天地激震の逆転!劣勢覆す覇龍の大器!
「何を言ってるんだお前は……?」
さしもの久世兆聖の顔も、思わずひきつった。
「今、まさか僕の力を借りたい、と言ったのか?……一体、何を考えてるんだ……?」
「言ったままの意味だ。……元々、わたしに謀略や詐欺術はの才覚はない。それは、お前の方もよく分かっているはずだ」
「意味ありげな物言いに、引っ掛かるだけさ」
兆聖は、眉をひそめた。
「企みはないとか言いながら、実際何か企んでることは確かだろ」
「なるほど、その通りだ」
なんのこだわりもなく、虎千代が応えたのはその時だった。
「だが別に、お前を騙す気はない。ただ、わたしの考えに誘うだけだ」
するとだ。ふーっ、と腹立たしげに、兆聖はため息をつきはじめた。腹の中に溜まった不純物を吐き出し尽くそうとするように。
それから兆聖は驚くべきことをした。その場へ、持っていた武器をすべて捨て、丸腰になってからいきなり座り込んだのだった。
「話してみろ」
聞いてやる、と言う姿勢だ。まるで駄々をこねた子供みたいだった。
「ここでの勝負の決着は着いた。だが、ただ『ここで』と言うだけの話」
「……自分は勝ちは誇らない、とでも言いたいのか?」
「……いや」
と、少し考えてから、虎千代は苦笑した。
「それは無理だ。死にかけるどころか、ほとんど実際に何度も死んで、ようやくお前から獲った一本だからな。それは誇らせてもらいたい」
「いちいち、むかつくなあ」
兆聖は顔をしかめて、しばらく考えていたが、やがて何か気づいたように言った。
「だが、そう言えばそうか。そもそも僕が追いつく時間をあげたから、君は今の実力を手に入れたわけだ。……て、ことはこの僕にも、再挑戦の機会が与えられるってのも、ありってことか」
「左様。つまり、それが公平なやり方と言うやつではないか」
「嫌いな言葉じゃない。公平って言うのはね」
兆聖は吐き捨てるように言うと、悔しそうに眉をひそめた。
「だが口車に乗せられる、ってのは、嫌いでね。まんまと言うことを聞かされるのは、愉快じゃない」
「では、この話は止めるか?」
「いや、待てよ。今のは前置きだ。本音だが、結論じゃあない」
と、言ってから兆聖は、即決したようだ。
「分かったよ。君たちと組む。敵対関係は終わりだ。劔閣下とも切れよう。当然、同盟を破棄し、殲滅作戦からも降りる」
「馬鹿なッ!」
と、他を圧する声で、愕然としたのは、名指しされた劔劉志朗本人だった。
「一体、どう言うつもりなのだッ!?ここまできて、同盟を蹴るなどと!非常識極まりない!承服できん!断固、抗議するッ!」
もちろん、劔にそこまで非難されても、兆聖はどこ吹く風だ。
「しょうがないだろ?気が変わったんだ。……別にあんたの意見を求めてないよ」
「なっ、なっ……!なんたる身勝手なッ!」
そのまま窒息しそうな勢いで、劔は憤怒したが、兆聖はどこ吹く風である。天衣無縫と言うのは、つくづく羨ましい。
「ははッ!分かったよ。もう決めた!僕は僕で、腕を上げてから君に挑ませてもらうよ!それでいい!心行くまで君を倒す方法を試させてもらおうじゃないか!もちろん、僕の心が決まったら、いつでも挑んでいいんだよな!?」
「もちろんだ」
潔く、虎千代は言った。
「全軍反転だッ!」
そうと決めると、兆聖も潔いものだ。
「敵は十界奈落城にありッ!」
どこかで聞いた台詞を口にしたが、まさに天を衝くごとき兆聖の号令に呼応して、兆聖軍が寝返る。明智光秀もかくやと言うような、超々どんでん返しである。
もはや怒りが言葉にすらならないのは、劔劉志朗だ。
僕から見ても窒息死するんじゃないと言うくらい顔色を変えて、何やら口をぱくぱくさせてはいたが、さすがに一軍の帥だ。
「全員殺せッ!一斉放火だッ!ここから誰も生かして返すなッ!」
一気に、えらいことになった。どうにかここからは生き残ることそのものが、僕たちの勝利条件だ。
そこからは怒号、銃声、そして爆煙。
(なんてこと考えるんだ虎千代は!?)
さすがの僕も、これは想像していなかった。こんなのありか。あの宿敵、久世兆聖をこんなにあっさり味方につけてしまうなんて。
虎千代らしいと言えばらしい。
これは、信玄にも信長にも出来ないことだ。策謀を巡らさずして策謀を成してしまう。天衣無縫の越後の龍ならではの、人智を超えた大逆転だった。
それにしても、大変なのはまず、ここから生き残ることだ。とりあえず、虎千代だ。
「馬鹿兆聖、何を考えてる!?」
「馬鹿虎姫!アタシになんの断りもなく、勝手やらかすんじゃねえよ!?」
すると劔の他に、ぶちキレている二人がいた。
一人は、兆聖の参謀、瓜生真紗姫、そしてもう一人は、虎千代のセコンドについてくれた江戸川凛だ。
「すまぬ、やはりこの兆聖と決着をつけるだけでは解決しない問題があってな」
「ッざけんなッ!んなことは分かってんだよ、そいつは別にいいよッ!それよりなあ、こっちの決着はどーすんだって話だよッ!!さんざお預け喰わされてんだぜッ!?」
と、凛は真紗姫の方を見る。
戦闘狂の厄介なところだ。凛のような一対一ガチ勢にとっては、大局的な戦略も戦況も、いざとなれば関係ないのだ。
「真紗姫、話は聞いたろ。まずは、あっちが勝ったんだ。さしあたっては虎姫たちを無事逃がしてやらないと、約束した意味がないだろ?」
「違ーうッ!!わたしが言いたいのは全然そんなことじゃなあいッ!兆聖ッ!いっつもいっつもいっつも!お前はどうしてそうなんだ!?お前のわがままでわたしがどれだけ苦労してるのか、本当に分かってるのか!?」
「何を言ってるんだ、真紗姫。君の有能を一番買ってるのは僕だぞ。今回もどうにか辻褄を合わせてくれよ。大丈夫、ここを無事くぐり抜ければ、まあ、みんな雰囲気で納得するさ」
(なんていい加減なやつなんだ……)
端で聞いていて僕も呆れたが、虎千代もたいがい、人のことは言えない。こうすることは虎千代、僕にだって話してなかったのである。
まさか、あの久世兆聖を寝返らせるなんて。何食わぬ顔でのほほんと過ごしていて僕が心配するくらいだったが、虎千代、とんでもないやつだ。
「仕方ない。……急用が出来たんだ、こっちも他日でいいな?」
ようやく諦めた真紗姫が、話をまとめにかかる。この人は、よっぽど気疲れしたのか、がっくり肩を落としていた。
「へッ!仕方ねえなあ、ここは貸しておいてやるよ」
「かっ、貸しておいてやるだと!そもそもお前のところの虎姫がッ!」
「まーあまあ!二人とも。もう、状況変わったんだから」
やむなく、ここで僕が割って入った。真紗姫みたいに気疲れしてはいないが、主君に振り回されてこれから事後処理に奔走すると言う点では、立場は同じだ。
「細かい話は後にしようよ。とりあえず、劔たちを押し返さなくちゃならないわけだし!」
「くッ!……もう、好きにしろッ!」
真紗姫は、しばらく歯噛みをしていたが、ついに諦めたらしい。捕まった女騎士みたいなことを言っていた。
「で、凛はどうする?」
と、僕は聞いてみた。
「やるよ。別に異存はねーさ。アタシのお陰で虎姫は勝ったわけだしよ」
「よくまとめてくれた、真人」
と、虎千代が取りなしてくる。
「しょうがないだろ。……目の前で、こんなとんでもない作戦やられちゃ」
「すまんな」
僕は笑いそうになってしまった。
虎千代は、素直だ。故に恐らく、この兆聖と手を組む作戦にしても、謀として考えたのではなく、ごく率直な想いが口に出たことに違いない。
それがまさに、天地をひっくり返すような激震で人の世を動かしてしまうこと自体が、信じられないことなのだが。まさにそれこそが戦国の覇龍、上杉謙信の大器なのだ。




