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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.17 ~新たなる鬼才、頂上血戦、生き残るのは…?
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斬人の犯人は?信玄あぶり出す剣鬼の陰…

「今から犯人を見つける…?」


 敵味方問わず、信玄以外の全員が首を傾げたであろう。この局面で、犯人探し。納得してない人間もいるだろうが、完全に信玄のペースである。なぜなら謎の首なし死体が二つ。僕たちには全く覚えがない。この状況、どう考えてもあまりにも不可解だからだ。


 僕は当初、信玄がとぼけているのかと思った。この橋を通過するのに、一世一代の奇策を用いて、味方の僕たちですら煙に巻こうとしているのか、と。だがこれから始まるのは、正真正銘、純粋な犯人探しのようだった。信玄は単純に、この状況に『興味がある』だけなのである。ちょっと常人には理解しがたいが、こう言う人なのだ。


「まずは、最も目に付く手がかりを検証しようか」


 と、信玄は、そこに転がされた二つの死体に目を向ける。最も目に付く手がかり、と信玄は言ったが、その場の誰の目から見ても問答無用の惨死体(しかも首なし)である。むしろ、これしか目に入らないと言ってもいい。


「さて第一に、一目瞭然のことだが、首がないね」

 信玄はごく当たり前、と言うか、視たままのことを言う。素朴な疑問なのだろうが、身もふたもないようにも聞こえる。

「首は、見つからねえな」

 答えたのは、花房である。

「恐らくは川に落ちたか。…いずれにしてもかなり遠くへ飛んだんだろう。おれたちが捜せる範疇にはなかった。持ち去ったんじゃねえかとも思ったが、それをする意味が分からん。とにかく、おれたちは見つけられてない」

「首の使い道は思い当たらなくはないが、二つともない、と言うのは気になることだ。なにしろ首二つ持つ、と言うのは意外に手間が掛かるものだよ。持ち歩くとしてもまず、出血の始末には苦労するし、何より重い。…そもそも脅しや見せしめに使うのなら、その場に遺棄してもいいし、持ち去るのはよほどの理由がない限り、不合理だ。…となると、どこか遠くへ飛んだまま見つかってない、と言うのが、腑に落ちる解釈かも知れんねえ」

「き、貴様!まるで見てきたようにッ!」

 と、霞麒麟(かすみきりん)が疑いの声を上げるが、信玄は毛ほども気にかけていない。

「二人とも武器を構えた形跡は?」

「なかった。柄に手を懸けたやつはいたが、間に合わなかったんだろう」

「つまり、それほど速い(わざ)だと言うことだ。…君たちが、どうやって斬ったのだろうと、興味を持つほどに」


 信玄は意味深に言葉を切ると、今度はそこに放り出された死体を仰向けに並べてみることを提案した。


「そんなことをして、何になると言うんだッ!」

 当然、霞麒麟が噛みついてきたので、信玄は、ミケルと僕にそれを頼んだ。

「おい大将、こんなんで本当に犯人が分かるのか?」

 血みどろの首なし死体を担がされて、ミケルも不平顔である。


 だが信玄、すでに、何かが見えてきていると僕は思う。問題はどこか、のらりくらりやっているように見えることだ。花房たちを煙に巻くためとも言えるが、結果としてただ、彼らを逆上させるだけのことになりはしまいか。


 ともあれ遺体は仲良く(?)仰向けになった。恐らく、これで判るのは斬撃を受けたのがこちら側、すなわち前方からだ、と言うことくらいだと思うのだが、これで信玄は何を言わんとしているのだろう。


「真人くん、答えてくれ。君が見たところ、ここから得られる情報は?」


 一番困る質問が僕に、飛んできた。こうなると僕は、信玄の思考を辿るほかない。に、しても怜悧明晰で知られたこの戦国武将の(すい)は、さっきからごく当たり前のことばかり言っているように僕には思えたが、そこから得られるものが何かあるのだろうか。


「…殺されたのは、二人とも男性。それも若い。残された体形の感じからしてどちらも僕やミケルくらいの年齢かも知れない」

「年は十九。二人は双子の兄弟だ。…おれが仕込んだんだ。剣の腕は悪くない」

「でも、二人ともほぼなす術もなく斬られている。ふいを打たれたのか、急襲されたのもほんの一瞬だったはずだ。一人が斬られても、もう一人が反応出来ないほどに…あっ」


 僕の言葉が思わず、停まった。気づいてしまった。だがそれは、思い当たった、と言うような生易しい感覚ではない。極寒の電流に背筋を貫かれ、鳥肌が立った。


「なんだ、なにに気づいたんだ。もったいぶって話すなよ、大将…うッ」

 怪訝そうに喰って掛かってきたミケルも、次の瞬間、絶句した。僕が何を言葉にせずして気づいたのか、分かってしまったのだ。


「さすがに、二人とも判ったか。つまり、『そう言うこと』だよ。この死体を二つ、並べてみて初めて分かる。この二遺体の首は『一太刀』で、しかも『ほぼ同時に、斬り離されている』」

「馬鹿なッ!」


 愕然と、霞麒麟が吠える。いや確かに、常識で考えてそうだろう。そうとしか思えない。だが、信玄の推測は確かだ。こうして並べてみて初めて判る。凄まじい太刀の通り道が。真正面から二人も、一瞬で殺せるわけだ。目の当たりにしたものでなければ到底、信じられないが、いるのである。剣、と言う世界に棲む魔性が。


「これは、『不知火(しらぬい)』…?」


 見れば見るほどに、そうだ。これこそ幕末、三大人斬りのうちとされた河上彦斎が得意とした幻の必殺剣である。だがそんなことより、僕たちは身をもって知ってしまっている。この記録でしか伝わっていない剣を復活させ、それどころかこの技で走行中の馬の首を斬り飛ばし、僕やミケルを斬殺するあと一歩のところまで追いつめた人物のことを。


「二つの首は、一気に飛んで行ったんだ。あの剣なら、それが確実に出来る。…殺したのは、三島春水だ」

 僕が愕然としながらその答えを口にすると、

「ご名答」

 と、信玄は、さっきの花房と同じくらいの声を張り上げた。

「もうどこかで見ているんだろう!?出てきたまえッ!」


 さすがにまさか、とは思った。

 しかし、その凄まじい剣腕が残した爪痕を、それと認識してしまったら、ありえないとは言い切れなかった。


「ご明察」


 心臓が停まるかとすら、思う。本当にいた。しかもすぐ傍に。花房たちが出てきたトラックの陰から、三島春水が出てきた。山岳部隊のものらしい冬季迷彩をまとい、日本刀は山歩きの装備とともに背中に挿していた。しばらく姿を見せなかったが、やはり、十界奈落城で暗躍していたのだ。


「君たちの暗躍については、黒姫殿や真紗も把握はしていなかったようだ。だが私は、君や海童の動向を気にかけてはいたよ。その様子だと、奥只見にはもう馴染んでいるようだね」

「ええ、それはもう。…潜伏と暗殺がわたしの本来の仕事ですから」


 さりげなく言ったが、僕とミケルはまさに暗殺されかかったのである。ここでこうしているだけで気が気じゃない。


「なぜ、現れた!?今度は何が目的だ!?」


 エスパーダに手をかけたミケルの声も、強張っている。こっちは久世兆聖だけでも手いっぱいだと言うのに、ここへ来てこの危険人物を相手にするなんてたまったもんじゃない。


「見てのとおりです、ミケルくん。…わたしもこの橋を通りたいので、皆さんをお待ちしていました」

「わっ、渡りたいなら、一人で渡れるだろう!?」

「…渡れますけど、それ面白いですか?」

「面白いかどうかの問題じゃないッ!」


 ミケルの言うことは、正論である。問題はなぜ、これみよがしに死体まで作っておいて、僕たちを待っていたか、なのである。


「僕たちのことを、ずっと見張っていたんですか?」

 僕が尋ねると三島春水は、無邪気そうに笑った。

「はい。…面白くなってきたようですね。そろそろ顔を出していいかと、思っていた時だったのですよ」


「誰もこの橋は通さんッ!」

 嚇怒(かくど)したのは、霞麒麟だ。真犯人を前に、ついに佩刀を抜き放った。だが、相手が悪い。三島春水はどこ吹く風でしげしげと、刀紋の輝きを見つめているだけだ。

越前助廣(えちぜんすけひろ)ですね。…綺麗な濤乱刃(とうらんば)

「ふざけるなッ!」

 霞麒麟は、問答無用で刃を揮ったが、三島春水の髪の毛一筋、捉えることすらも出来ない。

「早まるな霞ッ!」

 叱咤を浴びせて、ますますいきり立つ霞に水を浴びせたのは、花房である。

「あんただったのか、二人を斬ったのは。ずっといたんなら、おれの話は耳に入っているよな?」

「理解しています。…橋を通るのには、あなたと立ち会わなければならないのでしょう。かくなる上は、ご存分に」


 ばさりと、みるからに重たいズックを脱ぎ捨てると、三島春水はすらりと真剣を抜いた。見覚えがある。腰高の三条宗近。山歩き用の杖に模した拵えには鍔はないが、丈夫そうな手貫き緒がつけられている。


「真人くん、荷物を頼みます」

「え…あっ、はい」


 つい従ってから、僕は自分でいったい何をしているんだと思った。仕掛けたのは、僕たちじゃない、三島春水だったんじゃないか。それなら花房との私闘は僕たちが関わる筋合いのものではなく、ここで見ている必要なんかないのではないか。


「もう遅いな、真人くん。私たちはとっくに彼女に巻き込まれた」

 不平の僕の顔色を読んだように、信玄が言う。

「だったら仕方ない。この上は、黙って流れに乗ろうじゃないか」

 信玄はどこか、楽しそうだ。正直この人は、もっと前の段階から気づいていたんじゃないかと思う。あれをやったのは、三島春水だと知っていてその出方を待っただけなのだ。

「ほら私の言った通りだろう、真人くん。…面白くなってきた」


「見せてもらおうかッ、その剣腕ッ!」

 花房も身構える。長大な大太刀の鞘を払って、大きく腰を下ろした。

 相対する三島春水は、大上段に剣を背負って雌伏する。あれを見ただけで、僕の中の何かが粟粒だつ。あの嵐の晩、僕はその必殺剣の真価を目の当たりにしたのだ。


「ご覧に入れましょう。…秘剣『不知火』」





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