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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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迫る朱錠の奇術!虎千代の思惑は…

(これは、見たことがある)


 虎千代は、識っている。朱錠が使うのは、忍びが得意とする綱術である。(さき)に重りをつけた、丈夫な綱を蛇のごとく使う。射程距離がある割に、持ち運びが易く、黒姫などもよく、袖に仕込んでいる暗器だ。


 だがその綱の先端に仕込んでいるのは、ほとんどの場合、分銅である。それが鍵などとは聞いたことがない。虎千代はただならぬものを察した。


 この一合を見ても、朱錠の技量が尋常のものではないことは明白だ。

 鍵があたかも生き物であるかのように、備前刀の杢目肌(もくめはだ)に食い込んで絡めとっている。


「眼福じゃ。瓜生の家伝か」

 と、虎千代は素直に目を見張ってみせた。

「言うまでもなく」

 朱錠はそれに応える。そっけなかったが、別に屈託はない。

「待ち伏せはお前だけか?」

「お答えする(ゆえ)はありません」

「で、あろうな」

 虎千代は苦笑した。それでもいちいち答える、敵の律義さにである。

「それではお主を倒してから、聞くとしよう」

 虎千代は佩刀(はかせ)から、手を離した。同時に腰に挿した鞘を抜き放っている。次の刹那、朱錠は、はっ、と息を呑んだ。鞘を手にした虎千代が、一足飛びに間合いを詰めてきたからである。


「くっ」


 頭上を襲った一撃を、朱錠は左手(ゆんで)で受けた。虎千代が自分の剣を投げ放ったため、利き腕の自由が取れなかったからである。虎千代の撃ち込みは、鋭い。斬人剣の衝撃は、小手で受け止めきれるものではない。だが、綱を仕込む手甲がそれを軽減したようだ。割れた金属音とともに、煙が立った。朱錠は小さくうめくと、軽く唇を噛んだ。それほどの衝撃ではある。


「ほう、それでも得物を離さぬか」


 虎千代は感嘆の声を漏らしたが、敵に容赦する気はない。急襲の打ち下ろしを防がれたからと言って、手数が尽きるわけではないのだ。さらに間合いを返すと、手首を返して鞘を突き込んだ。片手一本での、乱れ刺突(づき)である。


 懐に入り続けての攻撃こそが、綱術使いにとっては、もっとも対応しにくいことをすでに読んでいる。虎千代の択んだ技は、まさに最適解と言えた。


 虎千代の刺突ならそれは、めくるめく(はや)さだ。手首のひねりを使って狙いを変える突きは、相手の動きに合わせて千変万化、目のついた生き物のように追尾して離れない。中途半端にかわせば、完膚なきまでに叩きのめされる。


 しかし朱錠も、尋常の使い手ではない。

 この場合、最もダメージが少ないのは、あえて腰を据えてじっとしのぐことだと言うことを瞬時に見切っていた。夏の盛りの蝮のように食らいついてくる切っ先を避けようと惑わされれば、翻弄されるだけなのだ。この場合必要なのは、多少この身に喰らっても、急所さえ外せば無事でいられる、と言う捨て身の見切りである。


 口で言うのは容易いが、実際にしてのけるのは至難の苦痛だ。

 顔を庇って朱錠は、両手を交差させた。刹那、無数の刺突が叩きつけたが、一撃も急所にはもらっていない。


「やるな」

 これには、さすがの虎千代も舌を巻いた。

 今の一瞬、朱錠は綱を棄てたのではなく、防御する両手に厚く巻き付けていたのだ。この即席の籠手が、打突をほぼ完全に防ぎ切り、間合いを突き放そうとする虎千代に対し、前へ出る余裕を生ませた。

 朱錠は拳の先端にさらに(ふた)つ、あの大きな鍵を結び付けている。

「一本、頂戴します」

 虎千代が予想しなかった、まさかの反撃である。

「むっ」

 一瞬、身を退いた虎千代は、左切り上げで迎え撃った。


「うッ」

 声は朱錠のものだ。


 かすり傷一つなく虎千代は悠然と振り向いたが、朱錠はそのまま前にのめるように突っ伏していた。

「惜しい。…だが、良い反応だった」

 朱錠は今の一撃を完全に回避していたかに見えたが、切っ先は虎千代の狙い通り、こめかみを掠めている。さすがの忍びでも、これでは足が笑って立てない。相手の行動力を奪うのには、申し分ない。


「足が停まったところで、そろそろ口を開いてもらおう。…残りの待ち伏せは、どこだ。お前たちの目的は?」

 朱錠はゆっくりと振り向いて、顔を上げる。その面からは、表情は消えている。忍びのもの特有の、そこからあらゆる色を消した顔である。無論答えるつもりはないようだ。


 だが、答えない、と言うこともまた、手がかりではある。もちろん伏勢は、この朱錠ばかりではないだろう。そして朱錠がここへ現れて、わざわざ虎千代を襲ったことにも、何かの意味があるはずだ。


「なるほどな」

 と、虎千代は言った。これだけの情報でも突き止められることはある。それからゆっくりと、放り出された自分の刀の方へ歩み出した。

「お前は、わたしを狙って襲ってきた。…だがはじめに命をもらうと言った割に、技を仕掛けてきたときからわたしを仕留める気も、かと言ってこれ以上、命をかけてわたしに抗う気もないようだ。その錠を使った綱術の戦いざまといい…目的は足止めか?」


 はっ、と息を呑んだ朱錠が垂直に飛躍したのと、虎千代が錠の絡まった備前刀を拾い上げたのは、ほぼ同時だった。


「勝負はお預けする」

 ひと息で、朱錠は屋根の上に戻っている。もちろん、虎千代の間合いの外だ。

「遊びはもう、終わりか」

 虎千代は苦笑した。

「また、お目にかかりまする」

「それは許さぬ」

 朱錠が身を退こうとしたそのときだ。

「逃すな、黒姫ッ!」

 虎千代は、中空に叫んだ。と、逃げようと屋根から飛んだ朱錠を、黒い網が襲った。いくら素早くとも、これで逃れられるものはない。朱錠は足がらみになった網ごと、屋根の上から落ちてきた。

「よくやったぞ黒姫っ、上出来じゃ」

 その喉元に、虎千代はすかさず刀を突きつけて身動きを封じる。

「そうそう、いつも体よく逃げられてなるものか」


「ふふふふふう!これは、やりましたですねえ!さすがは虎さま!そして本日も絶好調わたくし!息ぴったりですよう!」


 黒姫が屋根から降りてきた。そこに捕らえられた朱錠を見つけて、絶好調だ。黒姫が虎千代たちを影働きで追跡していたことは、ラウラたちもあずかり知らぬことだった。虎千代はここへ入る前に、こっそり黒姫に因果を含め、自分は敵が出現するまで知らん顔していたのだ。


「さーてこいつ!どうお料理してあげましょうですかねえ」

「そうだな。まずは、逃げられぬよう縛れ」

「ははーっ、仰せの通りに!」

 黒姫はてきぱきと、朱錠を縛り上げる。両手を裏返しに、足の裏と結び付けて縛って、歩くことすら出来ないほどにぎっちぎちだ。

「さてどうしますか、黒姫が責めますか!?」

「いや、良い。このまま、運ぶ。ようやく捕らえた獲物じゃ。こうなれば、とことん、役に立ってもらうぞ」

「無駄なことを。わたしごとき下働きの忍、捕らえたところで何ほどの足しにもなるはずがない」

 朱錠は吐き捨てたが、唇を噛むその表情には、今度こそ隠し切れぬ悔恨の色がにじんでいた。

「心配するな。役立てようは、わたしと黒姫で決めることよ」

「そうですよお、あんたはもう、捨てるところがなくなるまで役に立ってもらいますですからねえ。観念しやがれですよ!」

「観念…ふふ、それは、こちらが言う台詞だ。わたしは、嘘は言わない。…景虎公、確かにお察しの通り、わたしは足止めに過ぎない。だが、だったらそんなに悠長にしていてよろしいのか?このわたしにかかずらっている間に、一味に何が起こっているのか、気にはなりませぬのか?」

 虎千代は、ぴくりと柳眉を動かした。

「どう言うことだ」

 朱錠はそこで初めて、唇を綻ばせた。忍びが笑うのは、演技以外は、(はかりごと)がすでになった場合だけだ。覚えず、虎千代は、唇を噛んでいた。





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