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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.16 ~頂上決戦、十界奈落城攻略戦、三つ巴の戦い
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雪山潜伏!狐狩をかわす最良の術は…?

 発見された狐狩の一味と思われる人間は、三人である。いずれもロシア帽に毛皮、肩に三八式歩兵銃をかけていると言う。一般兵士との違いは二点、雪よけのゴーグルをかけ、顔の下半分を白い頭巾で覆っている。


「三人なら、仕留められそうな」

「やめておけ」


 様子をうかがいつつ虎千代が即座に刀を引き寄せたが、麟美はいい顔をしない。


「三人は、斥候には適した数だ。…たとえ一人、不意を打たれてやられても、もう一人が敵を引き留め、最後の一人が味方に通報する。彼らに隙はない」


 さらには全員、軍用のスキー板を履いている。いくら虎千代の剣でも、この深い雪の中で三人同時に仕留めるのは、至難である。


「銃を使ったらいいじゃない」

 真紗さんの言葉に、大きく息をついて麟美は首をすくめる。

「顔を似ず、豪傑だ。向こうの手の内も知らないままに、いきなり全面衝突か」

 真紗さんの強硬論には、さすがの信玄もいい顔をしない。

「却下だ、真紗。…敵の全貌も知らずに、噛みつくのは得策ではない」

「で、でもお館様。下手すると、敵についてこられますよ…?」

 真紗さんは、口を尖らせた。

「ついてこられないように、すればいいんだろう。考えてみれば、何か名案があるはずだ」

 と、信玄は僕を見た。さっきし損ねたから、活躍してみせろ、とでも言いたげだ。

「分かりました。…僕に任せて下さい」

「だ、大丈夫なのか一人で真人…?」

 虎千代が心配そうに、裾を引っ張ってくる。僕は遠くにいる三人の様子をうかがいながら、頷いた。

「とりあえずはね。…ただ僕が合図したら、あそこにある青木を居合で斬り落として欲しいんだ。決して姿を見られないように。頼めるかな?」

「任せろ。…誰にも気取られずにやればよいな?」

 虎千代は、理由も聞かずにうなずいた。

「ちょっ、何する気よ?」

「言ったろ。僕が、あの三人を追っ払う」


 僕が虎千代に指示するとただ一人、反対方向から三人の方へ回り込んでいこうとするのを見て、さすがの真紗さんもちょっと焦ったようだ。


「だったら誰か、腕っぷしが利くの連れてかないと」

 出番と知ってミケルが進み出たが、僕はそれをそっと押し戻す。

「出て行くのは僕、一人だ。武器はひとまず、いらない。三人、仕留めるわけじゃないからね。誰かが傷つきでもすれば、連中はこの一帯から僕たちをあぶりだすまで、決して諦めなくなるだろ?」


 僕は覚悟を決めた。問題を最小限度にするには、この三人にそれをしないようにしてもらうしかないのだ。


「だが、真人どうやって…?」

「それは見守ってもらうしかない。…物陰からよく僕の様子を見てて。もしものときは、頼むよ」

 僕は苦笑した。まさか僕が、こんなことをするようになるとは。


 さて、僕たちは小高い丘から、移動する三人を見張っている。急坂と言うほどではないが、そこは少しオーバーハングしていて、麓の彼らからは滅多なことでは視界が利かないようになっている。針葉樹林と枯れかかった篠の雑木林だ。接近しながら、隠れる場所はいくらでもある。


 三人は黙々と雪中を移動している。肩に銃を掛けているのも分かる通り、戦闘態勢ではない。動作は訓練され、そつがないが身体のこなしに筋肉の緊張は見られない。まだ、こちらには気づいていない。だが、僕たちは大人数だ。どこで出喰わすかも、分からない。


 虎千代への合図は、右手を回すことだ。僕は位置に気を付けながら、拳を回して見せた。

 虎千代の前にあるのは、青木ではなく松の若木だ。大人の腕ほどもある太さの樹で、斧でも撃たない限りは、普通は倒れるものではない。


 しかしときに甲冑ごと肉を斬り割る虎千代の居合は、常人の想像を軽く超える。

 抜き打ち一閃、肩がけに斬られた松の梢は綺麗に落ちた。

 下の雪がクッションになるとは言え、物凄い音だ。重たい幹が、真っ逆さまに落ちる音も衝撃だが、雪が被った枝が一斉に振られて騒ぐ音も、恐ろしくやかましい。注意を惹き付けるには、必要にして十分だ。


 まさに効果は絶大で、男たちは近くに爆弾がさく裂したかのように、過剰に反応した。突然近づいて、話しかけるのには絶好のタイミングである。


「何か、聞こえた?」


 僕は通る声を意識して出した。

 幸運なことに、一度で全員が振り返った。視線の先で出現した僕に向けてあわてて、銃口が追う。

 獲物をいぶり出そうとしている連中はいきなり撃たない。他にもいるはずの仲間と一網打尽にするのが、任務だからだ。だが、もちろん物の弾みと言うこともある。だから刺激するのは、ほどほどにしないといけないのだが、そのほどほどと言うやつが難しいのだ。


「貴様、何者だ」

「誰でもいいだろう」


 銃口を前に、タフな態度を取り続けるのは、精神力にこたえる。映画なら撃たれないと知っているからいいが、実際やってみるとこれほどの恐ろしいことはない。何しろ次の展開は僕にも、相手にも、皆目分らないのだ。


「僕の話をよく聞いた方がいい。何か、音がしただろう?…もっと、ちゃんと聞いた方がいいんじゃないのか?」


 僕は白い布の中から、殺気立って潤んだ三対の眼を見渡しながら、話を続けた。差し当たっては、日本語が通じてよかったと思った。白豹は満州人だろうが、狐狩のメンバーは元・関東軍だ。


「投降する気なら、物言いに気をつけるんだな」

 銃を突きつけながら、一人が迫ってくる。残りの二人は油断なく、辺りを警戒している。

「助かりたかったら両手を頭の後ろに。手のひらを見せるんだ。そのまま、ゆっくりとそこへひざまずけ。…話なら、それから聞いてやる」

「僕の話をそのまま、聞いた方が得だぞ」

 僕は言うことを聞かなかった。片頬に、笑みを貼り付けたままだ。物凄い度胸がいったが、ここが大事なのだ。自分に近づくと何かある。そう思わせなくては、僕は御しやすいただの捕虜志願だと思われてしまう。


「ほざけ」

「おっと」

 さらに一歩踏み出した兵士を、僕は制止した。とにかく銃口だけを見ないように。

「ただ、一人で来ると思っているのか?…僕は降参しに来たわけじゃない、警告しに来ただけだ」

「いい加減にしろ。撃つぞ」


 僕はすかさず、二指を立てた。今の間に、足元に溜めておいた風刃の呪を解放したのだ。切れ味を伴うほどではないが、こちらへ向けた小銃を巻き上げるのには十分な突風が作れた。銃は男の手を離れ、数メートル先に落ちた。真空でくるんだので発火しないようにしたが、まず暴発しなくて良かった。いずれにしても、銃声はご法度なのだ。


「なんの仕掛けもなく、来るわけないだろうと言ったんだ。見くびってもらっては困る」

「貴様…ッ!」


 尻もちをつかされた男の代わりに、今度は周囲を警戒していた二人が銃を突きつけてくる。危険度が跳ね上がったが、ここが正念場だ。


「そこまでだ。もっと、ひどい目に遭いたくなかったらな」


 僕は二指を向けた。ここからさらにすごいことが起きそうな感じだが、ただのポーズである。しかし、さっきの脅しが効いたのか、効果は抜群だ。全員、銃口は下げないものの、僕の一挙手一投足から目を離せない様子だ。


「大人しくしないと、よく聞こえないはずだ。…分かっていないな。投降する羽目になるのは、どちらか、と言うことが」

 僕は切れ間なく、言葉を継いだ。ここまでようやく、持ってくるまで一苦労だ。

「よく聞くんだ。…すでに戦闘は始まってるぞ」


 僕は、二指を立てると唇のうちでそっ、と風の真名を唱えた。今や三人の男たちはめまぐるしく頭を動かして、雪景色の林の中をうかがっている。


「別動隊の襲撃だ。今、襲われているのは、後方にいるお前たちの本隊」


 ぞわっ、と三人がざわめき立つのが分かった。僕の言霊が三人の中へ、順調に送り込まれている。もはや、僕以外の何物も視えなくなってきている。あとは、恐怖心を(あお)るだけである。

「聞こえるはずだ。…銃声が」

 いいところで僕は、指を鳴らした。すると三人とも、その場に倒れて気を喪った。


「こっ、殺したのか…?」

 ミケルが恐る恐る、梢から顔を出した。

「そんなわけないだろ。幻術を見せて、気絶させただけさ」

 一瞬の集団催眠のようなものだ。狐狸変幻のなす、『化かす』と言うやつである。仄火との戦いからこっち、要領を覚えた幻術の応用だ。上手くかかるか、冷や冷やものだったが、相手を惹きこめば、かなり有効だと言うことが分かった。


「真人くん、あんた今、本当に人間…!?」

「…人間ですよ」


 ったく失礼な。打つ手がないって言うから、命懸けでやったんじゃないか。

 まあ真紗さんは容赦なく失礼だが現代人の眼から見れば、まさに魔法に違いない。だが風の呪術を除けば、まだこの程度のことは、人間業の範囲内だ。


「見事だったよ。…山伏がやる、(たぶら)かしに似ているが、効果はそれ以上だ。これで三人とも目覚めて、何を訴えようが、誰も信用しないに違いない」


 さすがに信玄は、僕が何をやりたかったのかが分かっている。要は、武力など使わずとも、偵察隊三人の話の信ぴょう性を奪ってしまえばいいと言う話だ。


「さて、では残る仕事は、この辺りに私たちがいた痕跡を消すことと、連中を全く関係のない場所に放置してくることだ。…ご苦労だったな、真人くん」


 僕は、自分が立っていた場所を雪で(なら)した。あくまで今のは怪奇現象にしなくてはならない。騙される側に比べて、騙す側は色々と大変だ。


 時間が掛かって、いよいよ日暮れ近くになってしまった。午後から少し空が明るくなり、道は歩きやすくなったが、山の日は落ちるのが意外に早い。たちまち前後左右が分からなくなった。やむなく信玄は、松明をつけることを許可した。いったいどこまで歩けばいいのか、いつまでもめどが見えてこない。早く忍び宿につかないと、狐狩に遭遇する以前に全員、遭難してしまう。


「今なら、折り鶴を飛ばせるだろう。どうかな?」


 雪が小やみになった空を見て、信玄が言う。


「暗くはありますけど、向こうも明かりを点けてくれていたら、発見できるかもですね」


 僕は油紙で式神を飛ばした。敵が周囲にいないか確認するのにも、都合はいい。


「お前は、道士か何かか。…さっきのといい、一体どんな仕掛けだ」


 まるで生き物のように暮れかけの空をはばたいていく紙鶴を見送っていると、麟美が尋ねて来た。彼女も二十世紀の人間だ。さっきは黙っていたが、やっぱり気になるのだろう。


「仕掛けは、説明するのが難しい。でもとりあえず、似たようなものと考えてもらって構わないよ」


 陰陽術も、広義には道教に通じている。中国人(だと思う…)の麟美には、その方が通じやすいだろう。怪訝そうな顔はされたが、今の説明で納得は出来たらしかった。


「わたしも、山にいる頃、似たような術や仙法を使う老師(ラオシ)の話を聞いたことがある。だが連中も百年前は、もっとすごい術を使う神仙のような人間がいたと言う。お前がそれか」

「いや、僕のは…ちょっと事情があって出来るようになっただけなんだ。本当は麟美さん、僕はあなたと同じ、五百年後の人間だ」

「馬鹿を言うな」

 麟美は、完全に虚を突かれたような顔をしたあと、眼差しを鋭くした。

「あんな術を使える日本人の話など、聞いたことがない」

 そりゃそうだ。僕だって、現代に生きてたらそのまま何もできない高校生に過ぎなかった。

「縁だよ、麟美さん」

 僕は、言った。ふと考えてみると、そう答えるしか、術がなかった。

「いろんな縁があって、出来るようになった。そうやるしか生きる術がなかったんだ。それで僕は、虎千代たちと一緒に戦う道を択んだんだ」

 厳寒の雪山は冷たく澄んで、もう星が出始めている。いつの間にか、とっぷりと陽が落ちていた。


 結局、僕たちは一足早く到着していた黒姫たちに迎えに来てもらった。やっと合流できた。思えばいきなりだだっ広い奥只見の雪山の洗礼を受けて、先が思いやられるが、心置きなく休める場所があったのには、心底ほっとする。


「とっ、虎さまよくご無事で!この黒姫、虎さまと離れ離れの一夜に自分でもよくたえたと思いますですよ!」


 まさか黒姫の顔をみて、こんなにほっとするとは思わなかった。その黒姫は、つかの間の虎千代ロスに相当苦しめられていたのか、虎千代の荷物を持ってその傍らを片時も離れる様子もない。


「真人くんたちの方、大変だったみたいだね…」


 信長の話を聞いたのか、玲とラウラは、心配そうに話しかけてきてくれた。これからもそうだが、この大人数で逃亡しながら戦うのは、中々の至難の業である。


「もう心配ないですよお!この洞窟は、軒猿衆が手塩にかけて築いた砦ですからねえ。ちょっとやそっとの攻撃じゃ、びくともしないです!」


 黒姫が豪語する通り、広大な洞窟にはしっかりと部屋が作られ、地下には温泉も完備と言う、最高の作戦拠点になっていた。


「どうやらこれで、ひと息つけそうな」


 さすがの虎千代も、ほっと胸を撫でおろしていた。


「これでようやく、作戦を調えられそうだな」


 と、信玄も肩の荷をおろしたようだが、黒姫は、やや表情を曇らせた。


「それが武田さま。…こちらへ逃げてきたのは、間一髪の幸運だったかも知れないですよう」

「何かあったのかね?」

 さっきとは一転、深刻な顔で黒姫は頷いた。

「もしかしたらこの砦をしばし、出られなくなるやも知れませんです」




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