夢コラボ~酔いどれ軍団vsスチャラカOL/秋祭り編~(裏側バージョン)
日下部良介先生の『酔いどれ軍団』と拙作『スチャラカOL』のコラボ作品です。裏側がうまく描けたか、心配です。でも、よろしくね!
律子はスチャラカを卒業し、優良社員になっていた。
上司の米山課長や梶部次長にも信頼され、課の中心的な存在になりつつあった。
だが、後輩の出島蘭子が同じく後輩の須坂と結婚し、さらには同期の香も力丸拓海との結婚を決め、退職した。
律子は内心焦っていた。だから、とんでもない作戦を思いついたのである。
「えええ!?」
律子に屋上に呼び出された恋人の藤崎は、律子の話につい大声を出してしまった。
「そんな、だって、僕達まだ……」
普段は冷静そのものの藤崎がひどく狼狽している理由は、律子の衝撃の告白にあった。
「いつも遅れ気味だったから、気にしていなかったんだけど、もうそんなレベルじゃなかったから、病院に行って検査したら、間違いないって言われたわ」
はにかんだ笑顔で言う律子を見て、藤崎は複雑な表情だ。そして、意を決したように頷くと、
「律子さん、結婚しましょう。できるだけ早く」
「はい」
誰もいない屋上で、二人はキスをした。
こうして、律子は退職を決めた。以前だったら、諸手を挙げて歓迎したはずの梶部だったが、
「思い留まってくれ!」
必死になって止めた。しかし、律子は、
「普通の女の子に戻りたいんです」
意味不明の事を言って退職願を提出した。
梶部は藤崎に頼もうと思ったのだが、律子の妊娠がわかっての寿退社なので、藤崎も梶部の頼みを断わった。
「俺の将来はどうなっちまうんだ!?」
梶部は誰もいなくなった次長室で叫んだ。
それから数日後の事。
力丸拓海は、父親に呼ばれて実家に来ていた。この時期になると、町会長である父はいつも拓海を呼ぶから、彼も何の用なのかはわかっていた。
「もうそんな季節なんだね」
拓海は父の部屋に入って、ハンガーに吊るされたハッピを見て言った。
「そうだ。盆踊りの時期は、お前の会社は忙しいから声をかけなかったが、今ぐらいなら大丈夫だろう?」
昔かたぎの江戸っ子を絵に描いたような父親を見て、拓海は苦笑いし、
「今だって大変だよ。富山に転勤で、あれこれ忙しいんだよ」
すると父親は我が意を得たりとばかりにニヤリとし、
「だからこそだよ。香さんと祭に来て、いい思い出にするんだよ。母さんともしばらく会えなくなるんだからな」
「父さんともね」
拓海がクスッと笑って言うと、
「父さんは別にお前が富山に行こうが、札幌に行こうが、京都に行こうが、関係ない。お前は母さんに情がなさ過ぎなんだよ」
自分の事を指摘されて恥ずかしくなったのか、しきりに母親の事を理由にしたがっている父を見て、
(年を取ったんだな)
拓海はつくづくそう思った。
母親も同席して、しばらく話した後、拓海はアパートに帰る事にした。
「一つだけ、覚えておいて欲しい事がある」
玄関で父が言った。
「え?」
拓海はキョトンとした。すると父は辺りを警戒するような小声で、
「井川という男にだけは気をつけろ。毎年飲んだくれて、揉め事を起こすとんでもない飲兵衛だからな」
「知ってるよ。でも、何度かご一緒したけど、絡まれたりした事はないよ」
拓海は井川の迫力のある顔を思い出しながら言った。
「いや、今年は別だ。お前が富山に転勤する事をどこかで知ったらしく、一晩飲み明かそうと画策しているらしい」
父の眉間の皺が倍増した。
「ええ?」
さすがに拓海はギョッとして、
「わかったよ。なるべく一緒にならないように気をつけるよ」
「そうよ。貴方も誰に似たのか、酒乱の気があるんですからね」
最後に一言だけ母親の強烈なジャブを食らい、拓海は頭を掻き、父は母を見てムッとした。
そして、秋祭り初日の土曜日。
藤崎は拓海に頼まれて律子を呼び出し、映画を観に行く事になっていた。
数日前の昼食の時、同じカフェにいた拓海から秋祭りの事を聞いたのだが、
「律子さんには内緒にしていてくださいね」
強力に念を押されてしまった。だから、間違っても律子が香に連絡を取らないようにしたのだ。
「そう言えばさ、香達、来週富山に行っちゃうんだよね?」
不意に律子が言い出したので、藤崎は悲鳴を上げそうになった。
「どうしたの、藤崎君?」
律子が訝しそうな顔で尋ねる。藤崎はますます焦ってしまい、
「いや、何でもないよ、りったん」
作り笑いをして誤魔化そうとしたのだが、
「何か隠し事してるわね? 正直に言いなさい」
すでに「ねずみ色」の脳細胞がフル回転している律子だった。藤崎は観念して全部話してしまった。
拓海の父親が気をつけろと言った当人である井川は、秋祭りが行われている神社の社務所で町会の人達と酒盛りの真っ最中である。
井川の会社の部下である日下部良介は井川に無理矢理飲まされて吐き気を催した後輩の名取がトイレに走ったのを見て、立ち上がった。
「おい、逃げるのか、日下部?」
座った目で言う井川は本物のヤクザより怖い。だが、良介は慣れたもので、
「女の子がいた方がいいでしょ? 探してきますよ」
うまくかわして、社務所を出て行った。井川はニヤリとして、
「さすがに気が利くな、日下部は。俺の後継者はあいつで決まりだ」
将来設計はバッチリな井川である。
良介は社務所を出ると、どこかに知り合いの女の子がいないか探しながら歩いた。
さすがに一人で戻ったりしたら、井川の絡み方がレベルアップすると思ったからだ。
すると、石段を威勢よく駆け上がってきた女性が目に入った。
その女性はおもちゃの刀を手にして、良介の方に走ってきた。
「でい!」
良介は刀で唐竹に斬られた。あまりの出来事に呆然としていると、
「安心せい! みね打ちじゃ」
意味不明の事を言われた。
(取り敢えず、一人確保、かな?)
良介はけたたましく笑うその女性に若干引きながらもそう思った。
突然現れた律子に二人だけの空間を壊されてしまい、拓海と秋祭りに来ていた香はご機嫌斜めだった。
だが、射的で拓海が獲った刀を渡すと、律子は大喜びで走っていってしまった。
驚いた藤崎が慌てて律子を追いかけた。
「大丈夫なのかしら、律子は? 妊娠しているのに」
香が心配して呟くと、
「大丈夫だよ、藤崎君がついているから。それより、二人きりになれたから、また夜店を見て回ろうよ」
拓海が囁き、スッと香の肩を抱いてくれた。香はドキッとして拓海の顔を見上げた。
「どうしたの?」
照れ臭そうに微笑む拓海。香は微笑み返して、
「何でもない」
拓海の肩に頭を寄せた。
二人はいろいろ夜店を見て回り、秋祭りを満喫していた。
「この先の石段を上がった所が本殿なんだ。行ってみようか」
二人は微笑み合って、石段を登り始めた。するとそこへ、
「力丸さんの坊ちゃんじゃないですか?」
声をかけられた。拓海と香が声の主を見ると、そこには良介が立っていた。
両手にはたくさんのポリ袋を持っている。
(この人、沢村一樹に似ている)
ちょっとだけ惚れてしまいそうになる香である。
律子が妊娠していると信じている藤崎は、律子に代わって日本酒を飲んでいるうちに周囲がグルグル回り始めたのに気づいた。
「誰ですか、やめてください、そんなに回されたら、スイカ割りができないじゃないですか」
すでに意味不明ゾーンに突入している藤崎である。
「もうらめみたいらので、わらしが代わりに飲みまする!」
律子が藤崎から盃を奪い取り、井川に突き出した。
「おう、いいねえ、その覚悟。とことん飲んでもらうおうかね」
井川は勝ち誇った顔でそう言ったのだが、後悔する事になる。
藤崎を守るという使命を帯びた律子はまさに無敵超人になる。
井川が注ぐ酒を水のように飲み干し、たちまち一升瓶を空にした。
「げ」
井川が気づいた時は手遅れだった。律子は次々に一升瓶を空にし、またおもちゃの刀を取って暴れ出した。
社務所は大騒ぎになり、律子に「斬られた」男達の叫び声が木霊した。
「とんでもねえ酒乱だ」
井川をビビらせた律子の伝説は、その後小林商事で長く語り継がれたという。
そんな最中に良介に連れられ、拓海と香が現れた。拓海は地獄絵図のような情景を見て唖然とし、香は項垂れた。
香は刀を振り回して「みね打ち」三昧の律子に声をかけた。
「あんた、お酒飲んでるの?」
焦点の合わない目で律子はヘラヘラ笑いながら香を見た。
「そうら! 飲んれるろー!」
香は仰天した。
「赤ちゃんは大丈夫なの?」
「赤ちゃん? 何のことらー?」
香は顔を引きつらせながら、
「だって、妊娠したから会社を辞めるんでしょう?」
すると律子はギャハハと笑い、
「辞めらいろー! らって、ウソらもーん。梶ちゃんが辞めらいれーって言うから、辞めらいもーん」
「それ、彼は知ってるの?」
香はパン一でラインダンスを踊っている藤崎を見た。律子は首を傾げて、
「さあ……」
妊娠は嘘。
驚愕の事実を知らされ、更に唖然とした。
「あ」
ふと気づくと、拓海は町会の人達に囲まれ、次々に盃を受けていた。
(まずいんじゃないの……)
香も一度だけ拓海の「変身」を見た事があるのだ。だからその後に起こると思われる事態を予想して身震いした。
「うおお!」
拓海はいきなり立ち上がると、暴れていた律子から刀を奪い取り、誰彼構わず殴り飛ばした。
香はびっくりして止めに入ろうとしたが、それより早く井川が動き、強烈な平手を見舞った。
「きゅう」
拓海はトリプルアクセルを決めながら、そのまま倒れて大の字になってしまった。
こうして、律子と拓海の伝説はその神社で長く語り継がれる事になった。
拓海と香は良介の計らいでうまく井川の魔の手から逃れる事ができたが、泥酔状態の律子と藤崎はそのまま残った。
ラーメンを食べたらお開きだと思っていた藤崎は、その後、もう一度神社に連れ戻され、井川地獄を最後まで味わったらしい。
それでも最後に、
「次は奥さんを連れて来ないでくれ」
井川にそう懇願されたそうだ。
「はあ」
藤崎は苦笑いするしかなかった。
めでたし、めでたし。
お粗末様でした。