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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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さらなる修羅へ!引き続く死線、勝算は…?

 いくら虎千代とて、弾丸は視えない。

 だが発砲音から着弾までの瞬間をすでに体感で覚えているのか、このときとった行動は信じがたいものだった。

 虎千代は一足飛びに跳躍すると、まだ反応すら出来ていない玲の身体を肩から前に蹴り飛ばし、自分はそのまま仰向けに横たわった。その顔先をまさに、狙撃弾が駆け抜けていっている。


 驚いて背後を見返ったときには、玲は虎千代が真後ろに(たお)れた風景しか確認できなかった。それと肩越しに聞いたふいの銃声の記憶と照らし合わせて、虎千代が撃ち(たお)されたと思ったのだ。しかし、事実は危ういところで違っていた。


「玲、無事か」


 心配して這い寄ったはずの虎千代から先に声を上げたので、玲は身体を強張らせて、悲鳴を漏らした。


「虎千代さんっ!?」

「今、狙われていたぞ。うかつに飛び出すな」


 二人は寸でで藪の中へ駆け戻った。危うかった。潜伏行動を続ける虎千代たちを、見える場所に誘い出して撃ち殺す。今のがまさに、白豹が仕組んだ罠だったのだ。


「ごめん、虎千代さん…」

 九死に一生を得てから玲は虎千代の行動のすべてを察し、恥じ入るように言った。

「謝る必要はない。あの場では誰もが納得する状況判断だったぞ。狐狩の連中は凌駕していた。されど白豹が、その上をいったまでのことよ」

 虎千代はすかさず、玲を慰めると、

「それより厄介なことになったな」

 と、藪の外をうかがった。


 今、どうにか二人は敵に発見されずに済んだが、肝心の銃声は聴かれてしまっている。擲弾筒を撃っていた兵士たちは一瞬で動きを停めたし、背後からはやがて武器を持った迫撃兵たちが駆けつけてくるはずだ。これでは袋のネズミである。敵情分析は正しかったものの、玲の作戦は、完全に裏目に出たと言っていい。


「こんなことになって、ごめん。真人くんに顔向け出来ないよ。…全部僕の分析が甘かったせいだ」

 顔色を喪った玲を責める様子もなく、虎千代は大将らしく微笑する。

「そう、悲観的になるな。今ので仕留められるところ、この場に幸い、二人は生き残ったのだ。まだ、天の加護はわたしたちにある」


 とは言ったものの、二人がどうにか隠れ込んだ樫の大木の背後で、擲弾筒を発射していた兵士たちは一斉に銃剣を着剣し、三八式歩兵銃の銃口を向けている。


 兵数は決して多くないものの、これに一か八か斬攪(ざんかく)を仕掛けようにも、どこかで狙撃の目が光っている以上、うかつに撃って出るわけにもいかない。とっさに玲を励ましたものの、虎千代の脳裏に勝算はまだついていない。さすが歴戦のいくさ女神でも、お手上げである。


 敵地で絶体絶命に陥ったら、どうするか。

 すぐに方策が見つからなくても、することはある。決して勝負を投げず、どれだけ時間を稼げそうかを、なるべく冷酷に算定することである。


「まず手持ちの武器をお互いすべて出そう」

 さらに後退した虎千代は、玲をあわてさせぬよう声音を抑えて言った。

「稼いだ時間だけ、勝機は見出しやすくなる。…弾薬を持った麟美殿が救出に来てくれる」

 そう言う虎千代は内心は、それは気休めに近い見通しだと言うことは分かっている。だがここで諦めれば、終わってしまう。今は少しでも希望をつなぐことに目を向けるべきだ。

「まだ、手製爆弾の材料は余ってる。それと銃も」

 と、玲は拳銃を取り出した。

「そんなものどこで?」

「いざと言うときのために持ってろ、ってあの関東軍の廣杉さんが言ってくれたから」

 玲は、小銃火器を好まない戦国時代人の虎千代をはばかって黙っていたらしい。

「ちなみに使えるのだよな?」

 虎千代が尋ねると、玲は苦笑した。

「使い方は、ひと通り教わってる。でも僕以外に銃を使う人はいるし、実戦で使うのはこれが初めてだよ」

「やむを得まい。…そう言うことなら、わたしも、食わず嫌いは正さねばな」

 と、そこで何か思いついたのか、虎千代は玲が取り出した肥料爆弾の材料の残りを取り上げた。

「これの使い方を、わたしにも教えてくれるか」


 往くは前か、後ろか。

 必ずどちらかには飛び出さねば、活路は見いだせない。それならば一体、どちらが正解か。


 それは、擲弾筒手の分隊が待ち構える前方である。

 確かに森に隠れて戦えば、狙撃手の目にはさらされずに済むかもしれない。しかし、火に巻かれ、煙にいぶされれば遠からず、進退に窮するだろう。ここは狙撃の危険を冒しても、手薄な前へ出るのが得策なのである。


 八九式擲弾筒の攻撃班は、通常三人一組になるのが旧日本陸軍の一般的な軍団編成だった。これを三班作り、その上に分隊長を置く、すなわち十人が一分隊の構成なのである。天辺の平野に潜む狐狩たちも、おおよそそれくらいの人数と思われた。


 攻撃は擲弾筒を直接扱う砲撃手が一名、残りは補助兵に回る。さっきの狙撃で、班員は砲撃を止めた。分隊長の指示で、班から砲撃手ではない残り二名ずつが武器を持って、こちらに偵察にやってきているさなかだ。


「玲、銃以外にあの武器は使えるか?」

 と、虎千代に聞かれて、玲はこれから彼女が何をしたいのか、おぼろげながら悟った。

「初めてだけど出来なくはないと思う。…さっき、使い方を見ていたから」

 言いつつ、玲は思わず息を呑んだ。


 虎千代は奇襲で十人を手玉にとり、あの威力の大きい破壊兵器を乗っ取ろうとしているのだ。確かに後退して、白兵戦闘専門の狐狩たちを相手にするよりは、はるかに分のある賭けではある。しかしそれはもちろん、どこかで様子をうかがっている白豹の狙撃の銃口がなければ、の話である。


「ここに留まれば、無駄に死ぬだけだ」


 虎千代は、さっさと自分で決死を覚悟してしまう。


 奇襲は玲の狙撃の銃声から始まった。弾丸は無論、挑発である。当てる必要はない。警戒して藪に入ってこない狐狩たちに、戦闘をさせる気にさせればそれでいい。


 すると分隊長の合図で班員は、手持ちのライフルや拳銃で応射し、こちらの反応を確かめようとする。撃ちながら玲は後退し、森の中に人数を引き込むとあとを虎千代に任せた。


 いざ狭い藪の中に入ってしまえば、銃の利点はかなり殺がれる。

 足場の悪い篠藪に入り込んだとき、虎千代は短刀を持って出た。背後から頸筋や手首を斬り裂き、一気に二人を行動不能にして引き上げる。


「いたぞッ!」


 この人数ならば、虎千代の独壇場だ。問題は、背後から迫る遊撃部隊が到着する前に、彼らをどれだけ減らせるかである。湿った藪の中を虎千代は、豹のように音もなく移動した。次は小銃を構える敵を狙う。篠竹が邪魔になるこの場所では、柄の長いライフルは銃剣としても、射撃用としても扱いが難しくなる。


 さらに三人をあっと言う間に斬り捨てて、行動不能にする。

 そのときには残る分隊長と、もう一人になっている。分隊長は拳銃を構え、さらにもう一人は小銃を棄て、銃剣を取った。密林の猛獣のような虎千代と相対するには、これしかないと、今さら気づいたのである。


「いよいよ袋のネズミか」


 残った二人に囲まれ、虎千代は苦笑した。拳銃で狙われ、同時に銃剣で迫られても、その面差しは勝負は投げていない。


「地獄まで供するがいい」


 虎千代が言った瞬間だ。強烈な炸裂音とともに藪のそこここから、炎と煙が巻いた。虎千代が斬撃を続けながら辺りにまいた爆弾肥料が、そこで一気に火を噴いたのだ。


「おのれッ」


 顔を炎に舐められて怯んだ分隊長を、虎千代は一刀で斬り捨てた。動揺して引き金を絞る間もない。残る銃剣の男は、その場を動けもしない。


「先に逝け。あとで追うものも無数に出よう」

「うあああっ」


 恐怖で取り乱した男の頸を、すれ違いざま虎千代は横薙ぎに斬り払った。

 紅い血の珠とともに、斬り飛ばされた肉片が舞う。

 そこに二体目の、赤く濡れそぼった遺体が投げだされた。しかしそれもやがて、森を覆う業火に呑まれるだろう。


(このまま、死なずにいられるものか)


 (ねぶ)るような炎に照らされ、虎千代がなびかせた黒髪が潤いきらめく。火の粉をまといながらいくさ女神はすぐ間近に迫る死に、真雪に似た無垢な(おもて)を引きつらせた。






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