない。気恥かしくて直接伝えてはいないが、アリサはリーンと外に出るわずかな時間にだけ必ずリーンが買ってくれた帽子を頭にかぶっていた。
親睦が深まったのはリーンとだけではなかった。毎日復興の仕事から帰ってきたカイルとも言葉を交えた。多くは復興の状況や、中官としてカイルが他の中官と作成する復興工程の指示書などだった。専門的な魔法を修学していない兵士はもちろん、専門家といえど、ぱっと建物や道路を復元できるだけの魔法を有している魔法使いは非常に希少らしい。そのため、カイルたちの行う細やかな指示書の作成が復興をスピーディーに進捗させる鍵になるという。
アリサの一日の始めは、街のそんな復興状況を観察することだった。大人たちの邪魔にならないよう街の作業場所を避けて散歩し、毎日昨日とはここが違う、ここに建物ができた、このあたりの道路が舗装されてきた、と日々の差異を発見する。これがなかなかと興に入るので、いつしか毎日の日課となってしまっていた。忙しく立ち働く大人たちを横目に見ていると、何だか自分が偉い人になった愉快な気分にもなる。
街に繰り出して復興作業に従事しているのは、たいていは下官の兵士か現場で働く建築士だった。どちらも首にタオルを巻いている。マントを脱いだ兵士を目にすると、魔法使いとしての威厳はマント一枚が懸命に醸し出していたのだと知らされる思いだった。建築士は、白いシャツ一枚といういかにもおやじ臭いいで立ちの者が多い。しかし、彼らの汗水垂らして建築資材を運んだり大工仕事をこなしたりする風情は、若者も含めて男らしさを感じさせるものだった。
三か月も眺めていれば、作業の流れは嫌でも頭に入ってくるものだった。
復興作業現場は地区に二、三ずつ存在し、地区ごとに十数人規模の下官の兵士と建築士のグループが配置されている。まず、一人の中官の兵士がその日の指示書をもとに現場を渡りながら指揮を取り、建造に関して造詣の深い建築士に、どこそこにこんな建物を建築するからと、下官の兵士にその建物の資材の組み方を一から覚えさせる。そして次に、資材を生成する担当の魔法使いに、これこれの資材をこれだけの量をこの順番に生成するようにと指示を出す。作業が始まると、中官の兵士は別の現場に移り、そこでまた指示を出す。道路の舗装や広場の復元、街路樹の設置なども作業の流れはたいして変わらない。
指示書は、地区ごとにその地区を担当する中官の兵士に毎日違うものが配られているらしいが、二百もある地区の全てに担当の中官を配置することはできず、代わる代わるで地区の復興を少しずつ進めている。何かしらの事故によって復興作業が遅延した場合、ある地区の復興作業員が一週間以上も暇に時間を弄ばせているなどということも少なくない。それだけ王国の国土に対して、指揮を取れる中官の兵士の数が少ないのだった。
アリサは何の気なしに、普段と違うルートで街をぶらついてみることにした。毎日同じ道を通って些細な変化を発見するのも悪くないが、たまには普段寄らない通りを覗くのもまた新鮮で悪くはない。
軽い足取りで歩を進めるうち、「ここより先は一〇九番地区」と書かれた看板を目にした。一〇七番地区は南に一〇六番地区と、西に一〇八番地区と、そして北東には一〇九番地区と接している。気付かぬうちに一〇七番地区の北を超えかかり、一〇九番地区との境まで来ていたようだった。
このあたりは三か月前の赤髪族の反乱の被害が比較的小さく、作業現場の喧騒が遠く彼方から聞こえる。アリサが悠々と闊歩するその通りには、傷跡のない建物が木陰の中に小気味よく収まっている。張り巡らされた水路も整備されたばかりのようにきれいな水が流れており、微かな水流の音がどこか小高い丘の小川を想起させる。心なしか、空気もひんやりとして感じられる。通りの両脇に並木道のように設置されたたくさんの木々が空気中の熱を吸収し、木陰を吹く風が火照った身体に清涼感をもたらしてくれる。
――ここは木陰が多くて気持ちいいなー。風の匂いも何だか自然っぽいし。でも、ちょっと歩き過ぎたかな。テラに心配させないようにしないと。そろそろ帰った方がいいのかな……
思い悩み、立ち止まる。やがて引き返そうと意を決し、くるりと反転した。そしてその一瞬、何か風変わりなものが見えた気がした。恐る恐る足の向きを変え、その建物を正面に見据える。アリサはその時、懐疑心と好奇心を同時にそそられるような不思議な建物に遭遇したことに気が付いた。
通りの一角にある、短い剣と金貨を描いた奇妙なひさしのついた、地味な木造りの建物。新築っぽい割に怪しい雰囲気を醸しており、地味だが見つけてしまうと気になってしまう、そんな異彩を放つ珍奇な建物。幅は狭いが奥行きはありそうだった。何かのお店のようで、入り口前に数段の石階段があり、その先の扉には入店を知らせるベルが取りつけられている。階段の脇には、店と同じ材質の木の看板が所在なげに立っていた。材質も同じで文字も黒いペンキで書かれているため、目立たないことこの上ない。看板としての目的を果たせていないように思えた。
「なになに……」
目は決して悪くはないが、好奇心から自然と顔が近付いた。
『 我影にのみ在り
我光に影をもたらさん
我を動かすは金に在り 』
――よし、読めた。でも、何だろうこの看板。意味不明……
しかし看板を見つめるアリサの表情は恍惚としていた。
気付いた時にはさも当然のごとく石階段を上り、その謎の店の扉を開けていた。チャリンチャリン、と風鈴のような心地よい音が響いた。




