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太陽の国  作者: ラジオ
第一章 赤髪族反乱編
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‐‐アリサ(3)‐‐

 アリサは翌日の正午頃目を覚まし、前日と同じように女主人が作ってくれた食事を取った。アリサは宿代、及び食事代を出そうとしたが、どうやら町はアリサを客人として扱い、もてなしたいということで、女主人はアリサからお金を取ることはしなかった。むしろ滅多にない出来事で興奮できたと言うので、アリサは恥ずかしさに苛まれることなく、お金を払わなくていいという申し出に了承できた。

 そんなちょっとしたやり取りの後で、アリサは男から、町の中央の酒場に、「夜」とそれに関する少女の話を知っている老人がいると聞き、酒場へその老人に会いに出向いた。

 扉の取り付けられていない入り口から酒場に入った。アリサは店内に入るや否や、「酒くさっ!」と鼻を摘まんだ。雰囲気を醸すためか、この酒場の明かりは壁と天井にある無数のランプの黄色い灯に限定されている。店の真ん中に大きなテーブルがあり、そのテーブルの中央に空いた狭い空間からバーテンダーが酒を出している。四方の壁際にも小さなテーブルがたくさん取り付けられている。テーブルを囲む客は数える程度しかいなかった。

「あそこにいる老人がガーヴァだ」

 男は店の奥の薄暗い隅っこで、ちびちび酒を飲んでいる白髪の老人を指差した。

「私もご一緒していいですか、ガーヴァさん」

 男の方から声をかけた。

 ガーヴァは顔を上げて男を見たが、目はほとんど白い眉毛に隠れていてどんな眼差しを向けていたのかはわからなかった。

「カイルか……毎度毎度大変じゃのう。労おうぞ」

「そんなことはありません。仕事の間にはちゃんと十分の休暇がもらえてますから」

 男――カイルは硬い口調で言いながら、ガーヴァの向かいの席に座った。

「今回の調査対象は何じゃ? ソーサラーか? 赤髪族か?」

「ソーサラーに襲われた村の調査です。それより、アリサに『夜空を描いた少女』の物語を語っていただけませんか?」

 ガーヴァはゆったりとした動作でアリサに目を向けた。そして半分ほど空になった酒瓶をアリサの方に向けて振った。

「ちょっとなら」

 アリサはそう言ってカイルの隣に腰を下ろした。

 バーテンダーがもってきた二人分の新しいグラスに酒を注ぎながら、ガーヴァは語り出した。

 アリサは注がれた酒を一口だけ啜ってから、ガーヴァの話に耳を傾けた。

「あれはまだわしが旅商いをしていた頃。ここからどこか遠くの小さな村にいる時に、いいカモがいてな――まあ、高い商品を買ってくれる客のことじゃ。その客がよく語っていた。そいつもどこか別の町にいた時に聞いたそうじゃがな……

 その町は、たいそう曇っておったそうじゃ。常に雲に覆われ、あまりにも日光が弱いので、畑で栽培できる食物も限られていた。毎日の雨で牛馬も元気が出んし、当然人々の活気も失われておった。別の町を目指し、その町を去る者もいた。そしてある時――これはいつかは訪れる必然の出来事だったんじゃろうが――町に残った人々は、どうにか自分たちの町を楽しい町にしようと、あれこれ考えを出し合い、一つの計画を立てた。雲から降った大量の雨水を利用して、噴水や水路、滝などを作り、自分たちの町を水の都に建設し直そうというものじゃ。さすればそこは、雨降る美しき水の都と謳われ、人々も自然と集まり、活気が生まれるじゃろうと。人々はすぐに準備を始めた。しかし、そう簡単に資材が集まるはずもなく、町には厚い雲と湿気ばかりが集まった。次第に人々は疲労困憊し、水の都建設の活力を失っていった。

 そこに現れたのが、一人の魔法使いの老人と、その弟子の幼い魔法使いの少女じゃ。彼らは魔法を学びながら、人々に魔法の素晴らしさを伝えるために旅をしていた。二人の旅人は無銭のまま町を訪れ、自分たちは魔法使いだと明かし、魔法で町に貢献するから、しばらくの間町に留めてほしいと乞うた。人々は彼らを神が遣わした運命の人だと崇めた。彼らは二人の魔法使いに、水の都建設の計画を詳細に話して聞かせ、ご助力を賜りたいと言った。無銭の旅人たちは快く引き受け、水の都建設に力を貸すと誓った。二人の魔法使い――特に老魔法使いの闇魔法は強力で、人々に必要な大きな資材でも、生成術で簡単に生み出すことができた。二人の魔法使いが現れてからは、水の都建設作業は順風満帆に進むようになった。

 しかし、水の都建設計画は儚く散りゆくこととなった。とある夕刻のことじゃった。太陽の王国から逃亡してきたソーサラーが現れたのじゃ。二人の魔法使いとその近くで働いていた人々は、ソーサラーが自分たちの目の前に現れるまで、町が火の海に包まれていたことに気付かなかった。彼らの五感はソーサラーの幻術にかかり、赤い空や煙の臭いに気付けず、町はいつも通りに見えていたからじゃ。二人の魔法使いがもっと早くソーサラーの幻術に気付いていれば、町をソーサラーから守ることまでは叶わずとも、いくらかの命を救うことはできたかもしれない。その悔しさが募ったのか、老魔法使いは真っ先にソーサラーに立ち向かっていった。しかし、そこには歴然とした力の差があり、老魔法使いはソーサラーの魔法によって殺された。そしてソーサラーは自分の力を見せつけるかのように、人々の前に巨大な竜を召喚した。人々は竜に恐怖し、ソーサラーを心の底から憎み、そして魔法は他者を苦しめるための呪わしき力だと叫んだ。

 魔法使いの少女は、ここで自分の命の火が消えるのだと悟った。最期に、何か自分にできることをしたかった。人々を魔法で笑顔にする、それが少女の永遠の夢だった。しかし、その夢はその時まるで正反対に終わろうとしていた。老魔法使いが手も足も出なかったことから、生成術と幻術しか使えない少女はソーサラーへの抵抗は無駄だと悟った。少しでも人々のためにできることは何かと模索しながら、ふと、幻術が解かれたばかりの、現実の赤く染まった雲を見上げた。少女は人々の方を向いて言った。『みなさん、魔法は決して悪い力ではありません。空を見ていてください。私の魔法を、魔法の本当の素晴らしさを見ていてください』少女が唱えた呪文は瞬く間に目の前の竜を消し去り、空の赤い雲を打ち払った。そして平原に立った人々は初めて、今にも消えゆく紫紺の空の中に、満天の星の輝きを見た……

 とまあ、『夜空を描いた少女』の物語はざっとこんなところじゃ。残念ながらこの話は『夜』と『星』を知る人間にしか話すことができなくてな。わしも久々に語り聞かせることができてうれしいぞ」

「水の都を建設しようとしていた人々は、星を見たことがなかったんだよね」

 アリサは静かに言った。

「そうじゃな」

「その人たちは幸せだったの? 死がすぐ目の前にあっても。その人たちは最期は魔法をどう思っていたの?」

 ガーヴァは少し考え、グラスを啜ってから口を開いた。

「この物語は本当にあったことかどうかわからないし、本当だったとしても、彼らはもうこの世にはいない。彼らの気持ちを知ることはできない。じゃが、魔法使いの少女の願いは叶っていてほしいのう」

「うん。そうだといいな」

 酒場を出たアリサとカイルは、昨日行けなかった町の北側へ向かって歩き出した。

 余談だが、と前置きしてカイルは話し始めた。

「歴史を遡ると、もともと幻術は敵を惑わすための戦略的な魔法だった。そして、さっきの物語の中の少女が初めて人を幸せにするために用いた。以後、太陽の王国でも、幻術で人を幸せにして商いをする者が現れ始めたと言われている。もしもこれが本当なら……」

「その子の願いはちょっとは叶ったんだね」

 アリサはカイルが言う前に笑顔で言った。

 今まであまり感情を表に出さないカイルだったが、アリサを見て彼は小さく微笑んだ。

「『夜空を描いた少女』の話、教えてくれてありがとう」

 アリサはカイルを見上げたまま続けた。

「ねえ、おじさんのこと、『カイル』って呼んでもいい?」

「どうしてそんなことを尋ねる?」

 カイルは問い返した。

「さっきガーヴァさんがおじさんの名前を言った時、おじさんちょっと嫌そうな顔してたから。それに、自分のことをあんまり喋らないから、あんまり知られたくないのかな、って」

「アリサはなかなか鋭い目をもっているようだな……実は、私は子供の頃から自分の存在を隠して生きていかなければならない環境にあったんだ。今でもその癖が残っているんだろう。アリサが呼びたいのなら、私を名前で呼んでも構わない」

「ほんと? じゃあそうするね、カイル」

 町の北側は、大部分が放牧している羊のための柵で覆われていた。結界の縁まで届くくらいに柵が続いていて、その中では、この町の人々より二倍も三倍も多そうな数の羊が羊飼いによって飼育されている。

「アリサ、君は魔法を見てみたいか?」

 カイルは柵の前に立って、茶色の植物が蔓延る乾いた大地でのんびりしている羊の群れを眺めていた。

「うん。その王国では魔法が当たり前に存在してて、魔法は人々を幸せにしてるんでしょ? 見てみたいなぁ」

「私の家族は王国にあるし、仕事の報告もしなければならない。近いうちに王国に戻るが、アリサも来るか?」

「いいの? うん、絶対行く!」

 何となく予感はしていたが、実際に形あるものとして身体に染み込むと、興奮して身体が熱を帯びてくる。

「もう一度言うが、神呪力は絶対に使っちゃいけない。口にするのもだめだ」

 カイルは厳しい口調で戒めた。

「わかった。ねえ、カイルは太陽の王国で育ったんでしょ? 魔法は使えないの?」

 カイルを見上げるアリサの大きな目は爛々と輝き、好奇心に満ちていた。

「使うことができたらアリサに見せてあげたかったが、私は子供の時に魔法学校には通わなかった。だから魔法は使うことができないんだ」

「その魔法学校に通った人しか魔法は使えないの?」

「そうだ。だが、その前に義務教育を受けなければならない」

 カイルは、詳しいことは王国に行けばわかるだろうと言って話を切り上げ、宿への帰路についた。


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