春水因縁の相手、再び掘り起こされる因果…!
すでにかなり前から三島春水だけは察していたらしい。自分達が闖入者としてもてなされていたことを。
しかしどこからともなく現れた跫は、急であった。まるで地面から湧いて出てきたようだ。幽霊かと思うほどに突然、気配が寄り集まってきたのだ。それに真紗さんが気づいたとき、三人はもはや、包囲される存在になっていた。
そのとき、三島春水は歩幅を変えた。袋小路の果てに、一人の女性が立っていたのである。髪を短く切り揃えているが、女性だ。たたずまいからすぐ、春水は気づいていた。
「止まれ」
と言われる前に、三島春水は動き出していた。短髪の女の右手が閃いたのを見逃さなかったからだ。
(拳銃)
しかも仕掛けてくるのは、馬賊流の投げ撃ちである。これは銃口を外しにくい。しかし春水は、少しも躊躇する風を見せない。
射線に体を投げ出すように、さらに急激に間合いを詰めた。
「あっ、こらっ」
後続する真紗さんたちから見れば、春水はほとんど、自ら撃たれに行った、と思うことだろう。
間髪いれず銃声は起こった。が、命中はしなかった。弾丸は微かに春水の身体を逸れたのだ。
正確には、すぐ脇を通り抜けていったのだが、避けたのでも、外れたのでもない。今のは、春水が微妙に外したのだ。小さな石くれを、春水は拾って指にたばさんでいたのだ。
相手が引き金を絞る瞬間、螺旋のように回転した石くれが、春水の指の間から放たれ、銃身を僅かに動かした。そこに出来たのは、本当に微妙な『差』だった。
だが、引き金に指をかけた相手すらも、気づかぬほどの『差』が、針の穴ほどの隙間を通して命中を避けたのだ。
ちなみに逸れた弾丸はオレンジ色の火矢になって、霞麒麟の鼻先を掠めていった。
「殺す気かッ!?」
小石を放った三島春水は態勢を崩すこともなく、真っ向から翔んだのだ。そのまま仕掛ける。間合いの広い片手斬りで首を薙ぐように、振り下ろした。
しかし、相手もさるものだ。とっさに半身を引くと、左からの蹴りで刀身の横腹を蹴った。春水が弾道を逸らしたように、相手も剣線をずらす。初手から絶技の応酬だ。
「お久しぶりです春水お嬢さま」
女が口を開いた。
「相変わらず行状が改まらぬご様子で。…劔会長が、行く末を憂いておりましたよ」
「あなたが思うより順調です」
三島春水は平然と答えた。
「そう、お伝え下さい」
二人は、間合いを開いて向き直った。どうやら、旧知の間柄のようだ。
「何、あんたの知り合い!?」
ごくストレートに真紗さんが尋ねた。
「劔の奥向きの用人です。…わたしが会った頃は老齢ですでに現場を離れていましたが、若い頃はそこそこ使えたようですね」
「…お忘れではありませんよね。わたくしめはあなたのご祖父、百震さまの一番弟子も同然、でございましたから」
と言うと、女は名乗りを上げた。まさかこの女も、百震同様、時間の因果律を超えて蘇った昭和の達人の一人だったのか。
「残りのお二方はお初にお目にかかりますね。檀須恵と申します。侵入者は、ここで排除させて頂きます」
「ふっ、ふざけるなッ!こっちは三人いるんだぞ!?」
事情を知らない霞麒麟が凄む。その瞬間、背後から二十人ほどの人数が退路を絶った。
「…確かに三人しかいないわね」
呆れたように、真紗さんが皮肉を刺す。
「三人で十分ですよ」
だが三島春水は当然のように、強気な主張を崩さない。
「この程度で音を上げていたら、この先が思いやられます」
「誰がいつ!音を上げたんだってばよ!?」
真紗さんも観念した。ここは、この大人数とやるしかない。
「こっ、こんな連中となんて聞いてないぞ!?」
霞麒麟は腰が抜けかけている。なるほど、包囲した人数は銃器こそ携帯していないが、全員が半月型のナイフを携えている。
「『眉月』。劔会長が私費で飼っていた女性の特殊部隊です」
春水はもはや、真紗さんと霞麒麟の方は振り返らない。
「時間が惜しいです。取り急ぎ片付けましょう」
「くそっ」
二人はありあわせの武器を取った。霞麒麟は特殊仕込み刀と拳銃であり、真紗さんは携帯式の折り畳み槍だ。
「援護はどうしたのよ!?」
真紗さんは辺りを見回した。援護とはもちろん、信長のようである。誰も狙撃されないところを見ると近くにはいないらしい。
「あんの役立たずッ!後でシメてやるわッ!」
「後でって…僕たちに後はあるのか?」
霞麒麟のそれは、決して皮肉ではなく、現実的な問題提起である。真紗さんは、いらっとして目を剥いたあと、天に向かって叫んだ。
「知るかッ!もー死ななきゃなんでもいーーッつーのッ!!」
「騒々しい方々でございますね。…よくお付き合いになられますこと」
必死に生き残りをはかる真紗さんたちを横目に、三島春水と檀須恵は対峙した。
「その言い方、懐かしいですね」
思い出の底をさらうように、三島春水は言う。百震と暮らした幼年期は彼女にとってはすでに、遠い昔だ。
「わたしが百震を斬ったあと、あなたに殺されると思った。…生かしておいて、会長と引き合わせたのは、祖父の遺志でしたか?」
「聞くまでもないことと存じます。私情を申し上げれば、あなたはそもそも師の仇。この手で殺すのが本望」
と言うと、檀須恵は、自らも三日月型の短刀を構えた。大きさを言えば中華包丁ほどに身幅は広いが薄く鍛えてあり、這い寄る猫のレリーフが施されている。
それが左右一対。恐らくはこの小回りの利く双刀で間合いを詰めて、手数で圧倒してくる使い手と思われた。
「では今は念願が叶ったと言うところですか」
冴え渡る刃を互いに擦れ合わせ、檀はうなずいた。
「言うまでもなく。…劔会長から抹殺のご命令、任務を遂行します」




