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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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劔の奥の手!?悪夢がそこに再び…?

「ここから出る…?」


 劔の言葉の重さを計るように、僕は聞き返した。それは僕たちにとって、不可解な言動すぎた。ここを出る?それは自分から、出ていくと言うことだ。そんな自由が許されているはずがない。


 万が一劔か道満が、ここで何らかの手段で僕と久遠の動きを封じようとも、外はそれ以上の達人たちで包囲しているのだ。


 ここを突破する手段など、ない。

 自信を持ってそう、断言出来る。


「どう言うつもりだ?…と、そう言いたげな顔だな」


 当たり前のことを、まるで図星をついたかのようにあげつらうのが、劔と言う男の話法だ。


「言ったままの意味だ。…『時が来た』。…去るべき時に去らねばならない。それが運命と言うものだよ」

「おかしな話だ。…あんたの去るべき時と言うものは、果たしてあんたが決めることだったかな?」

 と、僕は、突っ返した。

「急に自信を取り戻したのは、そこにいる道満のせいか?…だとすれば、僕はあんたの正気を疑う」

 劔は応えなかった。だがどこか、鼻で笑われたような気がした。


「真人、その女はまだ何か出来るのか…?」


 と、久遠が唐突に尋ねたのはそのときだ。なるほど確かに、これまで囚われの身に甘んじていた劔が、何らかの希望を見いだすわけは、曲がりなりにもこの女がここへ到達できたからに違いない。だが、この脱出劇は僕たちがここへ踏み込んだ時点で詰んでいるはずなのだ。


「何も出来ない」

 と、僕は答えた。

「何もさせない。もう、あの女にも何も手は打たせない」


 その言葉を、道満自身へ向けて刻むように、僕は言った。道満は内心、ほくそ笑んでいるだろうが、警告の意味くらいは理解しているだろう。道満は何も応えなかった。代わりに応えたのは、劔の方だった。


「…何も出来ない。なるほどそうだな真人くん。…私は何もしない。天祐と言うものが、もたらしてくれるものを信じるだけだ」

「今日はやけに饒舌だが、何だかはっきりしないことを言うんだな」

 僕は、劔をたしなめた。

「神頼みでここから出られたら、誰も苦労はしないぞ」

「ははは、神頼みか。確かにそうだな」

 すると、劔はむしろ、朗らかに笑い出したのだった。


(気でも触れたのか…?)

 僕は、呆気にとられた。あまりに不可解な劔の言動だった。


「久遠から聞いて知っているだろう。私は、神に頼まれてここへやってきた。過去の満州で葬られた関東軍を救ったときもそうだ。私ではない、何かが私を導き、抗う余地もなく、新たな運命を与えに来たのだ」

「いい加減にしろ。その話が、今のあんたの状況となんの関係がある?」

 僕が声のトーンを上げると、劔は憐れむように苦笑した。

「分かるものには分かるさ。なあ、久遠」

 と、劔は久遠へ呼び掛けた。

「どういうことだ、何か知っているのか久遠!」

 ついに声を荒らげた僕を、久遠が制した。

「…落ち着け」

 と、言う久遠の声は不気味に沈んでいる。

「おれはお前たちになんの隠し事もしていない。…この期に及んで、そんなことを考えるな」

「その通りだ、真人くん。久遠と私が悪巧みをしているなどと、今さら詰まらんことに疑念を持たないでくれたまえ。君たちに対して、久遠にやましい秘密はない。だが、話していないことはあるだろう。そうではないか?」

「話していないこと…だと?」

 久遠は、目を剥いた。

「思い出すのだ。シベリア送りになった君のところへ、私がやってきたときのことを。…私は突然現れただろう?開くはずのない扉が開き、あの酷寒の地で永遠に閉ざされるはずだった君の運命は変わった。運命はそこへ投げ与えられた。それに人の知恵ごときで納得できる理由などなかったろう?」

「もういい、やめろ。十分だ」

 と、僕は二人の会話を遮った。

「四人で外へ出よう。信玄たちに引き渡す。余計な抵抗は無駄だから、やめてくれ」

「抵抗?私は抗いはせんよ。無駄に抗うのは君たちだろう?」

「方便はいい。僕は、全員を外へ出す。無理矢理になったっていい。仕方ないことだ」

「やめろっ!」

 立ち上がってドアを開けようとした僕を制したのは、なんと、久遠だった。

「やめておけ。…それだけは今やるな。後悔するぞ?」

 僕の手が停まった。

 ここで憤然とドアを開けるはずが、久遠のただならぬ様子を見て、開けられなかったのだ。

 あの久遠が、何とおびえた顔をしていた。さすがに僕も、何か異常を察知したのだった。


「どうだ、思い出したかね久遠。あのとき実際、どんなことが起きたのか」


 と言うと、劔はいきなりにじり寄ってきてドアを開けた。


 吹き抜けてきたのは、あの冷えた風だった。


 奥只見の森の中の湿った空気ではない。さらさらに乾いて冷えきった、あの満州の夜風である。


 そこには、信玄も虎千代たちもいなかった。ここは確かに道満の夢の中で見た、満州市街。何もかもが片付けられ、乾いた風に軽やかな砂塵が舞っている。あのだだっ広い通りがそのまま、続いていたのだ。


「どういうことだ…!?」


 あまりの事態に、僕はそれから先の言葉を見失った。夢は、あの満州の幻はすでに、通り抜けてきたはずじゃなかったのか。道満の術は打ち破られてはいなかったのか。一体、今ここで何が起こっているのか。



「どうやら、間近に見覚えのある場所のようだな、真人くん」

 勝ち誇ったように、劔は言った。

「ようこそ、我が思い出の満州へ」




























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