これで三対一!久遠裏切りの構図…!
皮肉すぎる決着だ。
苛烈な連撃で押しに押しまくった熾鞍だが、信玄のたったの一撃に沈黙した。これ以上、痛烈な決着は他に類を見まい。
「皮肉を言うつもりは、なかったのだがね。…君の拳、学ばせてもらった。感謝している。お陰で知見が広がったよ」
信玄はあの一撃を、熾鞍のお陰だと言う。一体、あんな一瞬で何が生まれたのか、僕たちには想像もつかない。
「とんでもないことしやがるな」
端でみていて、ミケルも興奮ぎみである。
「なぜ倒れた!?防御はしてたはずだぜ?」
まさにミケルの言う通りである。熾鞍は、信玄の攻撃を防いだ。あれは、誰が見てもガードの上からの打撃だった。それがどうして、あれほどの衝撃を与えたのか。
「わざわざ解説する必要もないと思うがね。…熾鞍くんと言ったかな、彼の拳そのものが今見せた技の肝と言うやつさ」
つまり信玄は今、熾鞍を倒して見せた技の原理そのものが、熾鞍の技の本質そのものに通じるのだ、と言いたいところなのだろうが。信玄が天才すぎて上手く伝わらない。何しろ熾鞍の技を見抜くばかりでなく、さらには盗むどころか、それを応用して全く新しい地平を見せたのだから底が知れない。
「要は破壊力の問題だ。…この拳法に限らずだが、例えばある物を『壊す』とき、私たち人間はどのような力を利用してきたと思うかね?」
「わっ、分からんっどう言うことだ真人!?」
ミケルは、僕を見る。僕に聞くなよ。思わず突っ込んでしまったが、感覚派のミケルには難しすぎる話だ。僕にだって、すぐにぴんと来る話ではない。たぶん、だが信玄の言わんとすることは、格闘技のジャンルに収まる話ではない。なんとこの時代の人間にして物理学が入っている。
「破壊力…それは衝撃とか、振動の話…ですか?」
「それは、どのように伝わっていくかね?」
信玄は熾鞍に与えたように、縦の正拳を突き出して見せた。破壊の衝撃と言うものはどうやってつながっていくのかだって。そんなこと、分かるはずがない。そもそも、この時代にそんな概念はないんじゃないか。そうたかをくくっていると、だ。
「破壊は、『波動』となって伝わっていく。これは人体でも、橋や堤、城の石垣でも同じだ」
万理に通ずる信玄は、現代科学でも十分通用する答えを出してみせた。
「事故や災害の現場をみても分かるように、大きな破壊の予兆は大抵、ごく小さな『振動』なのだ。それが細かな波となって全体に伝わるとき、強大な破壊力が生み出される」
なんとこれを、現代物理学では、『共鳴』と言う。物体には固有の振動数と言うものがあり、それに最も近い振動を外部から与えられると、その振動が大きく伝わってしまう。その力は恐ろしいもので、コンクリートの堅牢な建造物さえ、一瞬で崩壊させてしまうのだ。
「翻って、畢竟、拳法なる技術とは何か。その破壊の『波動』を人体を使って、人体に与えるものだ」
信玄は言うと、自ら得意の技である発剄のポーズをとってみせた。
「例えばこれは大陸の拳法の秘伝だが、剄の力と言うのは『波動』を思った場所へ的確に伝達させる技術なのだ。踏み込みによって大地から得る力を利用して人体へ、直接その『波動』を伝える。衝撃は主に内側へ奔る」
対して、熾鞍の使うような空手は、衝撃を『外側』へ加え、物体を直接破壊する技術なのだと言う。
「防御を固める相手を崩すのには、これは有効だ。例えばこの『波動』の伝え方によっては、人体ばかりでなく硬い物体を破壊することも可能だろう」
なるほど、空手は演武で瓦を割ったり、バットを折ったりなど、人体ばかりではなく通常では破壊出来ない物体を、自らの肉体で破壊することを志向する。
この外部破壊の原理を究めれば人や動物の肉体など、『波動』の伝わりやすい柔らかい物体を破壊するときだけでなく、究極的には自然石など、破壊できるはずのないものまで素手で破壊できるようになる。
空手の原理を身につけた信玄の拳法はさらに一歩、新しい境地を見たと言うことだろう。
かくて、沖中、熾鞍共に撃破された。二人とも、何があったんだ。僕の知らないうちに、さらに計り知れないほどに強くなっている。
「…さて、これで決着がついたわけだが」
信玄が、こちらにやってくる。ミケルも戻ってきて、三人揃った。残るは、久遠一人である。
「三対一だな」
僕が言うと、ミケルもシースに収めた剣を叩いて久遠を挑発する。
「もたもたしてるからだぜ。真人、おれが代わってやる。一度あんたとは、さしで手を合わせてみたかったところだ」
「もう分かっただろう。本当にどうするつもりだ?あんたに加勢する人間は、ここにはいない」
僕はその言葉で止めをくれてやったつもりだった。
あんな土壇場で僕たちを裏切って。劔を奪還し、あまつさえ三島百震と逃亡した久遠だったが。ここで孤立し、もはや打つ手はないはずだ。僕は久遠がどんな顔をするかと思って見ていた。
「見事だな。…こんな短期間で、ここまでたどり着けるわけだ」
だが、久遠は、平然として言っただけだった。
「負け惜しみは聞きあきたぜ」
と、ミケルが掴みかかろうとして、僕と久遠の間に割って入ったときだ。
「久遠、よくやってくれた。ここからの道案内は任せてよいかな?」
そう言ったのは、信玄である。えええっ!?
「あんた、裏切ったんじゃなかったのか!?」
「何を今さら愚かなことを」
僕が言うと、久遠は、つまらなそうに目を剥いた。
「実は事前に打ち合わせてあったんだよ。あのままではらちが明かなかったろう。だから何かきっかけがあったら、久遠には行動を起こしてもらおうと話していたんだよ。まさか、三島百震が現れるとは思わなかったが」
信玄と久遠は、満足そうに顔を見合わせてしてやったりの顔である。まったく騙された。まさかあんな予想外の事態の連続の水面下で、信玄と久遠は、そんな離れ業を演じていたとは。
「状況に応じて動くのが、優れた間蝶だ。望んだ結果を出せれば手段は問われる筋合いもあるまい」
と言う久遠は、僕に皮肉な目線を向ける。
「貴様、いい反応をしていたぞ。それでこそ、おれが疑われずに済んだ。作戦の役に立てて良かったな」
ちっ、嫌な奴。




