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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.16 ~頂上決戦、十界奈落城攻略戦、三つ巴の戦い
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別働作戦!意外な遭遇は…?

 少年が、麟美とともに狐狩の襲撃を受けた生き残りである、と言うことは確かだ。しかし、その襲撃が麟美の内通であることを誣告(ぶこく)した人間とは、別人なのだ、と言う。


「月島京子は、君を使いに寄越した。これを急報したかったと言うことは、よほどの確証があってのことだったんだろうね?」

 信玄は川端貫太と名乗る少年に念を押して尋問したが、その返答は、意に反してはかばかしくはない。

「自分は、もう少しのところで命を助けられました。…生きて、待ち伏せに遭ったことを報せろと言われて。情報が洩れてはいないはずの場所に、白豹たちが現れたのはあの麟美と言う馬賊が密告をしたせいだ、と、そのとき知らされました」

 そこで信玄は、重たいため息をついた。

「そのことを話した人間は、すでに奴らに殺されているのだね?」

「分かりません。でも、まだ殺されてはいないと思います」

 回復したばかりの少年の顔色を、信玄は一片の隙なくその瞳に映し込んだ。


「必要な情報だけを、択んで話している感じだな。話せないのか、話が(つたな)いのかは分からないがね」

 信玄はその後、同種の尋問を真紗さんと黒姫それぞれに、時間を置いてやらせた。得られる情報に、一貫して変化はない。

「言い忘れや言葉が足りないと言うのでは、なさそうだ。問題は誰が、あの少年を遣わしたのか、と言うことだが」

「月島京子殿では、ないのですか?」

 虎千代が怪訝そうに訊くと、信玄は苦笑した。

「無論、それも案の内だ。まだなんとも言えないが、ここへあの少年を派遣した人間の考えを図りかねている。内通者の情報で私たちを守ろうとするつもりなのか、はたまたただ、ここから追い出したいだけなのか」

「追い出したいだけ…それは、どのような」

「さよう、すなわち…」

 虎千代が真意を尋ねると、信玄は言いかけてから、大儀そうにため息をついた。

「…やめておいた方がいい。すべては、憶測だ。誰が意図しているにせよ、そうでないにせよ、私たちがこうなれば敵の思う壺でござる」


 疑心暗鬼と孤独は、冬ごもりの敵である。

 限られた情報の中で右往左往するのは、敵に利する猜疑心を育てる結果しかもたらさない。あと僕たちに残されているのは、ただ一つだ。

 現地へ戻り、情報源と直接会って、ことの真贋を見極めるのである。


「悪いが真人くん、こちらの指揮を頼めるかね?」

 と、あれほど思案を重ねていたのに、信玄は僕にその役を担ってもらいたいらしい。

「もう少しここで、考えたいんだ。あの川端貫太と言う少年のことも、見極めきれていないしね」

「分かりました」

 僕は頷いた。恐らく、策士の勘が告げるのだろう。こちらはこちらで大役だが、密室で尋問よりこちらの方が、性には合っている。

「なるべく勘のいい人間をつける。彼らと話し合って、現状を判断してくれ」

 同行は虎千代、信長、そしてミケルである。護衛役のミケルはさておき、あの二人ならよもや判断を誤ることはないと思う。

「待て、おれも連れて行け。あの女とは、話したいことがある」

 と、言って進み出てきたのは、久遠だ。個人的に僕は嫌だったが、信玄はむしろ歓迎した。理由は分かっている。月島京子と因縁深いのは、この男だ。人選に加えない手はない。

「分かった。話したいことがあるんなら、あんたも、来ればいい。…ただ、勝手な真似はさせないぞ」

 無駄と知りつつ僕が釘を刺すと、久遠は鼻の頭にしわを寄せて皮肉げに笑った。

「好きにしろ。まあせいぜい、しっかりと見張っているんだな」

「言われなくても、そうさせてもらうよ」

 不敵に睨み返してくる久遠に、僕は視線を合わせた。正直、重荷だ。見えない敵に追われているような気分の中で、見える方の敵もついてくることになるわけだが、この際は致し方ない。それに今は久遠の命運も一蓮托生だ。そうそう裏切ることもないはずだ。

「そして、忘れてはならないことが一つある」

 信玄は、タイミングよく僕と久遠の間に割って入った。

「晴明殿を連絡役として、残してくれ。そうすれば、君たちとは現地で会話が出来るのだろう?」

「あ、はい。このお札さえ持っていれば、晴明が僕とつなげてくれます」

 僕は懐から、晴明が籠っているお守りを取りだして信玄に渡そうとした。すると中から、白い水干の袖が出てきて、僕の腕を掴んだ。

「こっ、これ真人!私を置いていく気か、馬鹿な真似はよせ!」

「えっ、だって晴明は僕とだったら離れても自由に交信できるんだろ?」

 僕が素朴な疑問を呈すると、晴明は尊大に鼻を鳴らした。

「それは、過去の話だ。今はそんな便利なことは出来ん。その分、お前が骨を折るのだ」

 僕は油紙の形代を作らされ、それに呪を込めさせられた。

「これが別館のようなものだ。馬鹿弟子、お守りはお前が持ち、この形代を信玄坊に預けよ。さすれば私は、本宅と別館をいつでも自由に行き来できる」

「なるほど、向こうからもこちらからも、この形代さえあれば容易に連絡(つなぎ)がつけられるわけだ」

 信玄は袂から、袱紗を取りだすと油紙の形代を丁寧に包んで仕舞った。

「よろしく頼む。出来れば次の大雪が来る前に、情勢を見極めたいものだ」


 出発は真夜中だ。そろったのは四人、腕っぷしと判断力の面では申し分ないが、考えてみると曲者揃いの面子である。


「者どもっ、きりきり歩くだわ!陽が出る前に着かねば、敵に見つかるでや!」


 一番元気なのは、信長だ。ライフルに弾帯を担ぎ、しっかりと山岳装備をした信長は、すっかり猟兵である。月明かりだけを頼りに、雪原の急斜面を滑り降りるのも慣れたものだ。


「そろそろ、腕試しも悪くないがな。この山地も、身体が慣れてきた」


 その信長に続くのはミケルと虎千代だ。もともと雪山育ちの虎千代はともかく、ミケルは海の民だが、作戦で越後の山地を歩くうち、一番順応性が高くなってしまった。


「腕がなまると言いたいのだろうが、目的が違うのだぞ。我らが騒ぎば武田殿にも、迷惑が掛かるゆえな」

 虎千代は、すかさずミケルに釘を刺す。手綱の締役には、やはり虎千代がいてくれるのが頼もしい。さりげなく指名したようで信玄も、心得ている。たぶん僕だけでは、いざと言うときにこのわんぱく軍団を抑えることは出来はすまい。


「浮かれている暇はないぞ。…もしかしたら、お前らの命運は尽きかけているかも知れんのだからな」


 ここまで黙々とついてきた久遠は、しれっと毒を吐く。もったいをつけているが、この男も、なんだかんだ言って、最後は腕っぷしに物を言わせるタイプだ。


「もう脅しは沢山だ。何か知っているなら、そろそろ肚を割っておいた方がいいんじゃないのか?」


 僕はさりげなく、水を向けた。そろそろ月島京子との因縁が何なのかくらいは、話してもらいたいものだ。案の定、久遠は小賢しいと言うように、鼻を鳴らした。


「下らんことを気にする前に、自分たちの身の上を心配するんだな。何しろ敵は白豹どもたちだけとは限らんのだからな」

 また、思わせぶりなことを。僕は鼻白んだ。本職のスパイ相手に一筋縄ではいかないのは分かっているが、情報を小出しにしてくるのはもう、勘弁してほしいものだ。

「ふん、いい度胸だ。気になるなら、教えてやろう。月島京子、あの女がいたのはハルピン機関の支配下にある、白露系防諜機関だ。…スパイ狩りをしていた連中ほど、非道な人間はいないぜ」

「でも、味方だったんだろう?」

 僕はすかさず掘り下げた。防諜機関と言えばスパイの天敵だが、白露系諜報組織を率いていた久遠からすれば、敵方と言うわけではなかったはずだ。

「知った風な口を利くな」

 久遠は憎らし気に目を剥いた。

「…連中は、連中で仕事をするんだ。欲しいもののためなら、他機関の存在すら黙殺する」


 ありえない話ではなかった。昭和期、大陸で活動しているスパイ機関のほとんどは、横の連携が薄く、独自に活動していたらしい。つまり権限や縄張りが錯綜し、味方同士のはずなのに対立してしまうケースもあったのだろう。だがそんなことは、言っちゃ悪いがお互いさまだ。


 個人的な考えだが月島京子との因縁は、もっと決定的で深いもののはずだ。つまり、久遠はまだ、有益な情報をもたらしてくれているわけではないわけで、今のは上手くはぐらかされたのと、なんら変わりがない。


「本当のことをまだ、話したくないならちゃんと言えよ。何しろ時間はたっぷりある」

「小僧が」

 久遠は、僕の胸倉を掴みかけたが、それ以上は進まなかった。


 乾いた銃声が、暮れかけたブナ林に響き渡ったからだ。


 全員、雪の中に伏せた。銃声は、断続的にその後、三発。枝に乗った雪を落として梢が騒ぐ。まだ眠っていた鳥があわてて逃げる気配がした。


「襲撃か?」

「阿呆、銃声を聞くでや」

 信長はにべもなく、吐き捨てた。すでにいち早く、立っている。狙撃ではないと言いたいのだろう。なぜなら今のは、小銃の発砲音ではない。拳銃を乱射した音だ。

「人数と距離を確認する。…夜目が利く人間はついてこい」

 信長は小銃を構え、ミケルと虎千代に合図する。夜明け前は、最も視界が悪くなる。だがこの三人なら、さっき誰が銃を撃って人数が何人いるかなんて、立ちどころに見渡せる。

「四人か」

 最も早く敵を捕捉したミケルの判断を、虎千代はすかさず訂正する。

「三人だな。…一人は、追われている」

 三人はここで、誰かを始末して棄てる気だろう。こんな時間に、することと言えば一つだ。

「残りも銃を呑んでおるであろうが、抜いてはおらぬ」

 狙撃銃を構え、信長は幹の太いブナの陰に陣取る。

「どうする?」

 虎千代の決断は早い。

「見過ごすわけには、いくまい。わたしとミケルで行く」

 虎千代は鯉口を袖で抑えてこっそりと脇差を抜き、傍らのミケルに合図した。すぐに片はつきそうだ。

「銃の方か、それとも残り二人か?」

「銃の方はわたしだ」

 さっさと決めて、虎千代は闇の中に躍り込む。

 たとえ拳銃を持っていようと視界の外から割り込んできた虎千代の影を、何者か判断するのには、一、二秒の判断を要する。

 だが剣が閃くのは、それより早い。銃を撃った指ごと、首を()ぐ。声を立てる間もなく、相手は膝から崩れ落ちている。

 そして残りの二人は、銃を抜くのも能わない。同じタイミングでミケルが、仕留めている。速射の狙撃弾のように閃いたミケルのエスパーダが、音もなく心臓を刺し貫いている。

 その精度と静けさは、サイレンサーを装備した狙撃銃以上だ。軽い衣擦れがしたかと思ったときには、二人の人間がなす術もなく、即死している。

「いいぞ」

 出る幕のない僕と久遠は、すごすごと出てきた。死体は三つ、毛皮のコートを着ているが、山岳装備ではない。いずれも基地内の軍人に見えた。

「こっちは無事だぜ」

 ミケルが殺されそうになっていた最後の一人の襟首をつかんで引き上げる。どうやら、男性のようだ。僕は思わず目を見張った。誰なのかはともかく、異様な風体である。なんと、その男は頭からすっぽりと黒い袋を被せられ、両手を胸の前で縛られていたのだ。





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