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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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猛獣を欺け!緊張の一瞬、春水は…

 怪物の(いお)は獣のいきれを遺しながら、静まり返っている。檀須惠は独り、歩み寄りながら目線を渡らせた。とりあえず、目につくところには百震はいないようだ。そしてもちろん、突然襲っては来るはずはない。たまたま、出かけたところに顔を出した。今のは、そんな状況にすぎないだろう。

 一人で来ていないことを、悟られてはいけない。

 檀須惠が今、すべきことだと心得ているのはそのことだけだ。

 彼女が感知していない間合いの出来事は、他のメンバーが把握している。中距離は三島春水が警戒しているし、遠距離からは、ライフルを持った海童がカバーしている。ここまでして三島百震を止められると言う保証はそれでもないが、これが現状採れる最善の策である。

 三人の達人が神経をすり減らして迎え撃つ網で巨獣を陥れることが出来なければ、他に方法はないだろう。


「また、音もなく現れたな須惠よ」

 と、百震の声だけがした。方向も距離も判らない。檀須惠は、視線を動かすことをしなかった。

 何しろ妙な動きをすればそれだけで怪しまれるし、声が聞こえる範囲にいると言うことはそう遠距離ではないと言うことだからだ。

「人里のものを持ってきましたよ」

 檀須惠は、ズックを差し出す。それには少量の油と酒、塩が入っている。

「いつもこの程度の量でいいのですね。…必要があればと、この近くの場所に備蓄は用意させておきましたが」

 百震は、あごをしゃくった。そこへ置いておけと言う意味らしい。自ら受け取る気はないようだ。

「ふん、好きにせえ。足らぬ分は、奪う。里の連中から勝手に持ってくわい」

 それは、劒たちの拠点や宿営から、気ままに略奪すると言うことらしい。

「無用の被害が出ると困るから、わたけしたち『眉月』が動いているのです。…あなたが好きに暴れても劒会長は何も言わないでしょうが、察しては下さい」

「口に出さぬことは、いらんことだわえ。減らず口が過ぎるのは、若返っても変わらんな」

「…昔から、わたくしはこうと存じますが」

 ふん、と鼻を鳴らして百震は、ズックの中を探った。陶器の瓶に詰められた白酒(パイチュ)を見つけると、栓を咥えて抜き取り、中身を生のまま煽った。

「昔から…か。そうじゃな、昔から、お前がしおらしいときは、何か企んでおる時じゃったなあ」

「企むとは?」

 反問する檀に応えず、百震は、その様子をうかがい出した。

(昔からと言えば)

 と、檀は思った。

 この男は、理屈を聞くのではない。嘘は素振りや態度から見抜く。

 故にことさら相対するときは表情や気配などの人間味を消すことばかりに腐心するようになってしまったが、ことによるとそれは間違いかもしれない。

「そう言えばお互い、若返った。…大陸時代のことを、思い出してもいいのではないか?」

「なんのお話ですか?」

 ぬっ、と百震は、大きな腕を伸ばしてきた。なんと、檀須惠の首を掴んで抱き寄せようとしてきたのだ。

「若いお前がわしに与えたものが、まだあったはずじゃな。まさか、忘れとりゃあせんな?」

「いいえ、記憶にありません。…このわたくしが言うのです。間違いはないでしょう」

「抱くぞ」

 野獣の本能を剥き出しにして、怪物は檀須惠に迫った。

「別に昔のことなど、どうでもええ」

 百震の巨体が、檀須惠に覆い被さろうとしたその刹那だった。


 薄氷を打ち砕くような乾いた銃声が、森閑の寒気を割って響き渡った。

 海童が、引き金を絞ったと思われた。狙撃手として、致命傷を狙う唯一のタイミングである。


 標的は情欲を剥き出しにして女性に覆い被さり、無防備な背中をさらしきっていたのだから。優れた狙撃手なら、脳幹をぶち抜き、それ以上は指一本動かせさせずに、死体にすることが出来るはずだった。


 しかし狩猟(ゲーム)の獲物は、怪物である。

 あの檀須惠の意表を突いたことといい、神憑りと言っていい勝負勘を冴え渡らせている。これは理屈などではないだろう。

 そもそも、そんなもので取り繕えるはずもなかった。呼吸するように闘う、命の取り合いこそが人生だと言うこの怪物の鼻を、誤魔化せるはずもないのだ。


 銃声がした刹那、百震は巨体ごと飛び上がり、反転して背後をうかがった。背中で弾丸をかわし、その動作をしながら、射線の先にある狙撃手の方を振り返ったのである。ネコ科の肉食獣を思わせる超人的な身体能力であった。


「やはりなあッ!この因業婆(いんごうばば)あめがッ」

 正反対の方向を向きながら、百震は檀須惠も怒鳴り付けている。もちろん、背後を襲おうとした呼吸を挫いているのだ。

「お前は昔、いつかわしの胤で復讐しようとおれと寝たからのおッ!若返ったとなれば、必ず直接殺(じかにや)りにくると思ったわッ!」

「ずっとお見通しだったわけですか…」

「わしを誰だと思うてるッ!?」

 檀は苦笑するしかなった。深い自嘲である。どれほど巧みな偽装も、技術を尽くした演技も必要なかったのだ。

 一度は身体を許した女のことを、この男はよく知っていた。檀須惠が犠牲にするその身を心で誓ったように、百震もまた、悟っていたのだ。これだけのことをすれば、相手は必ず復讐に来る。自分の身が朽ち果てようとも、血で復讐しようとしたほどの相手なのだ。

「あなたは(バン)の仇。…いくら時が経とうと、この血の誓いは消えることはありません」

 噴、と百震は、鼻で笑い飛ばした。

「おのれで殺るがいい。戯言は聞きあきた」

 百震が翔ぶ。つられるようにして、檀が、それに合わせた。飛び違うようにして、二つの肉体が交錯する。刃の煌めきはほんの一瞬だった。檀須惠はあえなく墜落し、百震は微かだが赤黒い、血の珠をはね飛ばし、残心の姿勢を保っていた。

 致命傷であろう。

 檀須惠は首筋を斬り飛ばされている。

「腰抜けどもめッ!もうっ、これで終わりかあッ!?」

 怪物の大喝が、凍りついた枯れ枝を震わせる。企みは暴かれた。檀須惠の時代を越えた執念も、猛獣狩りの目論みも。たったひと踏みで、壊し潰された。

 音もなく、三島春水が出たのはそのときだ。まだ、抜いてはいない。居合の刃圏に、百震を置いていた。

「つまらんなあ!」

 百震はそれを見て、不満げに吼えた。

「お前ごときが切り札かッ!?」



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