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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.16 ~頂上決戦、十界奈落城攻略戦、三つ巴の戦い
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すんでの英断!生き残った僕たちを待ち受けていたのは…

「…分かった、真人の言い分は。これが確かに敵の罠であるなら、わたしたちは一網打尽だろう」

 と、虎千代は熱量の薄い声を出して頷く。冷静になろうと努めているのだろう、張り詰めた斬人の空気感が心なしか、少し薄らいだ気がした。

「しかし、行かぬとするならば次の方針(がんもく)がいろう。まず中に、月島殿が閉じ込められておらぬことを、確認する方法はないのか?」

「それは…」

 僕は一瞬、答えに迷った。

 今のはいわば天啓的な直感のようなもので、それ以上の判断材料は存在しないのだ。だが、虎千代の言うことも、もっともだと思う。ここに月島京子がいないと言うならば、本当はどこに監禁されているのだ、と言うことも含めて、僕たちには方針転換のための確証がいるのだ。

「虎さま、真人さんは勘でお話してるのですよ。これ以上は信じるか、信じないかの話になるです」

 すると黒姫がさりげなく、間に入ってくれる。

「実を言いますと、わたくしたち軒猿衆も、嫌な感じがしていたです。…さらに言えば、これだけ外が騒ぎになっても、ここに全く動きがないのは、わたくしたちが待ち構えられている何よりの証拠。この黒姫も勘ですが、胸騒ぎがしますです」

 経験深い黒姫の第六感は、虎千代も看過できない。だが彼女の口から撤退の結論が出ないのは、時間切れが迫るさなかで万に一つの間違いもなく、月島京子の命を救いたいと言う一心から来ているのだろう。

 とは言え、眼前の要塞はハチの巣のようなものだ。下手に刺激したら、今度は僕たちが、逃げる術を喪ってしまう。


「どうするんだ?やるのならもう、時間がないぞ」


 麟美が太陽の位置を見ながら、言う。黒姫も胸騒ぎがする以上、突入は中止だ。だが、肝心の虎千代を動かすのには、あともう一押しほしいところだ。


「阿呆、こういう時こそ我ら陰陽師の頭の使いどころではないか。出来ることを考えろ、お前はもう、無能ではないのだ」


 晴明の叱咤が、容赦なく響く。確かにここは、僕が何とかするしかない。


「まあ、以前の通りならこの晴明が、ひとっ飛び、基地の中を見て来ればそれで済むのだがな」

「出来るの?」

 思わず希望を持って聞くと、晴明はにべもなく手を振った。

「出来るわけないだろ。私はもう、現役ではないのだ。お前が独力で虎姫を導かぬでどうする。…だからさっきから言ってるではないか、出来ることを考えろと。月島京子の存在を察するのに、お前が持つ有効な術は一体なんだ?まずそこから考えるのだ」

「それは…」


 察気術である。晴明に習った陰陽術の基本となる基礎的な術だが、さすがにもちろん、僕程度の腕では、あの要塞全体の内部をソナーのように探って月島京子の身柄を探すことは出来ない。そんなことは百も承知だ。だがここで考えるべきは、僕が出来るようになったのは察気術ばかりではない、と言うことだ。


(そうだ)


 ここから感じられないのなら、見に行けばいい。止観(しかん)の術、と言うのがあった。多少、集中力を要するし、手間はかかるが、最も効果的なはずだ。


「虎千代、僕の言う通りに少し、してもらえるかな」


 僕は唇に二指を充て、呪を唱えてからそれを虎千代の背に置いた。


「あうっ?真人…その、これは?」

 虎千代はびくっと肩を震わせた。そう言えば、くすぐったがりなのだ。いきなり背中に触れたのは、ちょっとまずかったか。

「目を閉じて、呼吸を楽にしてもらえればそれでいいから」


 これで虎千代と、僕の止観術を同期する。これを使えば、確実に味方の気がそこにあるかどうかを探れる。

「いくよ。…最初は、身体の周りに意識を集中して。それから、外へ、外へ意識を飛ばしていくから」

「わ、分かった」

 虎千代はおずおず頷いた。元々、なんでも呑み込みがいいのだ。これだけ教えただけで、すぐにこつを掴んで追いついてくる。

「もう、僕たちは、鉄条網の内側にいる。…ちなみに見張り塔の上にいる『殺気』はいくつかな?」

 虎千代は、即座に正確な数を答えた。さすがである。こちらから視力でうかがうことの出来ない人数も、きちんと含まれていた。

「よく出来ました。見張り塔には狙撃手以外にも、必ず二名ずつ補助の班員がいるね」

「からかうな」

 虎千代は苦笑した。

「からかってないよ。虎千代は僕より、敵の気配を読むのが本来上手いはずだ」

 そのため恐らくは、僕よりも多くの、そして広範囲の『殺気』を精確に数え当てるだろう。これからやるのは、引き算だ。虎千代が感じ取った殺気の山を掻き分けて、そこに別の気が存在するかどうか、それを突き止めるのだ。

「おい。そんなことで、基地の中が視えるのか?」

「いや、視えるのではない」

 不思議そうに尋ねる麟美に、虎千代は応えた。

「これは『感じる』としか言えぬ。視えると言えば、視えるようでもあるし、肌にも感覚を感じる。…奇妙な感覚だ。凄まじい術よ」

 虎千代は言うが、まだまだである。これを極めるとかつての晴明のように、意識だけを(そら)に浮かび上がらせ、何百キロも離れた場所へ移動できるのだが、それが可能になるのには、僕の寿命だけでは足りないかも知れない。

「どんどん、奥まで入っていく。…建物には、上下があるはずだ。一つずつ、慎重に数えて。決して、とりこぼしのないように」

 虎千代は小さく頷いた。

「虎千代なら敵の総勢や配置が分かるはず」

 それによって敵の意図も読めてくるはずである。待ち伏せか、はたまた本当に誰かを監禁しているのか。虎千代は息を詰めて、正確に敵の位置関係を読み取っていく。気が付くと傍らに黒姫が来て、すでに用意された俯瞰図に、虎千代の言うまま、敵陣の様子を書き留めていく。

「どう、黒姫?」

 虎千代をせかす代わりに僕は、しきりに書き込みを増やしていく黒姫に聞いた。この騒ぎにも微動だにしないあの建物の中には、ぎっしりと、敵兵が詰まっているようだ。彼らはあらゆる出入り口を固め、それでいて敵を奥へ奥へ囲い込む、そんな人員配置をしているようだ。

「敵は地下へ。…おかしい、この部屋は何か妙だ」

 虎千代が、どこか息苦しそうに眉をひそめる。最終地点として敵が誘い込もうとする場所は予想以上に大きなスペースのようだが、そこはまるで金庫のように分厚い鉄扉と壁に囲われているようだ。

「それは生け()だ」

 直感が兆したのか、とっさに口に出したのは麟美だった。

「壁に爆弾が仕掛けられていて、フロアごと生き埋めにする仕組みだ。以前、満州で同じ作戦を見たことがある」

 そのときだ。虎千代が、ぱっちりと目を開けたのは。

「なるほど、よく分かった」

「中に月島京子はいた?」

 僕は尋ねた。虎千代は目を伏せると、いかにも無念そうに首を振って見せた。

「やはり、これは罠じゃねえですか真人さん!?」

「うん、だから黒姫、さっきから皆言ってるよね?」


 僕は黒姫に突っ込んだが、本当は際どい局面だったのだ。いくつかこうした場面に参加すると分かるが、作戦に参加する全員が高い危険を察知していても、あえてそこを踏み切らざるをえなくなる局面がある。虎千代でも止まれない局面を、どうやって僕が吉方へ導くか。今だけじゃなくて、これからの課題でもある。


「総員、撤収だ。敵を刺激することなく、この場を立ち去る。まずは武田殿と合流だ」


 虎千代は、ついに決断を変えた。時間が経ち、本来なら作戦行動は終了している。罠と分かった以上、ここは態勢を立て直す以外にない。僕たちは影のように、現場を立ち去った。

 月島京子の身柄はいぜん不明なものの、今回の作戦には意味があった。彼女の組織のメンバー全員を保護することが出来たし、白豹たちが月島京子を餌に僕たちを一網打尽にしようと画策していることもよく分かった。


「この分だとまだ、敵から交渉があるかもですね…」


 黒姫は希望的観測を口にしたが、その可能性もあり得なくはない。人質に価値がある以上、彼女も延命の可能性があると言うのが、僕たちの唯一の救いと言えた。


 だがその一縷(いちる)の望みも、僕たちを出迎えたミケルの昏い表情で絶たれることになる。

「なあ大将、落ち着いて聞いてくれ」

 ミケルは、沈んだ声で言った。

「白城にやられた。裏切者はやつだった」




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