銃声が導くのは…?忍び寄る新たな危機!
あれは、確かに銃声だった。
(しまった)
決断が遅かったのだ。僕は、寸でで這いあがってきた嗚咽を呑み込んだ。
撃ったのは、誰か。撃たれたのは。状況はどうなっている。
本来なら僕が、それを真っ先に確認できたのに。気がつくと、僕は部屋を飛び出していた。そのまま室内の様子を確認すれば済むものの、すっかり動転していて、止観を使うどころじゃなかったのだ。
外にはミケルと信玄が、立ち尽くしていた。
「大将、中の二人は無事か?」
ミケルに尋ねられて、僕は初めてそれと気づいた。
「あっ」
急いで止観で気を探る。集中力を練れなかったので、室内の様子は見れなかったが、二人の無事は確認出来ている。劔も久遠も無事だ。撃たれた様子はない。だったら、今の銃声はなんだったんだ。
「今の銃声は外からしたんだ」
信玄が、最も意外な答えを口にする。さすがにこの策士は冷静で、すぐに状況を掴んでいた。つまり、劔も久遠も撃っていないのである。なるほどこれで腑に落ちはしたが、それならばいったい、誰が発砲したと言うのか。
「うつけか真人。…敵に決まっておるでや」
と言ったのは信長だが、歩兵銃を構えていても、敵を見つけた、と言うわけではなさそうだ。
「追跡は完全に振り切っている。…ここまで突き止めてくるものがいるとは、思えないのだが…」
信玄も不審そうに首をひねる。しかし、銃声は銃声である。たった一発でも、誰かが撃ったのなら、それは、僕たちの図らざる何かが起きていると言う証拠だ。原因を究明するまで、安心することは出来ない。
「…それより二人の様子は今、どうなっているんだい?まさか劔は、銃をとってはいまいね?」
「どうやら、大丈夫みたいです…」
僕は即座に応えた。
こうしているうちにようやく、止観の術が再開できたのだ。まず室内だが、二人が争っている感じではない。やはりさっきの銃声に驚いたものらしい。今は二人、息を潜めて、外の様子をうかがっている、と言ったところだろう。
「敵じゃなかったらなんなんだ?…おれたち揃って聞き違いでもしたってわけじゃないだろ?」
ミケルが怪訝そうに、肩をすくめる。考えても答えは出そうにない。いったい、誰が何のためにそれをした、と言うのだ。
「貴様らッ!そこまでだッ動くなッ!」
そのとき、出し抜けに叱咤の声が降った。聞き覚えがある声だ。僕は思わず、自分の記憶を探った。だが木の陰からそれが出てくるまでは、誰だか気づきもしなかった。
「誰もこっちへ来るな!」
そいつは僕たちに拳銃を向けてきている。久遠が持っていたのと同じ、輪胴式だ。黒髪を振り乱した、軍装の…たぶん、女の子だ。
「いいかッ黙って、僕の言うことを聞くんだ!死にたくなかったらなッ!」
「あれは確か…」
僕はミケルに振ったが、こいつは覚えていないようだった。
「誰だ。名前が出てこないな」
「久世兆聖の側近だよ。…名前は霞麒麟、と言ったのではなかったかな」
記憶のいい信玄が、すらっと答えた。
「そうだった」
「だよな。顔は何となく覚えてたんだ」
「ふざけるなッ貴様らッ!」
別にふざけてはいない。まさかここまで追ってくるとは思わなかったから、すっかり忘れていただけだ。
「僕から逃げられると思うなよ」
「なんだ、僕って。…もしかして、お前一人か?」
ミケルがわざとらしく、辺りを見回す。僕も気づいていた。霞麒麟はたった一人でここまで来たのだ。周囲を包囲されているような気配は、見当たらない。
「他の連中は、ホウ雪崩に巻き込まれたんだな?」
「なんだそれはッ!?…違うッ!僕たちはお前たちを逃がすつもりなどない!」
「だから今、一人なんだろ?」
僕たちは次々に、緊張感なく話しかけた。
「さっき撃ったのは、お前か」
「どうしてそんな無駄な真似をしたんだい?」
「黙れッ!黙れ黙れ貴様らッ!口々にしゃべるなッ!三人いっぺんに!貴様らにはこの銃口が見えんのか!?三人全員撃つくらいの弾丸はあるんだぞ!?」
僕たちは顔を見合わせた。
「そんなこと言われてもな」
「僕を愚弄する気か!?」
「別に、愚弄するつもりはないよ。だがねえ、麒麟くん」
信玄は、呆れた様子でため息をついてみせた。
「私たちが三人だといつ言ったんだい?…それは追っ手の君がよく知ってるんじゃなかったのかな?」
「ご明察」
霞麒麟のすぐ耳元で、声がしたのはそのときだった。同じ木の陰から、姿を現したのは三島春水である。
「きっ、貴様ッ!」
歯噛みをした霞麒麟は、即刻、仇を射殺するつもりで銃口を向けたのだろうが、相手が悪すぎた。
三島春水は腕を伸ばすと、霞麒麟が向けた銃を無造作に掴んだのだ。至近距離で危険極まりないと僕は息を呑んだが、なんと弾丸は発射されない。それは三島春水が、弾倉を掴んでいるからなのだった。
「リボルバーの弱点は、弾倉です。弾倉が回らなければ、撃鉄が落ちない。つまり、こうして抑えてしまえば、弾丸は発射されないんです」
三島春水は言うと、弾倉を掴んだまま銃身を強くねじった。これは痛い。硬く引き金を握っていた麒麟はうめき声を上げた。なんと銃そのものを使った逆技(関節技)である。痛みにうめきながら、霞麒麟は銃を手放してしまった。
「剣士の癖に、こんなもので駆け引きをするからですよ」
と言いつつ、三島春水は奪った銃を、雪の上に倒れた霞麒麟に向けた。
「くッ!卑怯だぞ貴様ッ」
自分だって、こそこそ忍び寄って銃を突きつけてきた癖に。どの口が言うんだと思ったが、霞麒麟にそんな理屈は通じないのだろう。この場合は、問答無用の実力行使が正しい。まあ、三島春水に任せておけばいい。
「どうしてこんなところに、一人でやってきたのですか?…こうなることは、予想が出来たでしょう?」
「見くびるなッ!僕はッ、一人じゃない!」
また、この期に及んで強がりを言う。いちいち否定するのも面倒だが、仕方がない。
「一人だろ。…お前が一人だってことぐらいは、僕の察気術を使えば、すぐに分かるんだ。つまらない虚勢を張るのは、よすんだな」
(待てよ)
言ってから、僕はふと気づいた。遭難してここまでたどり着いてきたこと自体、奇跡だが、それにしても、いったいどう言う考えで僕たちに近づいてきたのだろう。
たった一人なのは、分かりきったことだ。それが一丁の拳銃でそもそも、僕たち全員を御せるはずがない。その程度の判断がつかないわけではないとは思うのだが。
「何か、隠していますね?」
考えあぐねていると三島春水がずばり、僕の聞きたいことを尋ねた。
「ふざけるなッ、隠してなんかいるものかッ!」
霞麒麟は目を剥いて口答えした。その頬を掠めて、三島春水は容赦なく銃弾を撃ち込んだ。
「わっ、わ!音が…!」
「これくらい、大したことはないですよ」
剣士の癖に、と相手をたしなめた癖に、三島春水の拳銃扱いは手慣れ過ぎている。
「わたしの記憶が確かなら、あなたはさっきこう言いましたね。黙って、自分の言う通りにしろ、と。何をさせようとしたのですか?…あなたがたった一人生き残ったことと、何か関係があるのですか?」
三島春水の洞察の鋭さに、霞麒麟は息詰ったような顔になった。そうだ、確かに、こいつは僕たちに何かをやらせようとしていた。もしかしたら、協力を求めようとでも思ったのか。
「ふん、死にたければ勝手に死んだらいいじゃないか!」
精いっぱい強がった様子で、霞麒麟が吠えたのはそのときだった。
「どうせ、お前たちも殺されるんだ」




