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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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最後の光明、病身の剣士、立ちはだかる意味は……?

 地に倒れた龍勢をそのままに、虎千代と黒姫は、抜け道を急いだ。ここは栃尾山道である。


 敵は新妻龍勢だけではない。亡師の言う通りに、虎千代が賞金首として掲げられているならば、他にも数多の追手が群がって不思議ではない。このまま秘密裏に、一刻も早く春日山へ戻るのが、得策だ。


「虎さまっ、ご安心を!行路の安全は虎さまいちの家来、この黒姫がばっちり保証しますですからねえ!」

「あ、ああ……頼りにしてるぞ黒姫」


 急に忠誠心とやる気が頂点を振り切った黒姫に、虎千代も戸惑いぎみだ。


「とりま栃尾城下を抜けましょうです!国境まで来ましたら、大丈夫です。この黒姫が忍び宿を手配しておきましたですよお!あっ、お腹の具合はいかがですか。恥ずかしながら黒姫、手製の道中飯を用意してますですよう☆」


 と、笹で巻いた餅米の(ちまき)を、虎千代に勧める黒姫。自分用だったのだろう。すでに現在の形が出来上がっている。道ならぬ恋が、黒姫をどんどん狂わせている。僕たちが知っている残念な未来をここで修正する方法はないのだろうか。


「さて、ここが秘伝の抜け道ですよお」


 と、黒姫が案内するのは、一面、青い大葉を繁らせた蓮田(はすだ)の中を通る一本道だ。


「この道以外は、深田になっていますですからねえ。外れたら最後、自力では足が抜けない底無し沼ですよお。くれぐれも注意なさって下さいです!」


 しきりに話しかけながら黒姫は、虎千代を導く。さっきの粽は二つあったらしく、黒姫と分け合って行動しながら食したようだ。


「美味い粽だった。黒姫、お前が自分で作ったのか?」

「もちろんですよお。こんなもので宜しければ、これから毎日でもお作りしますからねえ☆」


 浮き浮きしながら虎千代の先を歩いていた黒姫だが、道の真ん中でぴたりと足を停めた。その理由についてはもちろん、虎千代も気づいている。


「血の匂いだな」

「分かりましたですか」

 虎千代は苦笑した。

「もちろん。これはまだ、新しい、人の血の匂いだ」


 また、討手が待っている。そしてそれはまた、他の討手を斬り捨て、蓮田に死体を放り込んだのだろう。しかし、かすかに残った血の匂いに、虎千代が感づかぬはずはない。ほぼ間違いなく、この一本道にはその刺客が待ち受けているはずだ。


「あれは……」


 顔を上げた虎千代は、はっと息を呑んだ。


 陽炎が立ちそうな真夏の陽射しの中にたたずんでいるのは、新妻龍勢がその身を案じた一人娘、八潮だったからだ。


「龍勢は、わたしが斬ったぞ八潮」


 躊躇うことなく、虎千代は目の当たりにした現実を告げた。


「あやつはお前のために死んだ。……ここでお前がそうして待ち受けているところを見ると、無論とっくに事情は存じておると思うが」

「われら親娘のことで、ご迷惑をおかけしました、虎千代さま」

 八潮は、深々と頭を下げた。

「残る追っ手は、わたしがすべて斬りました。これから、末期のけじめをつけさせて頂きます」


 すらり、と抜刀すると、八潮は虎千代の前へ立ち塞がった。


(平正眼)


 虎千代の中で、その当時の記憶がはっきりと蘇る。


(いや、正眼とも言えぬ。……やっと両手を添えた剣を持っているに過ぎなかった)


 八潮の剣先は、相手の喉に突きつけられることはなくほとんど水平から足元へ下がっていた。


「病が重いのではないのか、八潮」

 虎千代は、八潮の様子を見て言った。

「もう、龍勢はいないのだ。お前がどこへ逃げようと、わたしはもう追ったりはせぬ」

「……この期に及んで、お優しいのですね、虎千代さまは」

 八潮は、いかにも心苦しげに微笑んだ。

「こんな御方を手にかけて、生き永らえるなんて。……だからわたしは、龍勢(ちちうえ)に、どうかこんなむごいことは止めて欲しいと言ったのです」


「はああっ!?ちょっとそれ、どの口が言うですかあ!?」

 キレぎみに口を挟んだのは、黒姫だ。虎千代は黙っている。

「あーたたち親娘のせいで、えらい目にあったですよ!……ま、そのお陰で虎さまのような素晴らしいご主君のいちの家来になれましたけどねえ……ああいやっ、それはさておき!龍勢(オヤジ)に止めろって言ったってーなら、今なぜ、あーた()る気満々で立ちはだかるですか!?今さら言い訳がましーんですよこの金目当ての嘘つき娘がっ!」

「黒姫、それは言い過ぎ……」


 虎千代もさすがに退いた。似たようなことを、虎千代も言おうとは思ってはいたようだが、黒姫の罵倒が無修正過ぎである。


「いえ全くもって、黒姫どのの申す通りです。……返す言葉の一つもありません」


 八潮は、剣を構えたままで言った。


「されど、我らには虎千代さまと剣を通じて交わったと言う歳月があります。剣士として、その償いをしなくては」

「償いか。……わたしと斬り合うことで何か伝えたいことがある、と言うことだな?」


 八潮は答えない。その答えは、剣で問え、と言うことだと、虎千代は解釈した。


「付き合うことなんてねーですよ、虎さまっ!」


 姑息な黒姫は、手っ取り早く、八方手裏剣を取り出した。


「あーゆーのは見飽きたってんですよ。一刀じゃこの八方手裏剣は、防ぎきれるわけがねーです。蜂の巣にしてやりますですよ!」


 虎千代は止めなかった。確かに八潮の腕は、龍勢には劣る。黒姫の言う通り、一刀で防ぎきれると思えない。しかしだ。


(あえてわたしたちの前へ立ちはだかったからには、何かある)


 ただならぬ予感を虎千代は、持ちつつあった。


「血飛沫散らして死ぬですよッ!」


 問答無用の黒姫が、八方手裏剣を放つ。昔から、むごいことを喜んでやる奴である。


(八潮が放てるのは、確かに)


 一刀。


 たったの一振りでは、無数の棒手裏剣は防げない。しかし、である。


 ふっ、と八潮は、剣を振り下ろした。ただそれだけだった。


(空振り……?)


 ひゅん、と言う刃鳴りの音だけがした。手裏剣を打ち落とすのかと思いきや、掠りもしない。やはり、蜂の巣になって死ぬのは、八潮だったのか。だが、結果は違う。虎千代たちは驚くべきものを目にしたのである。


 八潮は空振りした。


 にも関わらず、手裏剣は一つも当たっていない。今の一撃で黒姫の狙いはすべて外れていたのだ。


「なっ、そんな馬鹿なっ……!」


 そう、言ったきり、黒姫が絶句するのも無理のない話だった。





















































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