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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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底知れぬ苦行、果てに掴むもの、真人の決意は……

 勝負が決まる。


 その速度が、加速度的になっている気がする。虎千代と幻術の兆聖の死合である。


「くっ!」


 刃物を使った戦いの決着は一瞬だ。コンマ数秒の判断の遅れが、取り返しのつかない結果を呼ぶことになる。


 虎千代の『真中』は、待ちの剣である。故に必ず、相手の攻撃の呼吸と間合いを読みきることから始めなくてはならない。久世兆聖が繰り出す必殺の一撃をかわしきらなくては、話にならないのだ。


 しかも、大きくはかわせない。そのギリギリを見切って、こちらの剣を放たなくては、なんの意味もないのだ。


「『嵐神脚』も『蛮神雷』も、大要は同じ」

 と、苦戦しながら虎千代は言う。

「要諦は『踏み込み』の瞬間を見極めること」


 地面の力を使う『勁』の力の秘訣は、足運びにある。しかし、この足運びこそ武術においては、最重要機密と言っていいものなのだ。


 すべての攻撃の起点は、相手へと踏み込む足運びから始まる。武器を持つ上腕や目線の動きで射かけたりして、いくらでも『虚』の動きは作れるものだが、危険を冒して相手の間合いに入る踏み込みの瞬間だけは、誤魔化しがたいものだ。


 故にここにも、武芸者はあらゆる工夫を凝らすものだ。歩くリズム、タイミング、そして歩幅を変えることで、攻撃に入る瞬間を、対手に読ませないようにするのだ。


 だが翻ってみれば、この攻撃の瞬間こそが、致命の反撃を絡ませる唯一の刹那。命のボールが境目を越えて、どちら側に落ちるのかは、その当人たちにすら判別しがたい局面だ。


 そう言えば針の穴を通す、と言っていいその奇跡的なタイミングを、虎千代は数々の死闘の瀬戸際で、我が手にしてきたものだったが。


(今度ばかりはこんなに分が悪いものなのか……?)


 想定兆聖の実力は、僕の予想を超えている。僕も実物と何度も相対したし、その実力のほどを肌で感じもしたが。


 現状(いま)の虎千代にとって、まだ先の見えぬ高い壁である。虎千代の心が折れない限り、この幻術仕合は、半永久的に続けられるのだが。


(本当にこの先に、たどり着くことが出来るのか……?)


 決して不安を口にしてはいけない立場だが、内心には暗雲が立ち込め始めている。何をおいても虎千代を信じたい。が、何か他に打開策があるのではないか。これほどまでに傷つき、心身を極限まで酷使しなくても、解決できる問題なのではないか。


 自らした決心が揺らぐ。

 それほどまでに、愛すべき人が肉を裂かれ血を噴き、失意と非業の死に倒れる、その刹那を、目の当たりにしている。


 しかもそれを、延々と繰り返しているのだ。手を貸すことは出来ない。ただただ、虎千代の失敗を、見つめるだけ。自分の力ではどうにも出来ない、決して終わらない悪夢だ。



「くうおらあああああっ!!」


 コオン!と乾いた音がして、太刀が空を待った。時計回りに旋回した刀身は満州の晴天を舞ったあと、地面に激突する前にへし折られていた。


「うっしゃああ!武器破壊成功だぜえッ!」


 今のは江戸川凛の渾身の天頂蹴りがなした業らしい。鉄板が入っているとは言え、三島百震の斬撃を蹴りで受けようなんて、とんでもないことに挑むやつである。


「せっかくこんな化け物じーさんと、思う存分殺りあいが出来るんだッ!これくれーのことはよおー出来るようにならねーとなああッ!」


(あいつ……)


 虎千代と感性が合いそうだからついてきてもらったが、やはり正解だった。限りある命の人間が死を乗り超えるのは、どこかが狂っていないと為し得ないことだ。


 その点、江戸川凛は完全にイカれたやつだ。自分より強いやつと戦う、と言う目的のためだけに、僕たちといるようなやつなのである。


「くおらっ、怪物ジジイ!こうなったら、拳固で来なあ!アタシがとことん相手してやるよおッ!」

「この小娘があッ!」


 満州一帯を荒らし回った怪物、三島百震とフルボッコで殴りあいをしようと言うのだ。また一段、イカれ具合が増したと言うところか。


 それから凛は、三十分以上、フルスロットルで怪物と殴り合っていた。


「おらあああっ!こいつでくたばりなあッ化け物ジジイィィッッ!!!」


 フィニッシュはなんと、ドロップキックだった。全体重を載せた両足が、怪物の喉を蹴り潰した。もはや、驚愕の言葉もない。春水も、虎千代も、為し得なかった。素手での完全勝利を凛は、実力でもぎ取ったのだった。


「うッしゃあああッ!!!アタシが強えええッッ!この江戸川凛さまが、今日も明日も最強無敵ィィッ!誰でもかかってきやがれえッ!!」


 馬鹿にしか超えられない壁がある。虎千代もそれに、真っ向、馬鹿になって挑んでいるのだ。


「ぷっはあああっ!これだよッ、これえ!冷たいビール最強!キンッ……キン!に冷えたビールってのは、戦国時代にゃ無えからなあ!」


 幻術の世界では、想像した通りのものが出現する。凛のやつ、それを利用して瓶ビールを取り出して飲み出したぞ。順応性が高すぎる。


「……おっさんかよ」

「ああん!?なにか言ったか成瀬真人ッ!こんな美味しい幻術使えるなら、早く言いやがれッ!ビールがねえのだけが最悪だ戦国時代ッ!」


 凛は、またビールを出して飲み始めた。能天気なやつだ。こっちは虎千代の助けになってほしいと思って、ついてきてもらったってのに。


「おい、成瀬真人、勘違いするんじゃねーよ。アタシはただの遊び、虎姫さんのは、お前らの命運ってやつがかかってるんだからよお」

「分かってるさ」


 僕は、苦々しそうに応えた。この戦いに限らずだが、毎度、戦国大名である虎千代が戦いに向かうその背に負っているものと言うのは、紛れもなく大きい。


「だからよ、悪い思いつきじゃねえと思うぜ。何度も『失敗していい』ってのは、あの虎姫の心を解放してると思うぜ。……誰にも気兼ねせずに、自分の剣に集中出来るって言うかよお」


 それは、考えてもみなかった視点だった。だが確かに、虎千代の戦いには大きな責任と言う重圧があると言うことは、分かっていた。


「『負けてもいい』そう思っちゃいねーだろうが、たまには何も背負わず、捨て身の心境になるってのも貴重かも知れねえぜ」


 江戸川凛(こいつ)に、言われる前に自分で気づきたかった。虎千代の剣は、『解放』を求めているのではないかと。敗亡を恐れる境地を捨て、全身全霊で剣に没頭する。そんな虎千代を僕はまだ、目の当たりにしていないのかも知れない。


「お前にしちゃたまにはいいこと言うな」

 今は苦しい。けど、笑いたくなった。

「アタシはいいことしか言わねえんだよ。つーか勘違いすんな?別にてめーを褒めてるわけじゃねえからな!」

「へいへい」


 お陰で少し、気が楽になった。僕に課せられた苦役の答えが見えてきた。虎千代を次の剣の境地へたどり着いてもらうため。僕はあいつの精神を解放してやりたい。





















































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