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太陽の国  作者: ラジオ
第一章 赤髪族反乱編
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‐‐アリサ(1)‐‐

 随分と時間が経った――ように感じた。

 しかし、アリサが窓際のベッドの上で身体を起こして目を開けると、開け放たれた窓の外はまだ明るかった。身体に薄い布が被せられているのに気付くと同時に、激しい痛みが頭の内部を襲った。頭蓋骨を無理矢理左右に割られているかのようだった。

 少しすると頭痛は治まった。その部屋は小振りで、クローゼットと書き物机と窓とベッド以外には何もなかった。窓は高くて外の様子を窺えなかったが、窓の下の方から喧騒が聞こえ、この部屋が二階らしいのはわかった。ベッドと反対側の壁の方の机に、布袋と薄いローブ、そして一枚の紙切れが置かれている。紙切れには文字が書かれていたが、アリサは文字の読み方を習っていなかったので読めなかった。

 ――誰のだろう?

 アリサは布袋からナイフを取り出して懐に収めた。薄い布を一枚纏っただけの姿でドアに近付き、耳をそばだてた。窓の外から聞こえる喧騒以外には何も聞こえない。慎重にドアを開け、様子を窺ってから部屋の外へ足を踏み出した。

 階下の食堂と思しき場所のテーブルに、短めの黒いあごひげを生やした長身の男と、向かいのそばかすの女がこちらを見ていた。

「起きたね。おはよう。紙切れに書いて置いておいたけど、あんたの服は今乾かしてるよ」

 穏やかな口調で女が声をかけた。

 アリサはほぼ反射的に身を隠し、ナイフを構える。

「あらら、どうしたんだろうね」

 言いながら女が立ち上がってどこかへ向かう気配がした。

「私たちは君に危害を加える気はない」

 男の静かな声が聞こえた。

「どうか下りてきてくれないか? 食べないとまた倒れてしまうかもしれない」

 テーブルに重い皿が置かれる音が聞こえた。鼻をくすぐるいい香りが漂い始め、アリサは自分が空腹なのに気付いた。花の蜜の匂いに誘われる蝶のように、ほとんど無意識に階段の下まで行った。目はテーブルの上の料理に釘付けになる。

「さあ、食べなさい」

 男が促す。

 アリサは一歩足を出し、ちらっと男の方を窺う。手を出しそうな様子がないのを確認してから、テーブルに駆け寄り、料理を頬張った。

「おいしい!」

 この人たちはいい人たちだったんだ、と思いながらスプーンをどんどん口に入れていった。

「当たり前だよ。誰の料理だと思ってんのさ」

 女が誇らしげに言う。言葉からは、気が強いことやプライドが高いことの他に、人を包み込む優しさのようなあたたかいものも感じた。

 食べ終わると、女が食器を片付け、男が穏やかな口調で質問をしてきた。

「君はどこから来たんだ?」

 アリサの口は固く閉ざされたままだった。彼らは見ず知らずのアリサの命を救い、アリサのために食事と宿を提供し、服の洗濯までしてくれた――すなわち、アリサにとってこの人たちが「いい人」なのは確かで、もう警戒心もすっかり解いていた。その上で自分の口が開かないことは、恩知らず以外の何物でもないと思った。

 眉を寄せて俯いたアリサを見て、男が質問を続けた。

「名前はアリサ、であってるか?」

 男はさらに年、もち物を尋ねたが、アリサは何一つ答えられず、ただ黙っていることしかできなかった。

「おい、あんた! どうして何も答えないんだい! それが自分の命を救ってくれた恩人に対する……」

 堪忍袋の緒が切れた女を男が手を上げて制した。

「もしかして、何も覚えていないのか?」

 食べ物を無償で食べさせてもらいながら、簡単な質問に何も答えられないことがこの上なく恥ずかしかった。相手から見れば、とても傲慢で厚かましく思えるだろう。

 アリサは俯いたまま小さく頷いた。恥ずかしさで顔が赤くなっていくのを感じた。でも、何も覚えていなかった。あるはずの記憶がない。でも、まったく不自然な感覚はないから、怖くなることも悲しくなることも、そして思い出したいと思うこともない。思い出そうとする意志を抱けない。今一番怖いものと言ったら、そのことだった。

「それってまさか……」

 女が険のある声で呟く。

「ああ。たぶんこの子は、ソーサラーに遭遇したんだろう」

「ソーサラー?」

 アリサは顔を上げた。

「そうだ。太陽の王国で大きな罪を犯し、王国から抜け出して逃亡している魔法使いのことだ。君はおそらくソーサラーに遭遇し、自分のことに関する記憶を高等な魔法で封印されたんだろう。君は砂漠の真ん中に倒れていたんだが、誰かに会ったりしなかったか?」

 アリサは首を振った。さっきの頭痛も、おそらくはそのソーサラーの魔法の影響だろう。

「そうか……ソーサラーの魔法ともなれば、太陽の国の魔法使いとて解くことができる者はほとんどいないだろうな。だが、自分が逃げおおせるために、しばらくの間自分と会った記憶を封印したいというだけなら、それほど強力な魔法は使わないだろう。時間はかかるかもしれないが、そのうち戻るさ」

 それから、男はアリサのことについてわかっているだけのことを教えてくれた。砂漠に倒れているところを助けてくれたこと、この宿に運びこんで寝かせてくれたこと、もち物はナイフ、銀貨五枚、銅貨二十枚、水、少量の食べ物、身につけていたローブで全部だったこと、砂塗れになっていたローブの下の服は洗って干してくれていること。名前がアリサだとわかったのは、アリサがもっていた布袋にアリサと縫いこんであったからだった。

 アリサと男が話している途中で、女が「乾いたよ」と言ってアリサの着ていたらしい服をもってきてくれた。


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