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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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記憶の原点へ、初陣前の虎千代は……?

(初陣前の虎千代……)


 それは僕も知らないことだった。

 虎千代が初めて、真剣をとって勝負に挑んだのは、初めてのいくさに挑むその直前であったと言う。


「……長尾景虎として、初めてのいくさに参加する少し前、やむを得ず斬った。……そもそも、あまり、人にする話ではないし、わたしも深く、思い出すことはなかったことだ」


 いつの間にか、話が思わぬ方向へ転がっている。虎千代が自身の剣歴の原点へ、立ち返ろうとしているのだ。


「斬ったのは二人。……いずれも、わたしの剣を道を導いてくれた者だ」


 訥々と語る虎千代の心の底から、導き出される記憶が、心象風景の形をとって僕たちにも、流れ込んでくる。これももちろん、僕の幻術の影響である。この精神世界では、この中へ取り込まれた者すべての心に描いたものを具体化してしまう。


 顔を上げた僕が見たのは、金屏風に描いたみたいな、まばゆい夕景だった。越後の厳しい冬を経た雪解けの春の陽が、開花(はな)を遂えたばかりの桜の古木の蔭を色濃くしている。


 十四歳の虎千代が、兄、長尾晴景の命を受け、出兵したのが天文十二年八月。


 と、言うことは今、僕たちが見ているのは、その三ヶ月ほど前の初夏の景色と言うことか。


 虎千代が初陣した栃尾は、越後国のほぼ中央に位置している盆地である。そこかしこに居残ったであろう雪はようやく消え始め、周囲の山々には明るい色の緑が芽吹く頃であった。


 そもそもお父さんの長尾為景が五十の声を聞くこともなく急逝したのが天文五年の十二月二十四日。


 兄、晴景の要請によってお寺から戻された虎千代は甲冑をつけて葬儀に参列し、長尾家の戦線へと加わったのだった。


 それから七年の間、長尾家の勢いは失われ、揚北衆(あがきたしゅう)をはじめとした国人たちは為景時代とは打って変わって手のひらを返し、晴景政権は急速に倒壊の危機を迎えていたのだった。


 いまだ十四歳に過ぎず、しかも女性である虎千代の双肩に背負わされた運命は、あまりにも過酷であったに違いない。



「へーえ、上杉謙信て言やあ、最初から戦国最強のいくさ上手かと思いきや、結構、苦労してんだなあ!」


 凛が呑気に口を出す。こいつ、酒の肴代わりに聞いてやがるな。


「いくさ上手か否かは、今でもわたしにはよく判らぬ。……ただ、このいくさはわたしにとっても本当に、初めて剣をとって兵を率いるいくさだった故、『自分のやり方』と言うものにこだわりすぎたきらいはあったかと思う」


 虎千代はいつも謙遜して話すが、たとえ戦国時代とは言え、たかだか十四歳になったばかりのしかも女の子が、為せるのがいくさではない。


 お寺から戻ったばかりの虎千代だが、すでに武門の子として一通りの芸は身につけていたと言ってもいいだろう。そうでなければ、兄の晴景が一手の大将にするはずがない。


「無論。いつか長尾家に戻ることは、かねて姉上から申し付けられていたこと。……剣の使い方はじめ、いわゆる弓矢のことはすべて父親代わりの金津新兵衛から習っていたしな」


 満を持して虎千代は、初陣に望んだのだろうが。


「いくさは栃尾城に籠城しての、いわば防衛戦になると言うのが、一般的な見方だった。……だがさっきも言った通り、わたしは自分のやり方を通そうと我を張ってしまってな」


 城に籠っての防衛戦を、城の地の利を活かした撃退戦に、若き上杉謙信は戦略変更したとされる。とても初陣の人間が出来るいくさではない。


 と言うわけで軍勢を率いる以前に虎千代は単身、栃尾城下へ乗り込んだと言うわけだった。



「姫様、お待ち申しておりましたぞ」


 出迎えたのは、栃尾の地の利に詳しい二人の武士だったと言う。一人は五十年配の男性、そしてもう一人はなんと、虎千代より少し年上の女の子だ。


「京八流(日本最古の剣術流派の一つ)のうち、鞍馬流を修めた新妻龍勢(にいづまりゅうせい)と言う武芸者だった。連れはその息女で、十七になる八潮(やしお)


 わたしの姉弟子だ、と苦笑ぎみに虎千代は話す。つまりは戦国時代に流行り出した放浪武芸者の親娘であった。


「新兵衛の手ほどきを受けた後は、わたしはその龍勢どのに教えを乞うていた」


 いわゆる剣術の家庭教師と言うやつだ。我流の印象が強いが、虎千代、由緒正しい系統の剣術も習っていたのだ。


「ほんの数年ほどだがな。……だが、その腕前は信頼していた故、栃尾の地の利を訪ね歩くのに着いてきてもらったのだ」


 虎千代が還俗して、長尾家に入った噂は知れ渡っている。もちろんその実力も正体も未知数であったが、反乱を志す諸侯から狙われても無理もない状況だったのだ。


 そして、そう言えば後、一人。虎千代の記憶の中に、見慣れたやつが同行者にいる。


「あっ、黒姫だ!」


 虎千代の行くところ、どこへも着いていく粘着くノ一、黒姫だが、やっぱりこの頃から、べったりだったのか。


「いや、わたしに着いてきたのはこれが初めてだ。……それにな、最初はたぶんそんなにべったりではなかったぞ」


 虎千代の記憶の中の黒姫は、主君を睨み付けている。


「ったく、あーたが、厄介者のお姫様ですか!並みいる軒猿衆の中から、この黒姫に危険な任務(おつとめ)を押しつけてくれてありがたき幸せですよお!」


 うわっ、めっちゃ絡んでくる。アンチ丸出しである。黒姫って最初はこんな感じだったのか。


「わたしは長尾家の厄介姫、あやつは軒猿衆の厄介姫であったからな」


 虎千代は苦笑する。黒姫の当たりのきつさは、つまり同族嫌悪ってやつか。


「いーですかあーたたち!ここはほとんど敵地なのですよ!それを変装もしないでノコノコ集まって……!ったくこんなど素人と組むなんて、やってらんねーったらねえですよ!」


 極端なやつだ黒姫。しかし、二人の間ってこんなことがあったんだな。


















































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