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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.16 ~頂上決戦、十界奈落城攻略戦、三つ巴の戦い
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焦土と化す寒山!激動の戦況は…?

 呪力のある言葉は、舌に重たい。

 いや実際は、そんなはずはないのだろうが、そう思わざるを得ないことはある。

 ガソリン満載のトラックを爆弾に変えるのだ。

 正直言って、爆破の規模は僕にすら想像もつかなかった。だがこの一言で、鬼子を放ってしまえばどうなるか、そのことには、つい想いを馳せざるを得なかった。


 例えば大量破壊兵器のボタンに指をかけたときって、こんな感じがするんだろう。

 僕のこれまでの人生でそんなこと考えるきっかけすらなかったのだが、まさか戦国時代に来てこんなことを想う機会がやってくるとは思ってもみなかった。


(だが、やめる気はない)


「伏せろッ、真人ッ!」

 爆発の瞬間、ミケルが飛び込んできて僕の身を護る。


 衝撃波と轟音は予想以上のものだった。

 よく火の海と言う表現があるが、爆発の瞬間は、そんなものは見えるはずがない。まるで太陽が目の中に直接飛び込んできたように、激しい光で視界が塞がれる。ついで起こる恐るべき衝撃波は、当たりどころが悪ければ内臓や鼓膜を破裂させるほどの勢いだ。爆弾で爆死した死体に、両耳が吹っ飛んでない、と言うことはよくあるなのだ。


 方角は確かめたはずだが、前も後ろも分からない。しかし衝撃波が殺到する方向で、どうにか方向が間違っていないのが分かる。向かって右後方から煽られ、大きく車体がぶれた。僕たちはまとめて、荷台に腰をぶつけた。


「おいッ!ちゃんと運転しろよッ、危ないじゃないかッ!」

 たんこぶを作ったミケルは、運転席の壁を拳で叩く。

「ふははははッ阿呆どもッ、今さら何を腑抜けたことをッ!これくらい派手な方が、楽しいでかんわッ!」


 ミケルは怒ったが、信長のトラック運転の技術は信じられないほどに向上している。今の衝撃波で、車体は横すべりに転んでもおかしくなかった。ハンドルさばきだけで態勢を立て直すとは、末恐ろしいやつである。何しろ下は、みぞれ混じりの泥、極めつけの悪路な上、上空を爆発で巻き上げられた飛散物が漂流しているのだ。

 落下してくる重たい金属片やらコンクリート塊を避けながらトラックは狂ったように走り込み、半円を描くようにして停車した。


 はるか彼方まで、空が燃え上がっている。

 僕は荷台の上から、図らずもそれを見た。あまりに凄まじい光景を見ると、人はただ茫然としてしまうと言うが、それが自分が引き起こした業であると、思い知らされるときは、尚更である。


「真人」

 しばらく気づかなかった。

 傍らに虎千代が、そっと僕に寄り添っていたのだ。

「どうした、大丈夫か?」

「…うん、何でもない」

 反射的に僕は返した。取り繕うような口調になってしまった。

(この結果は必然)

 僕は、すべきことをやっただけだ。だが、一抹残るものが心を去って行かないのは、無理からぬことだ。


 突き上げるような風が、焦熱と化した泥地を吹き抜けていく。火の粉の気配を孕んだ風は、何とも言えないものだ。この戦国時代の寒山に、決して吹かぬはずの灼熱の風は、まるで(ぬえ)が産まれたかのように、禍々しい実感を僕に与える。


「…恐るべき威力だな」

 虎千代が、僕の袖を引いて言う。断続的な爆風で前髪が巻き上げられ、傷ひとつない綺麗なおでこが、丸見えになっていた。

「まるで、この世の終わりのようだ」

 虎千代の物言いは、いつも率直だ。

 鬼子の威力はすさまじい。

 それは本来、戦国時代の装備しか持ち合わせない僕たちにとっては貴重な戦略兵器なのだ。僕たちが生き残るためのよすが。虎千代を護るための、僕の切り札。

「まだこれからだよ」

 万感の思いを振り払って僕は、言った。

 すでに過ぎたことを、思い(わずら)っている暇は僕にはないのだ。


 色々あったが作戦は、順調に進行している。

 逃走用の車両も手に入ったし、僕たちは落ち着いて刻々と変化する戦況を把握する余裕を持つことが出来るようになった。この燃え上がる風吹き荒ぶ中、どうにか飛ばした油紙の式神が上空からもたらしてくれたのは、着々たる『戦果』であった。


 作戦本部を中心とした営倉、爆薬庫、車両は吹き飛ばされ、その原型はほぼ跡形もない。路上では黒焦げでくすぶるテントや装備が放り出され、右往左往する人員の動きにはまとまりが見られない。見る限り、指揮系統を始めとする司令部の作戦機能は、完全に麻痺していると言っていい。


 ただ一つ問題があるとするならば、この爆発で司令部そのものが地図上に存在しなくなってしまったことだ。指揮官を始めとした中枢メンバーはすでに避難したのか、そこは逃げ遅れた人がまばらに見えるだけで、本来の機能を果たしているとは思えない。


「状況は直接、見に行かねば分からぬか」

 現場主義の虎千代は、即座に判断する。

「だが、危険じゃないか?」

 ミケルが異論を挟む。どうにか車両庫の爆発には成功したが、狐狩たちは僕たちの追跡を続けている。僕たちがどこを目指しているのか、彼らなら察しはつくだろう。

「何を言うとりゃあすか!ここまでやって、本丸を抑えぬでどうするでやッ!危なかったら、逃げりゃええでや!」

 運転席の信長が叫び散らす。信長の言うことも、もっともだ。狐狩が待ち伏せしているとしても、本部は制圧されている状況を示すことで、後方で戦っている信玄たちに利することになるはずである。

「じゃあ、もうひと働きだな。…大丈夫か?」

 ミケルは立ち上がると、長の遺体の傍にうずくまる火舜に声をかけた。馬賊の少女は、顔を上げ、僕たちに向かって気丈に頷いてみせる。

「白豹が姿を現わす、かもしれないしな」

 ミケルは火舜を励ますように言う。


 そう言えばさっき、今わの際に長が語った言葉を、僕たちは聞いていない。耳にしたのは火舜だけだ。確か、白豹の正体を知っている、と長は言ったはずだが。


 それから火舜は、そのことについて何も口にしていなかったし、僕たちもあえて聞くことはなかった。僕たちについてくる意思を示したことからもおして、彼女にもなにがしかの決意があるのは分かる。本物ではない、と言う白豹だがそれでも、あの男と再び相まみえることで、火舜は真相に近づこうとしているのだろうか。


(本物の白豹はいったい、どこに…?)


 僕の記憶が確かなら、長は本物の白豹は僕たちのすぐ近くにいる、とも語り残していた。それが真実だとするならば、僕たちにとっても本物の白豹は『まだ見ぬ敵』なのではないだろうか。


 再び戦地の最奥へ。向かう僕は、西の空の方角を探した。果たして信玄たちは、今頃どうしているだろうか。





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