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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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死中の太刀!一刀、先師を降す技は……?

「動くんじゃねえってんですよ……!」

 ぎりり、と、黒姫は鎖を引いた。

「この黒姫が、力一杯お願いしてやってるんですからねえッ」


 鎖は鍔元まで落ちて引っ掛かっている。黒姫が力を込めて引いても、その鎖分銅は容易なことでは外れなさそうだ。


「御見事」


 得物を封じられても、龍勢は揺るがない。黒姫が全力で引いても、びくともしなかった。しかし得物を絡めとり、動きを封じ続けていれば、虎千代に攻勢の好機を作れる。


「卑怯とは言うまい。……騙し討ちをしたのは、お前からだからな」

「御意に。……自分が姫様を闇討ちにしようとしている卑怯は、とっくに存じておりまするよ」


 虎千代が、抜刀してにじり寄る。すかさず付け入って、龍勢を仕留める腹積もりだ。黒姫に利き腕を預けながら、龍勢の目は虎千代に向いた。


「されど、殺らねばならぬ。……卑怯と言え、残忍と言え、鬼になってせねばならぬことがこの私にはあるのです」


 少し深く、龍勢が腰を落とした瞬間である。


「ふわあっ!」


 引っ張られまいと、全身の体重を使って鎖を引いた黒姫が、のけ反った。急に手応えが全く無くなったのだ。


(得物を棄てた)


 一旦、強く引き、黒姫が全力で抗うのを見すまして、長刀を手放し、肩透かしを喰らわせたのだ。剣を絡め取ったまま鎖が大きく宙に舞い上がり、黒姫は思わず、尻餅をついた。


 暗殺刀を棄て、丸腰になった龍勢だが、肉薄する虎千代を迎え撃つ気だ。


 抜いたのは、腰に残る短刀である。


(こちらへ来る)


 虎千代が気づいたときには、すでに遅かった。虎千代の斬撃をかわし、するりと脇へ滑りでた龍勢は、虎千代の胴を抜いた。


「とっ、虎姫さまッ!」


 布が切れる音と共に、血飛沫が散り虎千代は、もんどり打って前へ倒れたのだった。


「撃ち込みが浅い」


 脇差しの切っ先から一寸ほどについた血の曇りを見て、龍勢は嘆息した。この刺客にしてみれば、短刀を使わざるを得なかったのが、誤算につながった。


 黒姫にしてみれば、不幸中の幸いだ。奇しくもその嘆きの声から、地に伏した虎千代がまだ、致命傷を負っていないことを知ったのだ。


「剣を教えた師としての気持ちがある。……故に姫にはいっそ、ひと思いに死んで欲しかった。息の根を止める太刀をつけるのは、これぞ遺憾(いかん) (残念だと言う意味)の至り」

(ぬぁーに)をぶつぶつ!勝手なことを言いやがるですかッ!?」


 虎千代のために、黒姫は初めて目を剥いて怒った。


「あーたは所詮、手前勝手な理由で人殺しを請け負った外道じゃあねえーですか!?今さらどこの誰が、あーたの詰まらない言い訳をはいそーですかと聞いてくれると、思ってやがるですかッ!」

「空しい気持ちもある。……今まで培ってきた縁を棄てるのだ」


 と、龍勢は冷たい声で言った。


軒猿風情(すっぱふぜい)に、同意を求める気はない。私は外道だ。すでに、地獄行きは覚悟している」

「だったら寄り道なしで直行させてやりますよッ!!」


 黒姫はついに、とっておきの炮烙玉を取り出した。



「爆薬かよ」

 江戸川凛が口を挟んだ。

「無謀じゃあねーか?」

「わたしもそう思う」


 虎千代は苦笑した。昔から頭に血が上ると、無謀な手段を取る黒姫である。それじゃあ、下手すると怪我してる虎千代まで吹き飛ばしてしまう。


「その場はそれでいいのだ。……黒姫があんな啖呵を切って、暴走してくれたからこそ、わたしが立ち上がる時間が出来た」



(出血は止まった)


 虎千代は、袖から流れてくる血が乾き始めてきたのを確認する。ほんの一瞬だが、気絶していた。まだその強烈な斬撃の衝撃は身体に響くものの、肋骨は折れていないらしい。もう少しで何とか、動けるくらいには呼吸は回復するだろう。 


「黒姫」


 虎千代は、ひび割れた声を精一杯張った。


「無茶をするな」


 その声で、黒姫と龍勢は立ち上がる虎千代を見た。それを見届けてから、虎千代はゆっくりと構えた。


「剣の勝負は、剣でつけるものだ」


 そして虎千代は、平正眼を択んだ。自然とこの形になったのは、これが初めてだった。


 今の、真中(しんちゅう)に通じる。


「だが、当時のわたしとしては必死に己の身を守った結果だろう」


 と、虎千代は辛笑(しんしょう)する。



 両手で正眼に構えれば、腰が据わる。

 自らを殺そうと死力を尽くして向かってくるのは、格上の剣の師だ。そうでもしなければ、腰が退けて立ち向かう姿勢にもなれない。


 しかも、先刻(さっき)は脇差しで、胴を抜かれている。


(切っ先を外したら駄目だ)


 虎千代は、龍勢の身のこなしよりも、そちらに集中した。脇差しの寸の短さが、逆に、仇となっているのかも知れない。さっきは影のように、すり抜けられた。小回りの利く脇差しに、翻弄させられたのだ。


(惑わされまい)


 次にそこを、読み外せば死ぬ。全身全霊を、この一合に込めるのだ。


(狙いは知れている)


 もし、仕留める気ならば、龍勢は虎千代の胴を抜いたりはしない。刺突で喉を狙うか、真っ向、胸を貫き通す。


(懐に入ってくる)


 狙い通り、龍勢が踏み込んできた。


(狙いは、同じなのだ)


 と、虎千代は、想う。こちらは正眼で身体の中心を護っている。これを外すには、別の場所を狙うか、それとも、護りを外すかだ。


(だが、真っ向来る)


 虎千代は、抜き胴の可能性を棄てた。たとえここで、変手を交えられたとして、出す手を変える気はない。


(擦り上げ……!)


 どの技を使うにせよ、攻撃は虎千代の正眼を外すことから始まる。故に初手は擦り上げと読んだ。脇差しで虎千代の剣を絡めとり、遥か頭上へ護りを崩す。


(退くな)


 同じタイミングで、虎千代も擦り上げ動作を行っている。故に龍勢の脇差しも絡め取られ、あらぬ方向へ跳ねる。


(一刀に己を籠めるのだ)


 決死一合。


 ここで斬られて死ぬ覚悟を決めた虎千代は、退かずに一刀を振り下ろした。同時に龍勢も、斬り下ろしている。しかし、寸が足りない。虎千代の頬の皮を浅く、斬り裂いたのみだ。


「御見事ッ……!」


 袈裟に斬り下げた虎千代の太刀が、龍勢の乳下へすり抜けた。肋をぶち割られ、血肉が吹き出した。


 顔に血潮を浴び、虎千代は、残心を取り続けた。龍勢の反撃はない。それでも、この残心の姿勢を取っていないと、そこにへたりこみそうだった。







































































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