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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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ついに最果ての場所へ!狙うは総司令部…

 奥只見湖の北北東、そこが総司令部の所在地である。以前からその所在については、奥只見ダムの現代の地図を持つ真紗さんが照合を行っている。


 いわゆる奥只見電力館の敷地がそれにあたり、実地の調査によって、その全貌はほぼ把握できてきているようだ。もちろんこの作戦が始まった当初は、ここへの潜入を考えていたのではあるが。


「避けえるなら、確かに避けたかったことではあるが」

 信玄は、苦い顔をする。


 事実、ホウ雪崩を利用したおびき出し作戦がなければ、僕たちは遅かれ早かれ、ここへの潜入を試みるつもりだったのである。

「もはや否やは言うまい。座して待てば滅びるだけなのだからね」


「いや、単純でいいんじゃないか」

 と、物怖じしないのはミケルである。

「用事があるのは、元々向こうの大将なんだからな。おれはどうせ、こうなると思ってたぜ」


 覚悟がいいと言うか、直情型のこいつは、劔の本拠へ潜入する、と言ったら最初から剣一本で、敵地の最深部まで殴り込むことを考えていたわけで、その点、まったく物怖じする様子はない。


「ふんッ、この上は是非もにゃあと言うやつだで」

 と、いきなり、聞いたようなことを言うのは、信長だ。

「ふははッ、この信長好みに、話がでえりゃあ派手になってきただわ」


 こいつ、長い間姿を見せないと思ったら、真紗さんたちとは別ルートで、すっかり地勢調査を済ませていたのだった。百震に肝を抜かれたのも今やどこ吹く風、早く信玄の作戦を実行に移したくて、うずうずしているようだ。


「支度は、すでに上々だわ。おのれらも穴蔵にばかり籠っておらんで、山に出たらええのだわ」


 ついでに銃ではなく、音のしない仕掛け罠で食糧も調達してきたと言うから驚いた。手製らしい鹿の干し肉をかじっていた。


「馬鹿ども、肉でもかじりゃあ」

 信長は惜しげもなく、僕たちにそれを配ってきた。お、食糧だと思ったら、なんだ、やたら硬くて塩辛い。かなり頑張ったものの、僕は噛み切れずに吐き出した。が、なぜかミケルは意地になって呑み込もうとしている。

「味は悪くないぜ。それに魚食いのお前たちと違って、やはりバスク人は、肉を食わなきゃな」

 いやミケル、心なしか涙目じゃないか。


「真人、お前も口の中へ入れておくでや。いつかは呑み込める」

 それが山の行動食と言うことなのだろうが、僕はごめんだ。食べるのに体力を使うものを口にしないのも、厳寒の山歩きの知恵である。


「それより信長、お前はどうする気だったんだよ。班割りの中に入ってないぞ」


 信玄の言う『二手』の中に、そう言えば信長は入っていない。いないから入れ忘れたのかと思いきや、任務があるらしい。


「この信長はお前たち全員の援護だわ」


 と、肩に担いだ狙撃銃を見せびらかす。なるほど、後方支援だ。確かにすっかり上達した射撃の腕からすると、装備を持って一人で潜伏移動した方が役に立ちそうだが、最も危険な役割じゃないか。


「うつけめ、だから面白いのだわ!」


 慎重に逃亡と潜伏を繰り返しながら僕たちは辛抱強く、時を待った。天候が回復するのではなく、荒れる時をである。並みの荒れ方では、駄目だと信玄は言った。


「大災害の日が望ましいね」

 不穏な物言いだが、それが唯一の機会なのだから仕方がない。極限まで警備が緩められ、視界が極端に制限される頃を狙うしか、今の僕たちに可能性はないのだ。


 吹雪が荒れてくる頃を狙って僕たちは最も険しい山側から回り込む。


「…あれだ」


 信玄が指し示す方、横殴りの雪礫(ゆきつぶて)の彼方に、ぼんやりと建物の明かりが確認できた。


 これが総司令部であり、鉄筋煉瓦造二階建ての居館である。ギリシャ神殿を模したようにコリント式のコンクリート支柱が立ち並ぶ建築様式はいかにも旧満州の建築物と言った趣だが、厄介なのはこれはあくまで平時の居館であると言うことだ。この建物から背後に北側の山際、断崖の地の利を利用して、建てられているものがある。


「いわゆる掩体壕(えんたいごう)と言うやつね」


 海外ではバンカーと称する軍事拠点だ。アドルフ・ヒトラーが末期、『狼の巣(ヴォルフスシャンツェ)』と言われる掩体壕(バンカー)に引き込もって戦闘を続けたことでよく知られている。


 実用一辺倒の武骨な鉄筋コンクリート、かまぼこ型の構造は、少ない資材で爆撃にも耐えうる強度を発揮する。言わば戦時の総司令部だ。ここへ来て劔がさらなる秘奥に引き籠られているとなると、作戦の成功率はさらに厳しいものになろう。


「人員を二手に分けたわけが分かったかね?」

 信玄の物言いはあくまでも皮肉げだ。


 だが確かに、その苦悩は伝わってくる。二手に分かれると言うから、ただの陽動作戦かと思いきや、ことはそう単純ではない。拠点は二つあるために僕たちは劔の居所を、二手に分かれて捜さねばならないのである。


「一度拉致されてるんだ、実際、あっちの方へ潜ってるんじゃないのか?」

 ミケルは、バンカーの方を推す。どこまでも直感的だ。

「悪くない推理です。…そう考えてみると、平時の居館の方があれほど照明を無駄遣いしている理由も、うなずけては来ますが」

 三島春水も、ミケルの勘を採る考えのようだ。


 僕たちがこの悪天候のなか、偵察を続けているのはすでに午前二時を回る真夜中だが、消灯する様子もなく建物の照明は目印のように煌々と灯っている。


 その割には不寝番もそれほど厳重にも見えず、侵入してくれと言わんばかりなのがすこぶる怪しい。三島春水に言われなくてもこれが罠だと言えば、これほど分かりやすい罠もないのだ。


「で、どうする?要は、どっちがどっちを取るかってところなんだろうが」

 と、ミケルは、僕の方を見た。


 だがさすがにこれでは、判断材料が薄い。ここへ来る前、信玄は僕たちと中枢制圧を目指して、真紗さんたちにかく乱を命じたと思うが、成り行き次第では、役割が逆転してしまうこともありそうだ。


「別に問題ないでしょう」

 と、言ったのは三島春水だ。

「要はどちらも、陽の部隊を演じればいい。…とりあえず中枢制圧を目指せばいいのですよ」


 つまりどちらかが囮が騒ぐ隙に隠れて動くのではなく、それぞれが、派手に騒ぐわけだ。


「そんな無茶な…」

 僕は呆れた。

 それはどう考えても元々危険なものに、さらに危険度を倍増しするようなものだ。


「なるほど、それはいい提案だ」

 さっきまで苦い顔してたくせに、信玄は二つ返事で賛成した。

「二手に分かれて、騒げるだけ騒ぐ。最も危険だが、劔をおびき出すのには逆に都合がいいだろう。何より捜す手間が省けるじゃないか」

「そうですね。…あたしもその方が都合がいいかな。お互いが囮になって攻撃を続けた方が、リスクは平等に分散するわけですし」

 真紗さんもドライに賛成した。

「決まりですね。…それでは闇に乗じてわたしたちは、先に動くとしますか」

 三島春水は淡々としている。

「もう潜入する気なんですか?」

 僕はさすがに目を丸くした。

「当然です」

 春水は言うと、さっさと自分だけ支度を始めた。

「天候、時刻、顔ぶれ、条件はほぼ揃っています。案ずるより、産むが安しと言うでしょう」

「…あたしの方はいつでも準備はいいから今でもいいわよ」

 真紗さんも、二の足を踏む気はないらしい。躊躇しているのは、霞麒麟だけだ。

「僕は…その前にトイレ…!」

「とろくしゃあこと言うたらかんでッ」

 信長がせっかちなのは、今に始まったことではない。

「人間五十年、ここで死んでも、忍び草にはちょうどええでや。派手に行こまいッ」

「そいつはいいな」

 ミケルも、すっかりエンジンをふかしている。

「大将、いよいよ大詰めなんだ。景気づけに何か派手なの頼むぜ」


(大詰めか)

 確かにその言葉が相応しい。吹雪の中におぼめく、荘厳な居館と地獄の底を思わせる掩体壕。戦国時代の言葉で言えばここが正しく十界奈落城の主郭、本丸曲輪なのだ。


 思えばついにここまで、僕たちは来ることが出来たのではないか。


「よし、分かったよ」

 これだけ皆に気合いを入れられて僕も、ようやく、気持ちが高まってきた。

「どうせなら派手に行くか」




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