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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.16 ~頂上決戦、十界奈落城攻略戦、三つ巴の戦い
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ミケル回復、信玄が迫る決断の時とは…?

 ミケルが、三島春水の罠にかかって斬られた。

 越龍楼に鎬が飛び込んでもたらした第一報は、玲に決死の覚悟をさせたらしい。

「母さんを斬る」

 と、菊一文字を片手に飛び出そうとする玲を、留めたのは虎千代だった。

「部屋へ戻られい。…理由は、分かるはず」

 その声は強い制止を含んだものではなく、あくまで穏やかなものだ。

「それに春水殿は逃げた。闇雲に追っても無駄だ」

「でも…」

 と、はやる玲に、虎千代は言った。

「…今、一番わたしたちがすべきは、何か。武田殿や黒姫どもにですら見つからぬかも知れぬ、春水殿を追うことではあるまい。傷を負ったミケルの命ではないか?」

 訥々と諭す虎千代の言葉に、玲も返す言葉を喪い、刀を納めたのだそうな。


 それを聞くとラウラは、悲痛そうに眉根をしかめた。

「玲サン、かわいそう。…玲さんのせいじゃない。そんなに自分、責めてはいけないのに」

「そうだね」

 ラウラの言う通りだ。三島春水が為すことは、玲がどうこう出来るような事柄ではない。自分がその息子だと言う事実が、あいつの自責の念になって僕たちの中に居たたまれなくさせてしまっているのだろう。

「…だから、ワタシ、来た。真人サン、玲サンはどこ?すぐに会いたい」

「うん、じゃあ、行こうか」

 僕は、言った。虎千代の話では、湯治治療中の玲は温泉に出かけているとき以外は、ほとんど部屋から出さないようにしている、と言う話だったが。

「玲サン、お部屋にいない?」

 部屋の中を見回したあと、ラウラは不思議そうに僕を見返す。

「だったらたぶん、温泉だと思う。すぐに帰ってくるんじゃないかな…」

 僕が辺りを見回した時だ。お湯を沸かした(たらい)と手ぬぐいを持って、玲が廊下を歩いてきたのは。

「あれっ、ラウラ!?」

「玲サン、会いたかった!」

 ラウラはとびきり明るい声を出して、玲の手を握った。僕はちょっと驚いた。こんなに積極的なラウラ、ちょっと見たことがない。

「いつここに?」

「花川先生を呼んだだろ。…一緒に来てもらった」

 僕は事情を説明した。

「そうだったんだ…」

 すると玲は、心なしか声のトーンを落とした。

「何をしていたのですか?」

 ラウラが玲が抱えている盥を見て、尋ねた。

「ちょうど今、身体を拭く手伝いをするところだったんだよ。ここ、女の人ばっかりだから、僕がやろうと思って」

「ワタシ、手伝います。兄さん、今どうしているんですか?」

「まだ、目が覚めない」

 玲はつらそうに言った。

 昏睡状態のまま、今、三日目である。発見されるまでの間、かなりの血を喪ったのが、災いした。今どうにか血色は回復し、傷は治ってきてはいるが、意識が戻るまでには至っていない。

「大丈夫、兄さんは後悔してない。ワタシと同じ、真人サンに助けられて、自分の運命を捧げると約束したから」

 と、ごく自然に十字を切るラウラ。だから、死んでないって。

「それより、玲だって治療中だろ。ちゃん安静にしてなきゃだめじゃないか」

「僕はもう、平気だよ。骨を折ったわけじゃないし、ただの火傷だから」

 玲は強がってみせる。確かに温泉で火傷は大分消えて目立たないが、爆弾で吹き飛ばされたような大怪我だ。大丈夫なわけない。ラウラの前だからって、ちょっと、無理してないか。

「玲サン、どうしてそんな火傷した!?大丈夫っ、無理しないでください!」

 と、玲の身体を隅々まで探ろうとするラウラ。この二人、長く離れていたが、これでまた距離が縮まったようにも見える。僕は完全に邪魔ものである。


 どことなくはしゃぎ気味の二人を後目に、僕は玲が出入りしていたミケルの部屋へ目をやった。

 陰陽術でミケルの気を察してみたが、どうやら状態は安定しているらしい。あとはいつ、目覚めるかと言うところだ。花川先生が診てくれれば、傷の治りも早くなるはずだ。僕はそっと、(ふすま)を開けてみた。

 陽当たりのいい西側の角部屋だ。ミケルは浴衣を着せられ、敷布団に寝かされていた。明かり障子の外光が照らすその顔はすっきりしていて清潔に保たれ、病魔や衰弱の(かげ)は見られない。

 僕にとってはあの豪雨の惨事以来の姿だ。その安らかそうな顔つきをみて、ほっとしたら、思わず腰が抜けてしまいそうだった。

「ふふん、やっと来たかくたばり損ない」

 ふと最近聞かない声がいきなり立ったので、僕はそのままへたりこみそうになった。ミケルの枕元に晴明の札が置いてあったのだ。ミケルの身体を拭いていた、玲が置いていったのだ。そう言えばずっと、玲に預けっぱだった。

「見ろ、いつまでも迎えに来ない罰だ。分際を弁えろと言っただろう。お前もまだまだひよっこだ。どうだ、お守のいない危険さが身に沁みただろう。この私がいれば、三島春水に悟られずに応援を呼べたのにな」

「身に沁みたよ」

 まさに、ぐうの音も出ないとはこのことだ。言われてみれば、晴明がいたなら、危険を犯さずに助けが呼べたのだ。でなかったら、ミケルにあんな重傷を負わせることにはならなかっただろう。

「柄にもなく、しおらしくなるな。師の有難みが分かれば、それで良いのだ。これからは、肌身離さず私を持ち歩き、毎朝、お神酒を備えて拝むがいい」

「今度助けてくれたらね」

 僕は吐き捨てるように、言った。

 珍しく殊勝な気分になったと言うのに、一気に鼻白んだじゃないか。

「ところでお前の用心棒の方は、大事無いぞ。いずれ、腹でも空かせて起きるだろう」

「用心棒じゃないっての」

 ったく、口の利き方に気をつけてほしい。こいつは自分を犠牲にしても、僕を守ってくれた親友なのだ。ミケルに失礼じゃないか。

「どっちでもいいが、お前の力で起こしたらどうだ。せっかく私が託した陰陽術を、お前は普段、あまり活用してないではないか」

「えっ、そんなこと出来るの?」

「出来るに決まってるじゃないか。だからお前は、研究心が足らん、と言うのだ」

 ふわりと水干姿で現れた晴明は、一枚の呪符を手渡してきた。ん、何かこれ、見たことあるな。

「忘れたか。必殺『雷神』陰陽目覚ましだ。今のお前の力を使い、この呪符の電力をミケルの両耳から流してやれば一発だ」

「そんなこと出来るか!」

 封印するぞ。やっぱりろくなこと考えないな。

「兄さん、もう起きますか?」

 ラウラと玲が、のんきに顔を出す。いや、そんなわけないだろ。

「さっき、包帯替えて身体を拭くの手伝ったんだ。傷も皮が張ってきて、大分いいって、黒姫さんも言ってたよ」

「良かった。それなら、大丈夫ですね!玲サンも火傷、綺麗になってきた!」

「僕のことはいいって」

 ラウラ、玲の怪我ほど心配してない。どうでもいいけど、みんな、どうしてあんまりミケルのこと心配しないんだろ。

「あのねえ、みんな忘れてると思うけど、ミケルは重傷なんだよ?どうしてみんな、扱いがぞんざいなのかなあ!」

 僕が耐えきれなくなって、声を上げた時だ。

 ぱっちりとミケルの目が開いて、ぼそりとつぶやいたのだ。

「腹減った」

「ミケル!」

 ミケルの意識がついに、戻ったのだった。

 第一声が腹減った、と言うのは、いかにも平和だが、実はちょっと前から目は覚めていたみたいだ。

「なんだか、あんまり騒がしいんでな」

 まだ動けないので我慢していたらしいのだが、ついに堪えきれなくなったらしい。

「良かった兄さん」

「なんだ、来てたのか」

 ミケルは、初めてラウラの顔を見た。

「玲に会いに来たんじゃないのか?」

「もう、兄さん!」

 ラウラは遠慮なく、ミケルを引っぱたく。おい、怪我人だっての。

「何か食べられそうなら、持ってこようか?」

 ああ、とミケルは首だけを動かした。

「肉だな。鴨でもウサギでも、なにか肉がいい」

 おい、怪我人。

「身体を動かさなきゃ、大丈夫だろ。こうしていると、暇で仕方なくなりそうだからな」

 ミケルは上体を起こすと、けだるそうに首を回した。

「真人、あとで温泉にでも、連れてってくれよ」

 あんな怪我なのに、ミケルはあまりにもけろっとしている。

 あれっ?もしかして過剰な心配をしてたのは、僕だけなのか?


 ミケルがそれから鴨肉の炙り焼きと兎汁で丼飯を六杯も食べて爆睡したあと、信玄が戻ってきて顔を出した。

「全員、顔を貸してもらえるか。怪我人を除く全員だ」

 その声は、いつになく厳しいものだった。

「何かあったんですか?」

 信玄は無言で首をすくめてみせた。その仕草で察しろ、と言うことだろう。

「ラウラや玲も呼んだ方が?」

「緊急事態だ。戦える人間、いや動ける者は、全員集めてくれ」

 一体何があったと言うのだろう。

 僕の胸にも、緊張が走った。

「真人、差し迫ったことになった」

 先に着いた虎千代は、少し話を聞いたようだ。

「何があったんですか?」

 その隣に座りながら、真紗さんに聞いたが、彼女も深刻そうな顔で答えない。黒姫もどこか、浮足立っているようだ。

「さて、諸君。来るべきときが来たかも知れない」

 信玄は、全員が聞く姿勢を見せるとおもむろに口を開いた。

 重々しい口調である。

「決断のときだ」





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