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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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道満追い詰める罠、久遠の気がかりとは…?

「すごいな、晴明!まさかすでに道満法師を罠にかけていたなんて…」

 僕は素直に感動した。肝心なときにいつもいないと思っていたが、やるときはやってくれるのだ。

「馬鹿め、これしきお前に誉められても嬉しくもないわ」

「やるじゃねーかよおっさん」

「さすがは晴明どの!いざと言うときはやはり頼りになりまする…」

 女性陣が口々に誉めると、晴明はますます鼻を高くした。

「ふふふっ、ははははっ、ふふふふふまあ当たり前のことだ。皆そう喜ぶな。この天才にかかれば、容易いことよ…」


 プライドが高い割りには、相変わらず安くて助かる。持つべきものは、おだてに弱い師匠である。


 と、思っていると晴明は声色を変えて釘を刺してきた。


「だが、油断するな。…そもそも、この私が奴めの前へ姿を表さなかったのは、奴を術中に陥れるのは、それほど難しいと言うゆえにだ。こうして上手く行ったのも、お前たちに気をとられていたからこそよ。あやつにはくれぐれも気を抜くなよ」


 いつになく、慎重きわまりない晴明の苦言である。曲がりなりにも一度、呪い殺されているだけに、晴明にしては、いくら手管を尽くしても足りないと言う姿勢なのだろう。


「算段が立ったのは判ったがちなみに、どうやってあの女を捕らえる気だ?」


 具体的なことを尋ねたのは、久遠である。


「ああ、よくぞ聞いてくれた。今から説明する。とりあえず、どこか屋内に入るがいい」


 よく判らないが、僕たちは部屋の中へ戻った。すると晴明は何やら、見慣れない呪印を切る。

「見よ」

 と、晴明が言うと、何もなかったのにくっきりと壁に影だけが浮かび上がった。


 女の影である。立ち姿から、すぐにそれと分かった。見忘れようはずがない。これは僕たちが危うく逃した小玉の姿である。


「奴めの『影を縫って』やったわ」

「影を縫う?」

 これはまた、僕の知らない技巧である。

(いみな)を盗るのに似ているが、それよりは弱い。しかし、これで十分だ。この『影』を私が捕らえている限りは、奴は必ず私のもとへ戻ってこなくてはならない」


『影』を盗むのは、陰陽師の術の中でも、高度な技法なのだと言う。言ってみれば、生きている人間から無理やり、生者としての『理由』を奪う、と言う危険極まりない呪術だ。


「影がない限り、奴は実体を失っていくことになる。この世を漂う人ならぬ思念や幽気の類いと、同じ存在となってしまう。そうなれば、そうした死者未満の者共に絡めとられ、生きながら死者としてさ迷うことになる。故に影を奪われたものは、それを取り返さねばならぬのよ」


 なるほど、そうなれば道満は必ず、戻ってこなくてはならないわけだ。


「それにしてもえぐいなあんた」


 江戸川凛がちょっと呆れていた。諱を盗るより弱いとは言うが、強制的に死人にすると言う意味では、中々凄まじい呪術だ。


「ここは奴の夢の中だ。どうみても最初から、私たちの分が悪い。これくらいの術でなくては、奴とは渡り合えぬぞ」


 道満と生死を賭けて対決した晴明の言葉は、やはり揺るがしがたい説得力がある。


「それほどの相手だ」

 無二の天才を自称する晴明だが、道満に関しては、寸毫の容赦もない。

「気を抜けば、全員殺されるぞ。そのつもりで、相手をするがいい」


 と言うわけで、道満は帰ってくる。遠からず。広い満州を探さずとも、僕たちはそれを迎え撃てばいい。


 いつとは知れない。ここは他人の夢の中なのだから。それでも僕たちは、相手の襲来に向けて準備をしなくてはならないわけだ。


 話が決まると久遠に、僕たちは新京の街中へ連れていかれた。

「作戦は決まったんだろ?うろうろしてていいのか」

 僕が釘を刺しても、久遠は聞かなかった。

「夢の中でも、腹は減るもんだろう?」

 ずばり言われて、ノーと答えられない自分が哀しかった。あれからどれくらい経ったか判らないが、確かにお腹は減った気がする。


 連れて行かれたのは、端正な大通りに似合わない雑多な裏路地であった。同じ満州服でも、土埃と汗にまみれた苦力たちがうろつき、物売りが屋台を出す、昔ながらな町並みであった。


 新京は新興都市だが、もちろん元からの街並みもある。ここは、古くからの趣を残す中国人街なのだと言う。


 野外にテーブルを出す露店で出てきたのは、水餃子と粥であった。


 鶏出汁のスープに浸ったもちもちの餃子は、見るからに食欲を誘う。これに醤油やニンニクの細切りなどを添えて味わうと言う。


 また粥は米ではなく、高粱を使っているらしい。餃子の小麦もそうだが、満州は寒冷地なので、米食の日本とは、少し事情がことなる。


 ちなみに浮いている肉は、豚の内臓(ホルモン)だそうだ。シンプルだが材料の新鮮さが活きる。消化にも良くてスタミナのつく中華料理である。


「うおおっ、やっと飯だッ!飯だあッ!ずううっ…と腹減ってたんだよ!夢の中でも、飯は食いてえよなーっ!」


 江戸川凛は待ってましたとばかりに、平らげている。豚モツ粥は、瞬く間に三杯お代わりしていた。高粱で作った強い白酒もあると聞き、たがが外れたようにがぶ飲みし始める。すっかり観光気分である。


 虎千代も口には出さなかったが、お腹は減っていたらしく、黙々と出されたものに手を伸ばしている。


「どうだ、満州料理も悪くないだろ」

 久遠は、食欲旺盛な女性陣を眺めながら言った。


 口寂しくなっていたのは僕も同じで、確かにご相伴には預かったが、この久遠の出方に納得はしていない。たとえ僕たちに頼まれたとしても、満州の観光案内などしない男だ。


「…どうせ、こんなところへ連れてきたのも、なんか話したいことでもあるからだろ?」

 ずばり言ってやったが、向こうは態度も言葉も濁すばかりだ。

「…いや、別に、取り立ててあるわけじゃない。それより敵はいつやって来るか判らない。だから、少ない味方と今度こそ、よく打ち合わせておかなくてはならんからな」

「なんだよ、それ」

「念のためさ。道満と言う女の呪い師がどんな妖しい術を使うかは知らんがな」

 と、久遠は薄い露天テーブルを叩いて言った。

「満州式なら、夜、人数と銃を集めて一気に来るぞ」

「覚悟はしてるさ」

 僕と晴明で、迎え撃つ準備はしている。直接戦えるのは三人だが、それでも、何十人単位を相手には出来るつもりだ。

「なるほどな。まあ、なりに上手くはいくだろうが」

「引っ掛かるな」

 と、僕が口を尖らせると、久遠は突然こんなことを言い出した。

「…さっきの影を縫うとか言う術だが、あれは誰にでもかけることの出来るものなのか?」




















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