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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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葬られる達人技!佐藤の奥の手とは…

「つまり、刀は囮だ」


 ついに久世兆聖は、佐藤の仕掛けを見破った。


「実際にはその『爪』で、皮膚の弱いところを掻いている。血管の重要な部分、出血が容易に致命的になるような場所だ。…それを実現するのには、例えば剃刀のように薄い一枚刃でもあれば、十分なわけだ」


 秘密を暴くように、兆聖は佐藤の指をあらためた。


「ふうん、つけ爪をしているのかと思ったら、自前の爪なのかな?…あんたは周到にこいつを隠していたな。自分に不利な短い剣をわざと使うのはもちろん、近接での格闘技すら、相手の目をごまかす布石だったってわけだ」

「これは、加工品だ」


 観念したように、佐藤が種を明かす。


「ダイアモンドに次ぐ硬さのタングステンが使われている。場合によっては人体だけでなく、衣服やワイヤーも挽き切れる代物さ」

「ダイアモンドは、金剛石です」

 戦前生まれの兆聖にも分かるように、春水が言い添えると、

「なるほどね。…だが、達人のあんただ、タネはそれだけじゃないね。その爪、のべつまくなしに切れるわけじゃない」

「当然だ。刀を使うように、きっちり刃筋を通さない限りは、切れないようになっている」

「ははは、そうだろうね。さすがは達人だ」


 しかし、久世兆聖の目にはまだ、見通しているものがあるようである。


「だがそれだけじゃあ、まだ、あんたらしくないねえ。…恐らくその爪で、あんたはまだ、とっときの隠し技を持っている。違うかい?」


 佐藤の目が、気味悪げに見開かれたのはそのときだった。


「とことん嫌な奴だな、君は。…人が、長年苦労して練り上げた技を見破るばかりか、さらに命に関わるときしか使わない、とっときを披露しろなんてな」

「見破ったのは、僕なんだ。…当然の賞品だろう?」

「『達人殺し』め」


 佐藤は、観念したようにため息をつく。だがこの奥の手を使わなくては、勝負は終わらない。

 佐藤は一瞬だけ、春水の方を見た。


「わざわざ助けに来てくれたのに済まないな、春水君」

「いいのです。…それより、わたしの名を、憶えていてくれたのですね」

 春水は、意外そうに目を見開いた。

「君の太刀筋を憶えていた」

 佐藤は、押し返すように答えた。

「技が練れている。君も随分、達人を殺してきたんだろう。遠慮なく、勉強するといい」

 それが佐藤の別れの言葉のようなものだった。


「で、どうする?」

 久世兆聖がもどかしげに、尋ねる。

「このまま続けるかい。それとも間合いをとって仕切り直すかい?僕は別にそれでも一向に構わないが」

「とっときが見たいんじゃなかったのかい、久世兆聖君」


 佐藤は、無理にほくそ笑んだ。


「とっときって言うのは、今みたいなときに使うものさ」


 息つく間もなかった。

 ふらり、と佐藤の身体が心持ち沈んだかと思われる瞬間、そのまま、兆聖が掴んだ手首が押し込まれたのだった。実に自然な動作だ。まるで握手を申し込むときのような。だが、狙ったのは胸板だった。


 その心臓を真っ向、突き込むような貫き手が、兆聖の胸に飛び込んだのである。


「うううっ!」


(ゼロ距離射程の貫き手…!)


 これにはさすがに、春水も目を見張った。薄い爪の刃が、普段、斬りつけにしか使われないことの見事に裏をかいている。


 しかも起こりを察知させず、重心の変動だけで兆聖の制止を振り切り、急激に伸びのある一撃を急所に叩き込む技量は、恐るべきものだ。


 今の刹那、普通の人間ならば何をされたのかまったく見当がつかないまま、肋骨のあわいから心臓をえぐり抜かれていたに違いない。


「なるほど、貫き手か。…実に見事な技だった」


 しかし、兆聖は平然と答えを返す。今の技でも、兆聖の肺も心臓も無傷だ。


「琉球空手にちょうど、爪を使う武術があったと、思ったんだけどね。この達人の奥義が、貫き手で牛の臓物をつかみ出す技だった」


(通用していない…?)


 春水は目を見張ったが佐藤には、その理由がもちろん、判っていた。


「この手の技は、間合いが繊細だな。至近距離でしかも、起こりを察知させず、間合いを使わないとなると、どうしても地面の力を使わざるを得なくなる」


 佐藤の貫き手が、届いていない。

 通用していないことが判るのも当然だ。その手応えがまったくないのだから。


「勁の力を使うとなれば、これは僕と同じ原理だ。だとすれば僕にとってはその力を地面に逃がすのも、間合いを微妙にずらして、攻撃を外すことが出来ると言うのも必然。…故に、この非凡な貫き手にも、初見で対応できたってわけさ」


 兆聖は高らかに、『達人殺し』を宣言した。


「そうがっかりするなよ。いい『学び』になった。…あんたの間合いの取り方も、勁の使い方も、僕にとっては独特で魅力的だったよ」


 と、兆聖の姿が佐藤の視界から消える。


(まさか)


 佐藤が息をつく間もない。その胸板に、己が放ったのと同じ、ノーモーションの突きが放たれたのだった。


「うぐっ…ううううっ!」


 佐藤は、激しく後退する。これこそまごうことなき、自らの技の衝撃である。心臓を貫かれ、即死していないことだけが、不思議だった。


「あんたに敬意を評して、掌底にしたよ」


 兆聖の拳は、貫き手ではなかった。だから死ななかったのだ。


「なんて…やつだっ」


 すでに手加減されている。佐藤は血を吐いて、その驚愕を噛み締めた。技を盗まれた。ただそれだけで、これほど力の差を見せつけられるものなのか。


「さあ次は、あんたが全力で僕から取り返す番だぜ」






























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