‐‐アリサ(8)‐‐
赤髪族が消えていった短い路地の先は、似たような広くも狭くもない通りらしかった。
先頭の隊長は慎重に慎重を重ね、ほうきに乗って自ら上空から偵察をしてきた。
「向こうの通りも家が並んでいる。隠れる場所はいくらでもありそうだ。決して注意を怠るな。それから、赤髪族が身を隠せそうな場所を見つけたら手当たり次第に壊せ。家の中も魔法で荒らしまくって構わない。あとあと大変になるのは生成術士だけだからな」
まるで他人事のようにそう言うと、自身はほうきで浮いて先頭を行き、アリサと純白の女がしんがりを務めることとなった。あらかじめ隊長が背後に敵がいないことは確認してくれていたが、つい先刻の路地で兵士の壁に守られているような感はなかった。その壁はあまりにもあっけなく破られてしまったが。
既存の判断材料はあまり多くはないが、それでもこの隊長の指示のもとだと、先ほど一個隊が全滅した時のような悲劇的な事態にはならない気がした。彼は自分の保身など考えていないし、虚勢も張らないから、冷静で客観的、かつ理にかなった判断を下せる。戦場での経験値も豊富のようで、言動に「油断」の二文字を感じさせなかった。アリサの主観では、尊敬に値する価値はカイルとどっこいどっこいだった。
隊の長とその従者たちは、言明した通り、まるで破壊活動を行う蛮族のように次から次へと物体を壊して進んだ。空気を圧縮したらしい透明な刃、無数に飛び散っていく氷の棘、突然の発火、魔法で現れた飛び回って周囲を警戒する二頭のワシ。
家の中にも立て看板の裏にも、路地にも特に異変はなかった。
「生き物の臭いすらしないな」
隊長が獣のように鼻をひくつかせた。
「でも、このあたりは通ったみたいですね」
一人の若い兵士の言葉にみなが振り向いた。
隣の別の兵士が尋ねる。
「どうしてわかる?」
「下を見てください。たまに地面にやつらの髪の毛が落ちてるんですよ。どれも太くて長い。そして着色料でも詰まっているかのような紅色の髪。どうしてこんな色をしているんでしょうね?」
隊長が戒め口調で遮った。
「あまり気をそらすな。それがやつらの狙いかもしれん」
「でも、僕のワシたちも周囲には警戒するべきものがなくて、遠くの爆発に心が奪われ始めているみたいですよ」
確かに、人の視線に敏感なアリサもあまり人の気配というものを感じなかった。警戒するに越したことはないが、ここまで空虚だと、虚像の敵を恐れて骨折り損をしているような気がしてならなかった。
――本当に逃げちゃったのかな。
ついに一行は通りを抜けて広場までたどり着いた。広場にしては、中央に木で四角く囲まれた中にベンチが二つ置かれているくらいで、アリサが今まで見た広場の中では最小だった。
しかしそこで、ワシの後で保険として歩かせていた犬が甲高く吠え始めた。次いで二頭のワシがそれぞれ別の場所を旋回しながら、やはり悲鳴のように高い声で鳴き始めた。
それぞれのワシの下の建物の影に一人ずつ、弓を構えている赤髪族の姿があった。図体の割に気配を消すことに関しては堂に入っていた。
赤髪族から放たれた二本の矢は、風の刃と氷の盾によって防がれた――と思ったがその瞬間、それぞれの矢が爆発した。
熱風が吹きすさび、あたりの有機物が燃えて黒い煙が立ち込める。
そして間を空けず、煙の中から新たな二本の矢がアリサたちの目前に現れる。
アリサは確かに、二本の矢のうち片方の矢じりに赤い糸のようなものが付着しているのを認めた。
そして煌めいた。
アリサや兵士たちは手遅れだと思って顔を伏せた。
すぐに爆音が響いたが、爆風はいつまで顔を伏せても来なかった。アリサたちの前で隊長のマントがはためいていた。
「た……隊長……」
埃や砂がもうスピードで巻き上げられ、隊長とアリサたちの前に風の厚い壁ができているのがわかった。爆風も巻き上げられたのか、黒い煙が塔のように高くまで昇っていた。
「全員無事か!? いったん引いて立て直すぞ!」
兵士たちがもと来た道を戻っていく。
アリサも引き返そうとしたが、不意に胸が激しくざわめいた。
――何、この嫌な予感……このまま引き返したら……何か悪いことが……この先にあるものは……確か……
ようやく敵の罠に気付いた時には、隊長以外の兵士が通りの向こうの方にいた。隊長は立ち止まったアリサを不審に思って駆け戻ってきていたようだった。
「戻っちゃ――」
アリサの叫びが彼らに届く前に、その通りはドミノ倒しのように順繰りに爆発していった。先ほどまでとは規模が明らかに異なる爆発だった。
「な……何だ……これは……」
背後を振り向いた隊長は、唖然として空まで火と煙に包まれた世界の終りのような光景を目にしていた。
「敵は自分の髪の毛を爆発させられるの。矢にも彼らの髪の毛がついていた」
アリサは動揺した様子を見せることなく、背後に未だ立ち込める煙の中を指差した。
「煙の中に突っ込んで一人ずつ不意打ちすればいい。今なら敵は油断しているはず」
従者を失った隊の長は、苦い微笑をうかべてアリサを見た。
「俺一人が生き残っただけでも、君を連れてきてよかったと思うべきなのかな」
アリサはよくわからない表情をしている、と思った。
――死んだ兵士たちは家族って風には見えなかったけど、他人ならどうしてそこまで苦しそうな顔をしているんだろう? 人はいつか必ず死ぬ。それが少し早まってしまっただけなのに。
アリサが男の子を助けた時も、リーンだったらこうするだろうと、ただ漠然とした義務感にとらわれて行動したに過ぎない。
隊長はアリサの言う通り煙の中へ突進していった。
しばらくして煙が晴れると、隊長は二人の赤髪族の切断した首を両手にぶらさげてアリサの前に現れた。
「君のような子にこんなむごいものを見せてしまってすまないな。でも、これであいつらの敵討ちは取れた」
「あの兵士たちはあたなの家族だったの? それとも部下?」
アリサは生首を気持ち悪がることなく、平生と変わらぬ口調で尋ねた。
「いや、あいつらとは今日初めて隊を組んだ。まあ、階級的には二つ下だから、部下と言えば部下になるかもしれないがな」
「じゃあ、どうしてそんなにつらそうな顔をしてるの?」
今や隊なき隊長はやや目を丸くした。そして怪訝な表情で訊いた。
「君はつらくないのか? あの爆発じゃ、君が守ってきた男の子も間違いなく死んでいるんだぞ」
「だって他人でしょ? 寿命が少し短くなってかわいそうだとは思うけど、あなたほど悲しそうにする理由がわからない」
少しの間眉を寄せていた後、アリサを見つめる隊長の目つきががらっと変貌を遂げた。それはアリサが初めてリーンの家を訪れ、テラが貧民街の子供のことを口に出した時と同じ種類のものだった。醜いものを見下し、卑下する眼差し。
――やっぱりこの人はカイルとは違う。カイルはこんな目で私を見たりしない。きっとリーンも。
アリサは隊長が自分を見る目が変化したことには気付いても、なぜそうなったのかはこれっぽっちもわからなかった。




