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太陽の国  作者: ラジオ
第一章 赤髪族反乱編
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‐‐リーン(8)‐‐

「そこの君。こちらにいい品物がございますよ。一分だけでいいから、見るだけ見てってくださいませんか?」

 レイの意思はすぐにその紳士的な雰囲気に吸い込まれた。男に強く手を引かれたが、特に抵抗することなく後についていった。男が案内したのは、商店街から通りを一つ隔てたひと気のない路地だった。

「君は恋をしたこと、ある?」

 男が唐突に振り返って尋ねた。

「えっ?」

 レイの顔に動揺が走った。

 それを見た男は、すっかりレイの心を見透かしたように続けた。

「そうだよね、年頃の男の子なら誰にだってあることだよ。でも、それは叶ったかい? いやいや、言わなくてもいいよ。恋の成就ほど祈っても叶わないものはないよね……」

 よく見るとそこはゴミ捨て場で、がらくたががらくたらしく山積みにして捨てられ、悲鳴を上げているような虚しい場所だった。

「じゃあ、お兄さんも……?」

「そうさ。僕も一体、何度祈りと挫折を繰り返したことか。だから、君の気持ちはよくわかるよ。僕が最後に恋をしたのは、レナという年下の一般の女性だったかな。もう一年も前になるけど、今でも未練がましいったらないよ。あの子は実にきれいだった」

 レイは俯いた。

「カレン……っていう名前なんです」

「可愛らしい名だ。君の想い人かい?」

「……はい」

 レイの表情はいつになく重かった。石畳の敷石の外れかかって土が見えているところを、心ここにあらずといった風情で見つめている。視線が一切ぶれないところが、自分の心の深い底の方にある大きな感情と対峙しているのを物語っていた。

「カレンが俺の方を振り向かないのは当たり前のことなんです。俺の成績はたいしていいものじゃないから、女子でトップのカレンから見れば、何の感情も抱くに値しないんです」

「そう自分を責めるものじゃないよ。君は悪くないんだから」

 男が慰める。

 男の口元に浮かぶ笑みに、レイは気付かなかった。

「カレンは……ジェパームント様に一目惚れしたんです」

 レイは少し言いにくそうだった。

「数年前のことで、俺はカレンと一緒に川原を歩いていました。そこに偶然、長期の仕事を終えて散歩に来ていたジェパームント様に出会ったんです。それで……」

「君はカレンさんとはよく一緒にいたのかい?」

「幼なじみと言っても過言ではないと思います」

 レイのひとみは闇に沈んでいくように暗くなっていった。

「そうか。それなのに、カレンはいつもそばにいた君ではなく、ジェパームント様を取ったというわけか……酷い話だ」

 男はレイに同情するような、そしてカレンに対してやや攻撃的な口調になっていた。

 レイは遠い過去の記憶をたどり始めたように静かになった。

「そうだ。そう言えば、君にいいものがある」

 しばらくして男は再び口を開いた。がらくたの山の一つに歩み寄り、何かを引っ張り出した。ぼろ布を纏った、レイよりも少し小柄な少女だった。

「……カレン……?」

 レイの目に移るその少女はカレンそっくりの容姿だった。

「君のカレンに対する鬱憤をこの子で晴らさないか? よく似ているだろう。この子は喋らないし、君の命令にも絶対遵守を誓うから、君の部屋に閉じ込めておけば誰も気付かない。どうだい? 今君がこの子を買えば、この子は君の奴隷にできる。君の好き放題に従わせられる。叶わない夢を成就させられるんだ。この子の親に払うお金は、君のお財布で足りない分は僕から払っておいてあげるよ。さあ、どうだい? カレンを君の好きにできるチャンスだよ」

 男はゆっくりと、噛んで含めるように言った。そうでなくとも、男の紳士的な態度には誘惑するような、何か心を惹かれるものがあった。

 長い栗色の髪、大きなひとみ、きゃしゃな体躯。レイは、見れば見るほどその少女がカレンに思えてならなかった。

「カレンが……僕の好きに……」

 レイが呟くと同時に、男の笑みがどんどん広がり始めた。その笑みに紳士的な面は影ほどもなく、人を誘惑して地獄に落とそうとする悪魔そのものだった。

「じゃあ、この子を……」

 レイがポケットから財布を取り出した。

 男の手が財布に触れた瞬間、

「しっかりしろ、レイ!」

 レイの脳天にリーンの鉄拳が降った。

 脳が激しく揺れ、レイはその場に倒れた。だが、意識は失わなかった。

「よく見てみろ」

 リーンの言葉にフラフラと身体を揺らしながらも視線を上げる。

レイは目を見開いた。

「何だ……これ……」

 目の前に立っていたのは、衣料品店で衣装を着せる、目も耳も口ももたないただの白いマネキンだった。少女の輪郭はあるものの、形以外に人間味などどこにもない。

「俺は……」

 未だ脳が揺れているのも相まってか、レイは何の表情も浮かべず呆然としている。

「大丈夫か、レイ」

 リーンの後ろから顔を出したショットが声をかけた。

「おい、おっさん。これはどう見ても犯罪だ」

 男の背後からホーキンスの声が響いた。威圧的で顔立ちの幼いホーキンスには似合わない調子だった。

 男が振り向くと、別の路地を抜けて男の後ろを取ったホーキンスは、男の逃げ道をふさぐように仁王立ちしていた。

「それはレイの財布だろ。返せよ」

「すまないが、これはもう商いとして成立しているんだ。僕はこのマネキンを彼の財布と引き換えに売ったんだ」

 男は頑として身を引かなかった。

 それを確認したホーキンスは、不意に懐から丸い灰色の物体を取り出して掲げた。縁で赤い光が円を描くように点滅している。

「ちゃんと見てたぜ。あんた、レイから半ば無理やり財布を取ってたろ。それに、これを使えばあんたの犯罪は簡単に証明できるんだぜ。レイの身体の周囲に黒い粒子が滞留していた。すぐに残滓も発見されるだろう」

「そんなに黒い魔女と死の騎士に追われたいってなら話は別だけどな」

 リーンも追い打ちをかけるように厳めしい口調で言った。

「チッ」

 男は舌打ちをして財布を宙に放り投げ、ホーキンスの方は避けて、リーンたちのいる方から街の雑踏の中へ消えていった。

 ホーキンスがレイたちのもとに駆け寄ってきた。

「助かった、ホーキンス。お前が通信機をもっていたおかげだ」

 リーンは、レイを壁に背中をつけて座らせながら礼を言った。

「いや、リーンがレイを見つけた時、瞬時に魔法にかかっているって気付いたのが一番大きいさ」

「なあ、どうして逃がしちゃったんだよ。捕まえられたんじゃないのか?」

 ショットの言葉には恨めしさがこもっていた。

「俺だってできることならそうしたかった。だが、人命の方が大事だ。確かにホーキンスが通信機を鳴らしていれば、ここは地上だからおそらく死の騎士があいつを捕らえてくれただろう。だが、死の騎士が現れてあいつが逃げ出した場合、あいつは力量こそわからないが魔法を使えるから、こちらに大怪我ですまない被害が出てもおかしくはないんだ」

「まあ、とりあえず、レイとレイの財布が無事ならそれでいいだろう」

 ホーキンスがそう締めると共に、頭を押さえていたレイが顔を上げた。

 ショットが心配そうに再びレイの顔を覗き込む。

「俺は一体……どうしていたんだ?」

「おそらく、幻術にかかっていたんだろう」

 リーンが説明する。

「レイの周囲に漂っていた黒い粒子は闇魔法のものだ。レイはマネキンを前にぼーっと突っ立っていたから……」

「聞いていたのか!? なあ、お前ら、俺が何をしようとしていたか、知ってるのか!? なあ!」

 レイは急に狂ったようにリーンの襟元を掴んだ。

 リーンは目をそらした。そしてばつが悪そうに小声で答えた。

「一部始終とまではいかないが、途中から聞いていた。犯罪かどうか確かめておく必要があったからな」

「そんな……」

 レイの膝ががっくりと折れ、壁に勢いよく背中をぶつけた。

「俺は……何であんなこと……頼む、言わないでくれ……」

 俯いたまま呟く。だが、それは言葉とは裏腹に、もう全て諦めてしまったかのような生気のなさが感じられた。例えリーンたちが人に言わなくても、レイにとってはリーンたちに見られてしまったこと自体が絶望的なことのように感じられるようだった。

「……見下してくれ。卑下してくれ。俺なんかに価値はない。俺はもう、貧民街の人間と同等かそれ以下の人間だ。お前たちの人生と同じ土俵には立っていられない」

 レイの恥辱に埋もれた言葉は、沈黙の中にレイの抑えられた泣き声だけを残した。

「……俺は今のお前に失望した」

 沈黙を破った声の主はリーンだった。それは恐る恐るというわけでも、憤然として発せられたわけでもなかった。

「お前が貧民街の人間と同等かそれ以下だって? 一体全体、どうしてお前に人の価値を決める権限がある? 貧民街の人間は俺たち以下でも俺たち以上でもない。俺たちと同じ人間だ。俺にもし、今お前が口にしたようなことと同じ権限があるとしたら、自分で自分の価値を卑下するお前は人間失格だと言ってやるよ。別にお前は犯罪を犯してしまったわけじゃない。しかもあの男の術中にはまっていたんだ。俺だってお前と同じ状況になれば同じことをしていたかもしれない。お前はそれらの事実を全てふまえた上で、まだ自分自身の価値を卑下するつもりか?」

 リーンがレイの目と視線を合わせた。

「人間の価値は量っていいもんじゃないんだよ」

 今までのが嘘だったかのように、レイは激しく泣きじゃくり始めた。自分の気がすむまで、リーンにしきりに礼を言い続けた。

 それからも、レイはしばらく服に顔をうずめたまま、声を押し殺すこともせず泣いていた。幸い、ここは商店街から外れているため、どんなに大声で泣いても通りまで聞こえることはなかった。

「正直、俺は今のお前がうらやましいよ」

 リーンはレイが立ち直って、四人で商店街に戻る道すがら言った。

「だって、もう今のお前なら似たような幻術には絶対にかからないわけだろ? あとあと恥をかくより、早いうちにこういうこと経験しておいた方が、結果的には得するに決まってるんだからな」

 レイの表情が今までで一番和らいだようだった。思わず笑みがこぼれ出てくる。

「リーン。それ、俺を慰めるために言ってるんだとしたら、ある意味リーンは魔法使いより恐ろしいよ」

 はっはっはとショットが笑い声を上げた。

「リーンにそんな力はないよ。思ったことを口にしてるだけさ」

「リーンはそういうやつだからな」

 ホーキンスも笑いながらそう言い、四人は再び蠢く羽虫のごとき雑踏の中に足を踏み入れた。


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