あの夏に戻って!過去との遭遇、強敵が…?
僕たちがラウラと出逢ったのは、暑い夏の盛り。
戦国の国際都市のビーチには、さんさんと灼熱の太陽が降り注いでいた。あの夏は暑かった。
もはや、忘れようにも忘れられない。恐らくはラウラの心の奥底にも、ずっと残っているのだろう。
夢と言うのは、記憶の塊だが、ここまでリアルなものなのか。
「真人、ラウラはどこにいるのだ?」
虎千代がまぶしそうに陽射しをあおぎながら、尋ねてくる。確か記憶では、僕たちは千利休の屋敷で出逢ったはずだった。
「え、どこだろ。…とりあえずさ、利休さんの別荘まで行ってみようよ」
と、僕は言った。
あのとき行ったきりだったが、道のりはもちろん憶えている。若き利休の別荘はこの住吉浜にあるのだ。後年のイメージと違ってちゃらめの人だった。すごくいい人ではあったけど。
そう言えばうだるほど暑かったその夏は、黒い宣教師ビダルと共に消息を絶ったミケルを探して、堺じゅうを駆け回ったのだった。
豊かな光彩の木漏れ日が落ちるこの松林の道も、そのときは何度も通ったものだった。
「なーんだよお前ら。こんないーとこで海水浴してたのかよ。戦国ってチョンマゲの時代だろ?チョンマゲが海水浴していーのかよ」
そしてぶつくさ言いながらついてくる江戸川凛はもちろん、この頃はまだいなかった。何かちょっと頭悪いこと言ってるが聞かなかったことにしよう。そもそもスクール水着が最後に着た水着って。いったい何歳のときなんだ。
「侍でも水練はするのだぞ」
と、虎千代が僕が黙殺した質問を拾うと、
「へー、水練ねえ。チョンマゲも海水浴するんだなあ」
変な風に納得してやがる。ま、こいつのことはほっとこう。それより、ラウラを探さなくては。
「ラウラの居所が分かるなら、早く見つけた方がいいぞ」
どこからか、晴明の声がした。
今、ここにいる感じは現実そのものだが、やはりラウラの夢の中なのだ。
「芦屋の落ちこぼれめは、現のラウラを操っていただろう。…つまりはこの夢はすでに、あのいんちき術師めに掌握されている可能性が高い。夢の中で戦うのは、骨が折れるぞ。だからなるべく早く、ラウラを見つけ出して奴め手から保護するのだ」
記憶通り、利休別邸は雑木林の中に立っていた。砂浜に向かって縁側を開いた絶景だ。しかし主の利休の姿もなく、戸締まりもなされていない。まったくの無人であった。
「誰の姿も見えぬな」
虎千代と凛が手分けして全室をあたった。邸内はひとけがなく、誰の姿も目につかない。夢だけに、造りはリアルでも生活感のような現実味は薄いのかも知れなかった。
「誰もいなくても、ラウラはいるはずだぞ」
晴明が言った。なるほど、夢はラウラのものだし、この世界はラウラの意志や記憶が材料になって作られているはずなのである。
「おいっ、あそこ!誰か歩いてるぞ!」
江戸川凛が砂浜の方を見て、声を上げた。ラウラだ。大きな松の並木の間を、誰かに手を引かれて歩いている。やっぱり水着姿だ。
「手を引いているのは、真人ではあるまいな」
虎千代がそこはかとなく、不機嫌になった。無理もない。ラウラは最初、日本語がよく分からなくて、僕の『愛人』だとか言ってたから。
「いや、僕はここにいるでしょ」
ラウラの手を引いているのも、水着姿の男の子だ。年齢も僕くらいだし、女の子のように色白でほっそりした体格をしている。
「おいッ!あれよォ、もしかしたら玲じゃあねえかあッ!?」
今度は凛が目を剥く番だった。
「確かに玲だな」
遠目のきく虎千代も断言する。いや、あのときあいつ居なかったろ。
「ここは、ラウラの夢の中の世界と言っただろう。…当然、本人の願望とか妄想とかそう言うのも混じってるからな」
と、晴明が言った。
なるほど、これはラウラの『妄想』なのだ。つまりは、あのときのことそのままではなくて、本人の願望補正が入ってるわけで。
「あれっ、もしかしてだけど、つまりラウラの中では、玲とここへ来たことになってるのかな…?」
僕はふと気になったことを、口に出さざるをえなかった。
「いや、さすがにそうではあるまい。『こうだったらいいなあ』くらいの感じではあるとは思うが…」
「ふーん」
なるほど、ラウラがミケルをここへ呼びたがらなかった理由が分かった。後で面倒くさいことになるからである。夢の中でくらいあの厄介な兄貴に邪魔されず、玲といちゃつきたいのだ。
「真人、何か不満なのか?」
なんだか浮かない顔になった僕に、虎千代は気づいたようだった。
「いや、だってさ、この砂浜の思い出は僕との思い出なんじゃない…?」
まあ、いいんだけど、何か釈然としないのである。つまりはラウラの中では、僕との住吉浜の記憶は、玲変換されているわけで。
「別にいーでわないか。わたしはお前と海水浴したのも、水着になったのも憶えているぞ。わたしと真人にとっては、それで十分ではないのかなあー。ラウラのことはラウラのことで、べーつに良かろう?」
「う、うん。そうだね…そう、僕もそう思う」
凍てついた声だった。僕はどうやら地雷を踏んだらしい。ここでこれ以上ぐずぐず言ってたら、墓穴を掘りかねない。過去は過去。ラウラは今、玲と円満にお付き合いしているのだ。
「おいっ、そんなことよりいーのかよ!?早く捕まえねーと、奴らどこかにシケこむぞ!?」
言い方はアレだけど、凛の言う通りだ。このまま二人でどこかに行かれたら、後になればなるほど、接触しにくくなりそう。
それに、ラウラは狙われているのだ。芦屋道狩に。あの呪術師が、いつどこでラウラを操ろうとしてくるか、分からない。
僕たちは、二人の後を追って砂浜に出た。ラウラは玲に手を引かれて、楽しそうにおしゃべりしている。夢とは言え、それに水を差すのはやや気が引けるが、今はそんなことを言っている場合じゃない。早く、二人を確保しなくては。
砂浜から街道に、二人は抜けて行った。急ぎ駆けつけた僕たちはそこで、とんでもないものを目にすることになる。
行く手を阻むようにこちらに、二人の人影が歩いてきていたのだった。
(あれ、ミケルだ…)
一人は見覚えがある。確かにミケルだが、顔つきも服装も心なしか違う。そしてもう一人だが、そちらは再びまみえるとは思いもしなかった相手だった。
「ビダル…!?」
思わず総毛立った。確かにここは夢の中だ。だが、こんなのありか!?
「…だから夢の中で戦うのは、骨が折れると言ったろう」
晴明の声がする。
まさかこの二人、僕たちと戦わせようとしているのは、ラウラの意志ではなく、あの芦屋道狩の差し金なのか。
「やるしかないな」
「ははっ、強え奴来たかあ!」
虎千代と凛は、すでに覚悟を決めたようだ。




