最強道満の呪術に死角なし…!真人賭けに出る…?
炎風刃の呪は。
対接近戦においては、僕が放つことの出来る最強の呪だ。その威力は、達人のあらゆる斬擊に劣らない。物理的な威力と切れ味だけなら、近代兵器レベルに達しているはずだ。
この近距離でまともにもらえば、身体が鋭く真っ二つになって吹き飛ぶ。本来、生身の人間相手に使う呪ではない。
(やったか…!?)
万全の態勢で喰らわせた自信はある。だがなおかつそれでも、仕留めたとは思いきれなかった。
(巨きい…)
呪術師としてその年輪も、技の果てしなさも。僕が想像していたよりも遥かに、巨大である。
最大の技を放ってしまった。そのあとなら、言える。芦屋道満と言う呪術師は、僕にとってあまり、底が知れない。
はっきり言って僕は、にわか術師だ。生まれつき、陰陽師の才があるわけでも、その道の名家に生まれたわけでもない。
たまたま、安倍晴明の精霊に出逢い、生き抜く必要上から、そのための術だけを身につけてきたに過ぎないのである。
(倒せるのか)
そんな僕が、呪術の精髄にいる術師を本当に。早いうちに一気に全力をぶつけることでしか、その問いに答える術はないだろう。
炎風刃の正体は、高濃度に圧縮された超高温の空気である。その切り裂く範囲は限定的だが、そこに生まれる圧力と寒暖差は、著しくなる。
その凄まじい斬擊が、芦屋道満の身体に刻まれたと思う刹那、なにも見えなくなった。物凄い勢いで空気の間隙に周囲の冷たい空気が吸い込まれていく。
水蒸気の煙幕に、気流の嵐が砂埃を巻き上げて、吸い寄せられるような風が吹き荒んできた。
僕の呪がまともに効果を発揮しているのならば、道満の身体はすでに原型すらとどめていないと言うことになる。
「おいッ、やったのか!?」
と、誰かが問いかける声がする。たぶん、江戸川凛だ。しかし僕はそれに、はっきりやったとは答えられなかった。
(生きている)
僕はそう確信している。全力で攻撃しておいて、一撃で決めるつもりで風呪を準備しておいて。常に不吉な予感が脳裡にあった。ちょうど晴明がそうであるように、道満も何か、僕の知らない果てしのないことを知悉しているのではないか。それ故に、どれだけ力で押そうとも、越えることの出来ない、『呪術』と言う技術の奥の深さをもって壁として立ちはだかってくるのではないか。
それは言ってみれば、プロとアマチュアの差だ。
「へえー、面白いなあー変わってるう…」
道満の声がした。水蒸気の霧が晴れる。そこにあったものをみて、僕は愕然とした。
まったく、そこから動いていないのだ。
道満が立っていたその位置から。僕の炎風刃の呪は、あの女を吹き飛ばすことさえ敵わなかったのだと言うのか。
「火種もないのに、風に火ぃがついたやないの。つまり、どこかに炎の呪の素を孕んでるってことやなあ。面白い術わあ。どうなってるのか、うちにもっと見せて見せて」
(余裕だな)
分かっていたが、腹が立つ。
これまであの炎風刃の呪を、かわされることはあっても、真っ向から無効にされることは、なかったはずだ。
「真人、今のは『解呪』されたな」
どうしてあんなことが起こったのか、考えていると、晴明の声が答えをくれた。
「『解呪』?」
「風ではない、言霊の方を『無効』にしたのだ。風そのものでなくな。だから、その呪自体がなかったことになったわけだ」
「そんなんありか!?」
言霊自体をいじくられて、呪を無効にされるなら、何をやっても無駄じゃないか。
「焦るな。あやつに、見抜かれてしまうのは、お前の言霊がまだ、未熟だからだ。それで道満のやつは一見して、術の構造を解析して、バラバラに分解してしまうのだ」
やはりだ。熟練度の差が出た。言霊を使う術で、言霊自体がいじれるなんて話、今まで聞いたことなかったぞ。
「それだけ高度な技だと言うことだ。…よいか、他人の言霊を書き換えるまでいくにはな、お前の寿命十回分くらい使ってもまだ足りぬわ」
「そんなに…差があるのか?」
「そうだ。…だが、差があるからと言って全く歯が立たないと言うわけでもないのだぞ」
「どう言う意味だよ?」
「よく、考えろ。…単純で読まれてるのは、『お前』の言霊だ。要は道満に読まれぬ呪であればそれは有効なのではないか?」
「道満に読まれない呪だって…?」
僕はしばらく、考えた。
晴明の理屈は確かに、通っている。だが、そんなこと今の僕に可能なのか?
「馬鹿弟子よ、私はきっかけを与えることしか出来ぬ。よく考えろ。私にはそれしか言えない」
「そんな無茶な」
晴明から習った術で、道満の想像を超える、そんな呪てあったか?
(考えるんだ)
ノーガードで道満はこちらへ歩いてきている。舐められている。僕たちの攻撃は、道満の前ではすべて無意味なのだ。
「このヤローッ!ぶっ飛ばしてやる!」
と言ってまた真っ正面から立ち向かった江戸川凛は爆風で吹っ飛ばされた。
「虎千代下がって」
同じように吹っ飛ばされる前に、僕は虎千代を退けた。
「何か手だてがあるのか?」
その問いに、僕はノーとは答えられない。この中でもはや、道満に対抗できるのは僕しかないのだ。ここで諦めるわけにはいかない。
(晴明が教えてないもの…晴明から教わってないもの…?)
本当にあるのかそんなもの!
何度めかの自問自答の果てに、僕は、思わず息を呑んだ。そうだ、さっき、道満本人も口にしていた。すでに答えの鍵はそこにあったのだ。
「虎千代、退いてて!」
すでに、後退した虎千代に、僕はさらに距離を取るように言った。晴明も道満も、よく分かっていないもの。僕の中にあるそれに、ようやく思い当たったのだ。
「本当に大丈夫なんだろうな…?」
炎の鬼子である。
道満は『面白い』と言った。それはすなわち未見、初めて触れる呪のはずだ。加えてこの鬼子は、元々日本のものではない。言霊の種類が根本から違うのだ。
だが問題は、そいつの好き勝手にさせて、僕の言うことを聞くかである。
「解き放つぞ、炎の鬼子よ」
その言葉を口にした瞬間、全身の細胞の密度が増した。煮えたぎるように、分子のレベルで震えている。これはただの炎じゃない。この世のあらゆるものの沸点を振り切り、燃焼させる、地獄の業火だ。
「来るなら来い」
目の覚めるような炎をまとった僕に、初めて道満の歩みが止まった。




