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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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それぞれぶつかる壁、奥義への疑問…?

「真人っ…!」


 彼岸から虎千代の声が、響いてくる。僕も、待ち焦がれていた。何度も、思い浮かべてこの瞬間を待っていた。どんな手を使っても。必ずもう一度、虎千代に会うのを。


(…虎千代)


 想念の中で、僕は虎千代の名前を呼んでいる。その姿は、晴明と僕の力を使って徐々に鮮明になっていく。陰陽術を究めてよかったと切に想うのはこんなときだ。


「無事か?」


 ふいにくっきりと現れた虎千代が、こちらへ見慣れた顔を向ける。どこか薄暗い場所だ。洞窟にでも隠れているのかも知れない。


「…こっちは何とか無事だよ」


 僕は、なるべく明るい声音を作って言う。


 もちろん今、事態はそれどころじゃないのだが、虎千代を無駄に心配させたところで、何にもならない。


「そうか」

 と、虎千代は微笑んだ。

「…誰か、戦えなくなったものはいないな?」

「大丈夫だよ」

 僕は即座に答えた。


 虎千代は(さと)い。


 追い詰められている中、こちらが気遣わせまいとする、微妙な心の(ひだ)まで読み取ってしまうことがある。


「…こちらは二人、いなくなった。一人は死に、もう一人は久世兆聖の手の中だ」


 どことなく僕が浮かない顔をして口が重いのを察したのか、虎千代はすすんで自分たちの置かれている苦境を口に出す。


「黒姫から少し、聞いてるよ」

 この短い間に戦力の損耗(そんもう)は、(おお)うべくもない。


 確かに麟美の最期については、運命のもたらした、避け得ぬものだったと言う気がする。


 馬賊『白豹(バイバオ)』の汚名を漱ぎ、仇敵と共に果てたことで、彼女の旅は終わったと言うことだ。


 ただラウラが拉致され、玲が激戦の果てにいまだに意識が戻らない、と言うのには、言葉にしがたい衝撃があった。


「ラウラは無事なはずだ。黒姫に内情を探らせようとしているが、あの久世兆聖と言う男、しないと言ったことはしない男だ」

「今のところは…だろうけどね」


 と、言ってから、僕は続く言葉をあわてて飲み込む。


 なるほど、久世兆聖は、しないと言ったことは、決してしない男だろう。が、すると言ったことは、何を犠牲にしても、必ずやり遂げる男だと言うことだ。


 もちろん、こんなことを口にしても、意味がない。いたずらに虎千代たちの苦境を煽るだけだ。


「言いたいことは分かる」

 が、虎千代は苦笑した。


 無論、僕が続いて何を言おうとしてやめたのかまで、察している。


 どんなときも不安をおくびにも出さないのが、彼女が生まれてから与えられてきた役目なのだ。


「だが、悪い材料ばかりではない。…すんでのところで、本当に良い助っ人が来てくれた。その一人のお陰で、大分助かっている」


 江戸川凛が現れたことは、確かにこの苦境の中で、唯一の光明ではあったろう。僕もそのことは事前には知らされていなかったから驚いた。


「…これは、やはり春水殿に感謝すべきなのだろうな」

「礼は要らないって言ってたけどね」


 三島春水が言うには、江戸川凛は、何か目的があって虎千代たちと合流したわけであり、内実は自分と同じなので、礼を言われる筋合いがないと言うことなのだろう。


「春水殿は求める相手がいるから、そちらへ行ったのだろう。…だから本人は、そうでない方へ来た、とは言っていたが」


 とにかく、強い奴がいそうだから行くとか。相変わらず格闘ゲームのキャラみたいな奴だ。


「…ま、でもたぶん何だかんだ言って玲が心配なんだと思うよ」


 と僕が言うと、虎千代の横から江戸川凛の声が無理矢理割り込んできた。


「成瀬真人ォォォッ!てめえェェェ知った風な口きいてんじゃねーぞ!その何でもお見通し!みたいな言い方!そーれがムカつくんだよ!」


 わっ、びっくりした。

 僕と晴明で保っている術に割り込んでくるなんて、無茶苦茶するものだ。


「アタシがこっちへ来てやったのは、強い奴と戦うためだッ!玲の奴はついでだ!それ以上でも以下でもねえ分かったかッ!?」


 はいはい。ったく、いちいち面倒くさい奴だ。この術を使うにも、時間が限られていると言うのに、無駄な会話をしてしまったじゃないか。


「それより成瀬真人、お春さんは大丈夫なんだろうな!?」

「ああ、怪我は大したことない」


 とりあえず三島百震に蹴り込まれた負傷だが、それは大したことはなかった。肋骨は折れていなかったし、運動機能に問題はない。むしろ、問題は精神面だろう。


「だがあの春水どのがあしらわれるとは、三島百震、よほど凄まじいな」

 と虎千代が戻ってくる。

「うん、想像以上すぎた」


 あれは、今、思い出しても身震いしそうだ。あの千載一遇のチャンスを潰されたものあるが、次からはあの男と遭遇することを考慮に入れて作戦を練らなければいけないと思うと、とかく気が重いと信玄も言っていた。


「いや、次は問題ないぜ。おれも腕を上げているからな」


 今度は、ミケルが口を挟んできた。確かにここへ来て、ミケルの進境著(しんきょういちじる)しいことは認めるが、素直には喜べない。まず、欲しいのはこの追い詰められている状況で起死回生の一手だ。


「だが、追っ手を返り討ったのだろう?…しかも、ミケル一人でとは。わたしもうかうかしていられぬ」

「そうだぜ、虎姫。あんたはさすが分かってるな。大将はのべつ言うことが暗すぎてたまに困る」

「悪かったな」

 僕は口を尖らせる。 


 さすがに虎千代はフォローが上手い。僕の口ぶりが鈍いので、ミケルはやきもきしているのだ。虎千代との違いはここだろうが、そうは言われても、中々真似できることじゃない。


「…僕だって、それどころじゃないんだよ」

「久遠のことか」


 僕はうなずいた。うなずくのも癪だが、そう、久遠のことである。


 当然だが、あの男の消息はいぜん知れない。劔奪還を手土産に、元の鞘に収まったと言うところだろうが、どれほどこちらの手のうちを把握されて戻られたかと思うと、次の手だてにも、中々、踏み出しにくいのだ。


「信玄公も苦労されていることだろうな…」


 信玄はあれから何日も、沈思黙考である。真紗さんが外に出ているが、新たに作戦を建て直すのは、容易なことではない。まだ、次の動きが見えないと言うのが、正直なところだろう。


「真人くん、少し良いですか」

 すると、背後で意外な声が立った。三島春水である。この人も深く考えに沈んでいたが、虎千代たちの声を聞きつけたのだろう。


「おお、春水殿。大事はないか」

「不覚をとりました。しかし、問題はありません。…そちらは凛ちゃんが上手くやってくれているようですね」

「ああ、お春さん。こっちのことは任せておきな」

「心配はしていませんよ。…それより一つ、虎千代さんに直接話しておかなくてはならないことがあったのです」

「どんな話でござるか」

「無拍子のことです」

 三島春水は言った。


 無拍子。それは、二人がそれぞれ到達した剣の一致した極致であったはずであった。


 しかし三島春水は言うのだ。


「無拍子とは、本当の極意でしょうか?」

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