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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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道満法師を追って!たどり着いた場所は満州…?

「芦屋道狩が女…!?」

 まさかの展開だ。思いもかけぬ晴明の言葉に、僕は思わず目を見張った。

「芦屋『道満』が女だ、勘違いするでない。かつてこの天才も、それで謀られたのだ。とにかく、手管の多い術師だ。抜群に人を操るのが上手い」

「じゃあこの男は…?」

 と、僕は足元の死体を見下ろした。どうやらこの男は、道狩ではないようだが。


「いや、芦屋道狩の一部ではあるのだろう。良いか馬鹿弟子よ…道満めは姿を隠すのが好きだ。女であることを隠して、複数の男の術師を影武者としていた。その人使いぶりは、さしものこの晴明も、見抜けぬほどであった」


 なるほど晴明と双璧をなすと言われるわけだ。晴明を陽とするならば、道満は陰と言われる意味が分かる。その本領はつまり、徹底した陰忍術に通じるのだ。


 例えば昭和初期に大陸のスパイなどやらせたら、これ以上の適材はいない。


 何しろスパイの究極は、スパイマスターになることだ。スパイマスターは己の正体をなるべく隠し、より多くの他人を操ることで、陰謀渦巻く情報戦を闇から牛耳る。


 それはさながら、無数の式神や呪いを駆使して、都の闇を跋扈する呪術師、芦屋道満の独壇場でもあっただろう。


「後の時代のことなど、私は知らぬが、あの道満ならば、道狩と言う名すら隠れ蓑。…あの女は、あの女のまま、常闇の世界を暗躍したであろうよ」


 晴明の言葉は、残酷な実感を帯びて響き、僕の背筋を凍てつかせた。


「それにしてもよ、となるとこの死体は誰なんだよ?」

 不意に江戸川凛が、素朴な疑問を口にする。恐らくは、道満の手の者と思われるが、一体何者だったのだろう。

「架空の人物じゃないのかな?」

 僕は眉をひそめた。夢の中だけに、贋物(フェイク)の人物を仕立てあげることなど、現実世界より容易いのではないのか。

「確かに馬鹿弟子、それがお前の見覚えのある人物ならばな。…ここはあくまで、お前の夢なのだ。いかな術師とて、お前に会った覚えのない人物を取り出して式と成すことは出来ない」

「と、なると晴明どの、こやつはつまり、わたしたちと同じようなものか」

 勘飲み込みのいい虎千代の直感はまさに、晴明の意を得ていたようだ。

「その通りだ、虎姫。優秀だぞ。その通り、これは芦屋道満めが『自分の夢』の中から送り込んできた式神に他ならない。恐らくこやつを通じれば、道満の夢の中まで、奴を追い詰めることが出来よう」

 ようやく突破口を見つけた晴明は、にやりとした。


「道満の夢の中へ…!?」

 僕たちは顔を見合わせた。

「大丈夫なのか、そんなことして」

 突拍子もない話だが、僕たちは反撃するのだ。次は相手の懐に飛び込むしかない。

「ふふふ、人を呪わば、穴は二つだ馬鹿弟子よ。…道満めもついに尻尾を現しおったのだ。この式が、お前の夢に出口を開いたのならば、入り口は道満の夢へと繋がっているはず」

 と、言うと晴明は死体の口を開けるように、凛に命じた。

「なんだよ、なにする気だ!?ホトケさんの口なんか開けさせて…気持ち悪りいな」

 おぞけをふるう凛を尻目に、晴明は何やら呪印を切り、なんと自らの足をその死体の口へ突っ込んだ。

「うお!なんだよいきなり!?」

 凛が驚く間もなく、晴明は死体の男の口から中へすっ、と吸い込まれていった。

「晴明どのっ、中へ入ってしまわれたのか…?」

 虎千代もちょっと、呆気にとられている。

『よし…これで首尾は良いぞ。三人とも!』

「げっ!!」

 そして今度は、死体が喋りだしたので、僕たちは肝を抜かれた。薄気味悪いことに声は、晴明のものである。

「なんだよ、びっくりするじゃないか!?」

 何をするかと思ったら、悪趣味にも程がある。

『ふふふ、この程度で驚くな馬鹿弟子。…それにこれは、お前たちを驚かすためにしたのではないぞ。さっきも言ったように、これが芦屋道満めの式じゃ。今、私が書き換えて乗っ取ってやった』

 乗っ取った、と言えばそうであろうが、これじゃ寄生である。

「気色悪っ」

『そう言うな。これしか方法がないのだから仕方あるまい』

 と、言うと死体は自力で起き上がり、その蒼白の顔面を差し出して、汚い口を大きく開けてきた。

「なんだよ、今度は!?」

『だからここが入り口だと言ったろう。…遠慮はいらんから、入るがいい。足から入るのが楽でいいぞ』

「いや、足って…」

 この男の口に足を突っ込め、と言うのだろうか。見た目、不可解な変態プレイである。

「足で良いのか晴明どの…」

 虎千代は、勇敢だ。ドン引きの僕と凛を尻目に、とりあえず爪先を持ち上げて男の口へ近づけてみる。

「そうだ、ぐっといけ虎姫」

 白目を剥いた死体が、しゃべりかけてくる。ここは僕の夢だが、超現実(シュール)すぎる光景である。

「はっ」

 思いきって、虎千代が足を入れた瞬間だ。足どころか晴明のようにすっ、と姿が丸ごと消えた。確かにどうも、ここが入り口になっているようだ。残された僕と凛は顔を見合わせた。

『ほれ早く、次行け次』

 と、死体が急かしてくる。

「…しょうがねえな」

 次に決心したのは、凛だ。そろっ、と爪先を死体の口へ近づける。

「なんかアタシも変態みたいじゃねーかこれ…?」

 と、言いながら凛も身体ごと消えた。残るは僕だ。

「くそっ、何だよこれ」

 悪夢である。まさか死んだ人間の口に、足を突っ込むとは思わなかった。しかし決心してやってみると、臭そうな死体の口の手応えもなく、すっ、と僕の身体はそこへ吸い込まれていった。


「うわああっ!」

 途端に視界が暗転し、気がつくとまったく違う風景の中へ、飛び込んでしまっていた。

「ここはどこだ…!?」

 空は見えない。薄暗い屋内のようだが、急にひんやりと寒々しい。真夏から一気に晩秋と言った感じである。

「真人、無事か」

「寒いぜ。なんだよここは」

 虎千代と凛が、寄ってくる。二人とも、やはり無事だったようだが、本当にここが芦屋道満の夢の中なのだろうか。

「ふふふ、上手くいったな。三人とも、首尾良く奴の夢の中へ送り込めたわ」


 晴明もいる。声は死体からではなく、天井から聞こえる。どうやら最初からこの世界から、死体を通じて僕たちに話しかけていたらしい。


 証拠と言うように、死体はまだ、足元に放置されていた。そら恐ろしいがどうやらここが出口だった、と言うことは、間違いないようだ。


「ちなみに、ここはどこなんだ晴明」

 と、僕は聞いた。薄暗く寒々しい屋内だが、何やら怪しげだ。


 よく見ると土壁には、朱の文字や紋様を入れた怪しげな呪符のようなものが下がっているし、占いの道具のような水晶玉だの、数珠だのが転がっている。これは一体、何をする部屋だったのだろう。そしてもっとも怪しいのは、


『大陸道師道狩老師』


 と言う大書が。どうやら中国語のようだが、ここは大陸なのだろうか。


「さあな。私には、平安朝の頃のことしか分からん。…案内役がいるだろう。だからちょっと、新しい式を連れてきた」

 と、晴明が言う。嫌な予感がした。道満の夢の中と言うが、大陸と言うともしかしてここはつまり、昭和初期の満州なのではないだろうか。そう思っていると、やっぱりあいつの声がした。


「ここはかつての満州国だ。…まさか、このおれが、お前たちを案内する羽目になるとはな」


 ため息をついて、肩をすくめているのは案の定、久遠であった。













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