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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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ついに決着!?凄絶試し合いの意外な幕切れは…

 それからラウラは、無言で支度を始めた。再開しようと言う兆聖の求めに応じてである。もちろん、二度目の今度こそは、誰に止められようと、兆聖を仕留めるつもりでいる。


(危険です…この人は…)


 久世兆聖と言う男の異常さを、理屈でなく、肌に触れるような実感として、ラウラは思い知った気がした。この男は『学ぶ』と称して『奪う』のだ。一つの技を孤高の境地にまで高めた人間の努力と誇りを。


 ラウラは闘争は好まないが、武術の気高さには敬意を払っている。達人たりえる人は、誰もが敬虔である。己を鍛えることで、自己と他人の分を弁え、時に厳しく律している。


 そうした人々の領分を踏み荒らし、あまつさえ、侵し奪う行為は、殊更に度しがたく罪深い行為なのではないかと、ラウラは思い始めていた。


(誰かがこの男を止めないと…)


 兆聖本人が言うように、その運命が択んでいるのは、やはり虎千代なのかも知れない。だが、それが問題ではないほどの切迫感を、ラウラは肌で感じ始めていた。誰でもいい。この久世兆聖と言う存在の持ち放つ『邪悪』は、一刻も早く、能うる限りすみやかに、息の根を止めねばならぬものなのだ。


 再び武器を手に取ったラウラの背後に、何者かが陣取る。何かをしようと言う気配はないが、そこに居座る気だ。見ると、朱い布で顔を覆った少女のようだ。


「彼女のことは気にしなくていい」

 と、言ったのは久世兆聖だ。

「何もしない、と言う条件でそこに居座ることを許可している。…彼女は、朱錠。君たちに身内を殺されている。兄の白影と言う男だ」


 それを聞き、ラウラは小さく息を呑んでその少女を見返した。覆面の上で殺気を放つ朱錠の瞳は、限りなく鋭さを増して細められていた。


「もちろん君たちに、非難されるいわれはない。僕たちは、殺しあいをしているんだ、不慮の死は敗れた者に与えられる当然の結果だ」


 久世兆聖は言うと、新しい木刀を取った。その木刀は、濃い緑色の手貫緒がつけられている以外は、全く同じものである。


 兆聖は小さく伸びをして食後の身体をほぐしたあと、片手で軽く素振りをくれた。


「もちろん僕もこれから、彼女の無念を君で晴らそう…なんて考えじゃあない。さっきも言ったように、君は大切な客人だ。こちらの意思に従ってくれている以上、僕の扱いは変わらない」


 口ではそう言いつつも、兆聖のたたずまいが変化したことを、ラウラは、過敏に感じていた。


「だが、次はちょっと趣向を変えていこうか」


 案の定、兆聖は構えを変えた。どうやら、日本の剣術の構えである。確か正眼(セイガン)と言う、最も基本的な構えだと、ラウラは認識していた。虎千代もたまに使う。攻守いずれも転じやすい、均衡のとれた構えなのだ。


 先ほどの無形に対して、攻防の切り替えの自由は損なわれたものの、守りは堅い。喉元に剣を突きつけられただけで容易には、踏み込みにくい懐の深さが垣間見(かいまみ)える。


 と、兆聖は、真っ直ぐ間合いを詰めてきた。木刀の切っ先は、ラウラの喉元を狙っている。


 間合いを測る気だろう。


 瞬時にラウラは、その意図を察した。そう言えば虎千代も、ラウラと相対するときに似たようなことをする。


 予想外の伸びと変幻自在の動きを見せるレイピアの技を捉えきるには、精確に間合いを測ってそれを基準にして惑わされぬようにするのことが、攻略の早道なのだ。


 しかしオーソドックスな攻略法ゆえに、それを迎え撃つ側にも間合いを測らせぬ対策は、十分な蓄積がある。


(恐らく突いてくる)


 次の手が見えてきた。 

 兆聖はこのまま、刺突を使ってくるはずだ。


 だがそれは、さっきのように手数で撹乱(かくらん)してくる弾幕でも、一撃必中を狙う殺し技でもない。間合いを測るための『見せ』の技のはずだ。


 片足で地を踏みしめて、兆聖が刺突を放ってくる。諸手(もろて)で一直線に。全く変則を噛ませない、教科書通りと言っていい日本剣術の刺突だ。


 さっきとは打って変わった言わば試し撃ちをラウラは、動体視力だけを使ってかわす。剣は極力交えない。とっさの場合のこちらの最大射程と反応速度を、読み取られないようにするには、これに限る。


(視るだけにしよう)


 胸元に突き入る攻撃を、ラウラは半身を開いてかわしただけだが、反撃はしない。懐に入ることは出来るが、こちらからは仕掛けない。もちろんここは、(けん)にまわる気だ。


 もし虎千代なら、牽制の刺突で適度に距離をとり、守りを固めつつ、斬撃で制圧してくる。いざ組打ちとなれば、身幅が広い日本刀の方がレイピアを強引な攻めで圧倒しきれることを、知っているのだ。ラウラの武器は攻撃にのみ特化しており、守勢に回ると途端に窮地に陥る。


 言うまでもなく、ラウラのレイピアでは攻撃を『受ける』ことが出来ないのだ。


 日本刀に限らず他のすべての剣と違い、乱闘の中では攻撃をかわしつつ、なるべく速く相手の急所を射止めるしか、攻撃を切り抜ける手段はない。


 ここまででほぼ予想はついた。この兆聖もそろそろ、強引に間合いを詰めてくる頃だろう。


 いくつかの刺突を外され、兆聖は、選択を迫られた。後ろへ退いて立て直すか、強引に前へ出てレイピアの防壁を押し潰すか、二つに一つだ。


(…来る)


 と、ラウラは読んでいる。


 足音の変化で、ラウラは攻撃の転機を悟った。普通は足さばきを見るものだが、こちらの方が速い。ほんの僅かな足音の変化で攻めかたの変化を察するのは、鋭敏な感覚を持つラウラならではだ。


 そして一呼吸早く、相手の手筋が読めたとなれば、ここは裏をかいて迎え撃つに限る。


 二手だ。


 刺突を変化させ兆聖は、二手で来る。さっきと同じように、胸元から喉を狙うように切っ先を見せて、次の動作に転じる気だ。


 胴を払うか、真っ直ぐ頭上を狙うかだが、速さでいけばこれは、後者が有力だ。


 加えて兆聖の腰が心なしか、浮きかけている。恐らく真っ直ぐ、飛び込んでくる。ラウラの回避行動を予測し、多少間合いを外されても、そのまま、強引に押しきれると判断したのだろう。


 案の定、誘いの刺突が繰り出された。こちらも日本刀ならこれは弾くのだが、レイピアでは(さば)けない、ここから回避するだろうと、兆聖は読んだに違いない。


 しかし、ラウラは凡手を踏まない。


(今だ)


 そのとき取った行動は、ラウラならではのものだった。


 回避行動のために腰を浮かせるだろうと思われたラウラだが、動かない。真っ向、兆聖の木刀を受ける気だ。


(どうする)


 これにはさしもの兆聖も面食らったはずだ。木刀とは言え、レイピアの刀身では受けきれない。真剣であったなら、レイピアごと押し切られて斬り伏せられる展開だ。


 ラウラの剣は、攻撃するしかない。


 だが。


 攻撃は最大の防御。


 ラウラの剣は、その言を次の刹那に、体現した。迫り来る木刀の刺突の一点を、突いたのだ。ラウラのサヴァンの異能がここでも本領を発揮する。まともに当たればへし折られるはずのレイピアが一点、木刀を支えた。


 物体には、すべて絶妙な均衡(バランス)がある。それを逸すれば、どんな丈夫なものにもヒビが入るし、心得ているならば、針の一点で遥かに質量の違うものも、支えることが出来るのだ。


 しかし、それはほんの一瞬、ひとつまみの刹那である。逃せば亡霊のように消えてしまう、微妙な一点を、ラウラは逃さなかった。


 ぴたりとレイピアの切っ先が、木刀の尖端に吸い付く。


 そして、そっとそれが離れた瞬間、木刀の勢いは止まっている。兆聖が次の行動をとろうとする前に、ラウラは腰を落として呼吸を溜めた。


(今度こそ)


 突き貫く。


 容赦なく、がら空きになった兆聖の心臓に致死の楔を打ち込む気であった。


 嵐震脚は間に合わぬはずだ。

 すでに防御も、回避も間に合わない。兆聖の命そのものへ一直線、ラウラが身体ごと飛び込もうとしたそのときだ。


「ううッッ!!」


 爆発物に似た衝撃の壁がラウラを弾き返したのだった。何が起こったのかまったく理解できない。ただ突如現れた凄まじいエネルギーの反発が、恐ろしく頑丈な障壁のようにラウラの攻撃をその身体ごと弾き返したのだった。


(これは…!?)


 受け身もとれず倒れたラウラの頬を掠めて、何かが降ってきた。それはラウラの頬の肉を薄く切り、火傷のような感覚と生々しい血潮のほとばしる痛みを味わあせた。


 今、降ってきたのは、木刀ではない。


 今度は木刀は壊れなかった。ラウラは、混乱から立ち直れぬ目で、そこに刺さっているものを見た。それは紛れもなく、鍛え上げられたラウラのレイピアである。


 兆聖の仕業だ。


 ラウラは、寒気を覚えた。


 間違いない。

 この男は。

 なんとその木刀で、レイピアを斬ったのだ。






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