達人の行方!そこで待っていた意外な事実は…
三島春水は。
突然現れたと思ったら、ふいに姿を消した。冬場の陽炎のように。白昼夢のように。
僕たちにごく当たり前に寄り添ったかと思ったら、あっさりと姿を消した。他人と言うには、あまりに鋭く深く関わりすぎていて。(僕たちは当然のように何度も命のやり取りまでしたのだ)親密と言うには、あまりに危険すぎる。
三島春水は、そんな女性なのだ。
「御託はいいんだよ」
江戸川凛には、情緒もへったくれもない。
「アタシが聞きてーってことだけ、きちっと答えろ。…まずだ。三島百震ってーのはそんなにとんでもなかったのかよ。お春さんが苦戦するほどよ」
「僕たち全員でかかって、歯が立たなかった」
これは厳然たる事実だ。春水は負傷したし、相対した僕たちは次々と奴に圧倒された。
「あの強さは、僕たちが知る強さとは別物だ。…それでも春水さんは、何か糸口を見つけたんだと思う」
「なるほど、別物ねえ。そいつは取り組みがいがあるかもねえ。アタシもお春さんも、まだ伸び代求めてるからなあ。…まー別物ったって、アタシはこの目で見たものしか、信じねえけどなあ」
だったら聞くな、と思ったが、凛は、勝手に自分で納得している。
「なるほどなあ。別物…つまりは、普通に精進しただけじゃ通用しねーってことか。了解了解。合点がいったな」
「それとあとはさ、僕たちと別れたのはもう一つの目的でもあるんじゃない?…言わなかったけど、今思うとそんな感じもするんだ。そもそも、僕たちの前へ現れたのも救出も目的だったわけで。海童たちの」
「なるほどな。水くさいが、春水どのらしい。真人には救出の手は借りられぬと、早々に引き払ったわけか」
僕と虎千代はふんふんうなずきながら、納得しあっていたが、肝心の江戸川凛のやつは、果たして聞いてるんだろうかと思ってたら案の定聞いてない。
「あん?お前ら勝手に、何ぐちゃぐちゃ話してんだ。お春さんに関係ねー話今するんじゃねーよ!」
「関係あるだろ!?お前にも、春水さんにも。お前らの組織のボスの問題なんだからさ」
僕は呆れた。僕が心配することじゃないも知れないが、本当にこの女は、海童に率いられている、と言う意識はあるんだろうか。
「あーボスね。…そんなの知ったことか。そもそもよォ、どうなろうと、てめーの身の始末はてめーでつける。そう言う生き方がアタシに合ってると思ったから、アタシはボスのところにいたんだ。その辺はお春さんも同じだと思うぜ」
「いや、そんな…」
どこまで本気かは分からないが、三島春水に至っては、海童と夫婦じゃないか。
だが虎千代は、ちょっとそう言う凛の本音をどこかで理解しているらしく、苦笑して僕に言った。
「凛はああ言ってるが、玲の例もあるしな」
「はは、そうだね」
何だよただの照れ隠しか。
「おおい!なんだよそりゃあ!おめーら誤解してんじゃあねェーぞ!言っとくがなあ、アタシは一切えこ贔屓なんてしてねえからなあッ!?誰であろうと、死ぬ奴は勝手に野垂れ死ね!アタシはなあ、無駄な人間を助けたりはしねーんだよッ!」
「そうか。では、わたしを助けてくれたのも、わたしは無駄ではなかったと言うことで良いのだな?」
「むぐっ!…それはなあ!うん、まあ、そう言うことにしといてやるよ」
短い間だが、すっかり付き合い方を覚えられてしまったのか、凛は虎千代には、意外に素直だ。
「それよりなあ、別にいーんだよ、海童のボスのことは、アタシが心配しなくても。…ま、お春さんも気にしてねえようで、何かは考えてるんだろう。ところでよう、詳しく聞きてえのはそのお春さんの古い知り合いとか言うやつなんだが」
「ああ、それ真紗さんが言ってたな」
確か、檀須恵とか言う女だ。『眉月』と言う劒直属の女性部隊を率いていたと聞くが、春水のどんな知り合いだったんだろうか。
「でもその者は、春水どのが斬ったのではなかったか?」
虎千代が真紗さんから聞いた話を、差し挟む。
そう言えばその檀須恵と言うのは、三島春水の秘剣『音無』によって一撃で斬って落とされ、『眉月』はほうほうのていで逃げ散っていったと言う。
「その檀ってのがやられて、残りの連中は逃げたのかよ!?…なーんか臭いなあ」
話を聞き、江戸川凛は首をひねった。
「何が臭いんだよ」
「うるせー黙れ成瀬真人。おめーみてーな素人には分かることじゃねえんだよ」
凛は眉をひそめて、難しいことでもしきりに考え込む様子だ。
「『眉月』と言う連中が、主人の檀須恵を放置して去ったのは、確かに妙ではあるな」
「そう!それだよそれ!そいつが引っ掛かってたんだ。やっぱりあんたは話せるな虎千代さんよ」
「それくらい僕だって気づくけど」
要はこいつ、虎千代の言うことなら聞くのだ。えこ贔屓しやがって。
「ま、その分ならお春さんは無事かもな。何かお前らに話してないことがあるんだ絶対」
江戸川凛は、自分勝手に納得したように言うのだ。
「今頃、海童社長くらい、救ってるかもな…」
そんなわけない。
僕たちはさすがにそこまでは思わなかったが。
野獣の山勘を持つ江戸川凛の予想は実は、その頃的中していたのである。
「大分、待たせてくれましたね」
ここは、新たに引かれた暫定的な停戦ライン。久世略奪軍と劒陸軍が、公式な協定によってではなく、甲斐なき銃撃戦の果てに、自然発生的に形作られた仮の相互不干渉地帯である。
僕たちが強行突破した橋には、三島春水がつけた血糊が黒く乾いてまだ、こびりついていた。薄い月明かりの中にうずくまる傷ついた捕虜は、明らかに海童優である。
「人目がつかない場所を指定したはずですが?」
と、言ったのは三島春水である。彼女と捕虜となった海童の後ろ姿をすかさず取り囲むのはなんと、『眉月』の女性兵士たちであった。
「ここは死角です。相互の前線基地から目につきにくい。貴女が指定した通りの場所を用意したつもりですが?」
その女は再び、三島春水の前へ立った。春水は、知っていたらしい。この女が、実は生きていたことを。
「よく帰ってきましたね。春水『お嬢様』」
皮肉な口調で春水を迎えたのは。
「檀さん、よく斬られずに済みましたね」
「あれくらいは当然です」
檀須恵は微笑んだ。
秘剣『音無』はあのとき。檀須恵の命を、断ってなどいなかったのだ。
「そろそろ、謎解きをしてくれないのか?」
と、二人の顔を見渡しながら言ったのは、海童だ。
「檀須恵は、劒と三島百震の裏の顔をまとめるいわば奥女中の元締めだろう。それが何故、おれや春水を助ける?」
「話せば長いことになります」
「…それと、この人が味方になるかどうかは、わたしの上達次第でしたからね」
「あの百震を確実に斬れる剣。…それがわたくしが求めていたものですから」
「あんたは、一体何者なんだ?」
海童は訝しげな目で二人の顔を眺めた。すると、檀がさらりと、衝撃の事実を言ったのだ。
「春水は、わたくしの孫娘です」




