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戦国恋うる君の唄  作者: 橋本ちかげ
Phase.16 ~頂上決戦、十界奈落城攻略戦、三つ巴の戦い
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斬人の誘い!月下の決闘ついに開帳…?

「成長したな、真人くん」

 枯れた柴を踏みしめて海童は、藪の中からゆっくりと明るいところに出てきた。

「腕に自信でもついたか。脅し方にどすが利いてきた」

「それはどうも」

 軽口を叩きながらも僕は、油断なく海童の周囲に気を張り巡らせた。

「中のことは、気にする必要はないよ。…もう、あんたが盗み出したものはとっくに、無価値なものになっている」

 僕はあえて断言するように言った。海童が、信じないのは案の内だ。

「菌床を盗み出したんじゃないのか?…火の手は感じないがな」

 海童は八の字に眉をひそめると、わざとらしく首を傾けてみせた。

「信じる、信じないは自由だ」

「だが、君が阻んでいる」

 それがまだ、炭そ菌が無事である唯一の証拠だとでも言うように、海童は、切り返してきた。

「どいてもらおう。そうしないとどうなるかぐらいは、分かっているだろう」

「分かっていないのは、あんたの方だ。近づけば恐らく、今まででしたことない後悔をする羽目になるぞ」

 僕は二指を立てると、そこに炎をまとわせてみせた。

「まず言っておくが、火気は厳禁だ。銃を使おうと思ってるなら、ますますお勧めしない」

「そんなことはしないさ。どかせるならもっと、手っ取り早い方法が、あるだろう」

(海童は僕を恐れない)

 この男は、鬼子の力を知らない。だからこそ、強気で僕を痛めつけにくるだろうと思った。

「私を無力化出来るなら、君の力で、とっくにそうしているだろう」

 海童が踏み出してきたときだ。端から割り込んできた廣杉が、突然、海童に組みついた。

「なんだあんたは」

 すかさず廣杉は、海童の奥襟を取っている。さすがは関東軍の古豪だ。

「坊さんよ、通るな、って言ってるのは、この小僧だけじゃねえんだよ」

 凄みのある笑みを浮かべて廣杉は、ぐっと海童の奥襟を絞って幅広の背中を圧しつけた。戦場渡りの兵隊柔道である。武器を持たずとも、人間が破壊できる。恐るべき勢いの背負い投げは、頭から叩き落して地面に直接、(なぐ)りつけるかのような殺人技だ。

 あの海童の巨体が、放り投げられた。

 しかし相手もさるもの、軽業師のような敏捷性を持つ海童は、空中で態勢を立て直す。掴まれたジャケットを脱ぎ捨てて、素早く廣杉を払い落とした。

「指取りか」

 掴み損ねた廣杉が顔をしかめている。

 投げに入ったと思われた、廣杉の人差し指と中指がへしゃげていた。この早業は、虎千代もよくやる逆技だ。投げの力点になる利き手の把握力を奪って、投げる方向に自ら飛び、地面への墜落を防ぐ。

「しゃらくせえ」

 だが廣杉の攻勢はここで終わらない。曲げられた指をまとめて戻すと、そのまま躊躇なく目突きを放ってくる。戦場技の目突きは、目つぶしなどと言う生半可なものではない。人体の外観で最も柔かい眼窩(がんか)から目玉をえぐりだし、脳髄を掻きまわす、えげつないと言って少しも語弊がない必殺技だ。

 海童はえぐりこむようなその追撃をボクサーがするように、顔の急所を守りつつパリーしたが、衰えぬ勢いをいなしきれない。右頬を貫き手がかすめ、薄く血を流した。

「がっつくねえ。…関東軍とやらは、そんなに無遠慮かね」

 しつこい追撃に、海童はさすがに顔をしかめた。

「そう言うあんたは、食い気が足りねえんじゃねえのか。…着てるものを見たところ、この時代の人間じゃなさそうだが」

 図らずも、新旧日本兵同士、しかも特殊部隊の対決だ。今のところ、廣杉に分があるようだが、海童とて一筋縄でいくまい。


 その頃、虎千代は多くの抜刀武者たちに囲まれて、立ち回りの最中だ。立ち向かう男たちは、三島春水に憑かれたものたちである。いずれも、甲冑を装着せず、無防備で挑んでくる。三島春水の剣を真似てか、全員が垂直に背筋を伸ばしている。

「者ども、介者剣法(かいしゃけんぽう)を忘れしか」

 虎千代は苦笑する。戦国時代当時の剣術は本来、このようではない。基本は背を屈め、足を踏ん張り、撞木足(しゅもくあし)と言う足運びを用いる。それはすべて、戦場で甲冑を着て剣を扱うことを想定したものであり、その態勢は低重心で懐深く相撲に近い。甲冑武者にとって、バランスを喪って倒れることが最大の命とりであったからだ。

 現代剣道に受け継がれる、背筋を伸ばした正眼や脇構え、下段が登場するのは江戸時代以降だ。着物をまとっただけの殿中や往来で、素早く立ち回ることに重点が置かれたこの剣は、かの柳生新陰流やぎゅうしんかげりゅうによって広まったようだ。

「おッ、お覚悟ッ!」

 刃を振り上げて、同時に数人が虎千代を襲う。

 足運びや体さばきが自由なこの剣法は、新撰組の剣術に代表されるように集団攻撃のコンビネーションが作りやすいと言う、利点もある。

 だが虎千代の剣とて、不自由な介者ではない。

 機動力に特化した虎千代の剣は、馬上地上、変幻自在だ。その剣は古流剣術とも現代剣術ともまた、違う地歩を築いている。

 唯一無二のハイブリッドと言う点では、三島春水と同じだ。

 練り上げられた波状攻撃も、虎千代の動きの前には無意味だ。

「ぐわッ」「ううッ」「ぎゃああッ」

 白刃が閃くたびに、功名に逸る男たちの悲鳴が逆に響く。手足の節々や太い動脈の走る急所だけを的確に斬り飛ばす虎千代の剣線は、甲冑武者にもそうでないものにも有効だ。

 みるみるうちに、相手が戦闘不能になっていく。

 虎千代は斬る、と決めたものには容赦はしない。だが斬撃は手足の腱を切るに留め、命を奪うことまではする気はないようだ。速度と精妙を極める斬撃だが、虎千代がその手の内をさらしきりたくない、と言う考えも、そこには混じっている。

 三島春水が、視ているのだ。

 今、もっとも間近で虎千代の斬人剣を。

 達人にしかそれと分かることのない絶妙の匙加減(さじかげん)で、虎千代は、本来の剣を隠している。古流剣術の『型』が、仕留めの剣を秘して門外の人間に分からないようにする工夫と同じことを虎千代はしている。それでも、視られている。

(…取るに足らぬものたちを、けしかけたのはそれが目的か)

 今の虎千代の力量を、これで推し量ろうと言うのだ。

 証拠にいくら虎千代が虚の隙を見せて誘っても、三島春水本人は一度たりとて、仕掛けてくることはなかった。

 と言うより、抜刀すらしていない。

 虎千代が最後の一人を斬り捨てるまで、日中(ひなか)の陽炎のようにその存在感を殺していた。

「…ついに殺さずに、済ませましたか」

 口を開いたのは、虎千代が全員を、戦闘不能にせしめたときだ。足元に無数の怪我人がうめいている。血は流したが、確かに一人の死人もそこにはない。

「自業自得とは言え、春水殿、貴女にそそのかされた連中だ」

 虎千代は血ぶるいをすると、一瞬で命のやりとりの覚悟を決めた。

「次の剣舞(けんばい)は、貴女に踊って頂く」


(どうしよう…)

 思わず僕は立ち往生しそうになった。

 虎千代は身動きが取れないし、海童と廣杉は死闘を繰り広げている。さすがにどちらも、割って入る余地はない。

 すでに真紗さんには急を伝えてあるが、中からは依然、なんの応答もない。とにかく滅菌さえ確認出来れば、僕たちの任務の本望は達したことになるのだが。

 とにかく様子を見に行こうとすると、ふらりと何か、割って入る影が。長い黒髪が、棚引いた。この野獣のような気配。忍び装束に身を固めた江戸川凛だった。まさかこんなにまで、接近を許してしまうとは。

「わっ、わわっ、寄るなッ!」

 すっごくかっこ悪い声が出てしまった。あわてて二指に、炎をまとわせる。すると向こうはさらにびっくりしていた。

「うわッ!なんだよそれッ!?必殺技かッ!?」

「行けッ!あっちへ行け!」

 僕はありったけの風で、炎の列を宙に掃いた。まるでマジックだが、獣は火を恐れる。悲鳴を上げて凛は後退した。

「いきなしなにすンだよお前ッ!危ないじゃないか!」

「黙れっ、僕に不意打ちして中に入ろうとしたろ!」

 危なくて当然である。今のタイミングだったら、こっちが当身を食うところだ。

「そんなことしたって、無駄なんだからな!中の炭そ菌は全部僕が、焼き殺した」

 僕は言ったが、向こうは別のことに興味津々のようだ。僕が炎を出しているのを見て、子供みたいに目をきらきらさせていた。

「まっじか~!すっげええなあ。で、それ、どうやって出してるんだ?やっぱなんか、仕掛けがあるんだろー?」

「寄るなっての!敵だろ!?」

 まったくもって、こいつの感性がよく判らない。

「なんだよ、久しぶりに会ったってのに、面倒くさいな」

「僕のこと、殺すって言ってたろあんた」

「知るか。男の癖に、細かいこといちいち気にしてるんじゃねえよ」

 玲を気にかけてくれているが、僕自身は断じて気を許してはいない。まあ、海童や三島春水に比べれば、危険な人じゃないとは思うけど。

「分かったって。別に、無理して入る気はないよ。ボスは菌を守れって言ったけど、アタシにばい菌どうにかしろったって無駄なことぐらいは分かってるだろうし」

「ばい菌…」

 出たまた、ざっくり把握。この恐ろしくおおざっぱな感性で、どこまで通すつもりなんだろうこの人。

「それに今は外のが、面白いよ。どっちも中々、見ものじゃんか」

 江戸川凛は、あごをしゃくる。腕を組んで仁王立ち、すっかり観戦モードだ。


 海童と廣杉の死闘ももはやたけなわだ。

 二人ともすでに十分近く、真っ向勝負のつぶし合いである。

 血肉を削り合う攻防戦が、これほど長く続くことなど、ありえないことだ。

「らあッ!」

 廣杉が容赦なしの大外刈りで押し倒せば、海童はあおむけに倒れた勢いを逆手にとって、腕ひしぎ逆十字の態勢に入る。利き腕をへし折られそうになった廣杉はすばやく、左手(ゆんで)で貫き手を放ち、海童の残った方の目をえぐり出そうとする。戦場にはタップも禁じ手もない。ここではあらゆる格闘技が、野蛮な本性をむき出しにする。

 素早くヘッドスリップで致命傷を避けながら海童は、関節技を外して距離を取った。そのときには廣杉の腕は、あらぬ方向を向いて力なく垂れ下がっていた。骨は折れてはいないが、関節可動部が手早く外されているようだ。

「ぶっ殺す」

 なんの躊躇もなく廣杉は、外された関節を自力ではめ込む。泥まみれになりながら二人は、すでに周りも見えていないようだ。


「見物に来たわけじゃないだろ?」

 僕が眉をひそめて言うと、江戸川凛は肩をすくめた。

「まあねえ。…でも、中へ入ろうが無駄なんだろ?」

 僕は、ちょっと言葉に詰まった。

「そんなに簡単に僕の言うことを、信じるのかよ?」

「はあ!?そうじゃねえなら、そうじゃねえって最初から言えよ。どっちなんだよ!?」

「そうじゃ…なくないってば」

 やりにくい人だなあ。ある意味では、一番強敵が回ってきた気がする。

「あっそ、ならいいよ。そっちはアタシの知らない範疇だ。勝手にやりゃいい」

 凛は断言する。これほどやる気のない工作員も珍しい。

「知るかよ。今、観てるものの方がアタシには、大事だね。お春さんは、あんたたちを待ってたみたいだよ」


 僕たちは必ず、ここを突き止めてくる。

 確かに三島春水だけは、そのときのための準備をして待っていたようにも思える。城方の武士たちを洗脳して、虎千代と斬り合いをさせたのもそうだ。

(『違う』んだろう…)

 僕たちと、海童と。三島春水が手に入れようとしているものは。

 いよいよ虎千代と、相対するため。


 虎千代もすでに、三島春水を斬る覚悟でいた。

 人智を超えた達人の予見は、思わぬところで不思議な一致を見るものだ。

(ここでまさか、『決着』がつくのか…?)


 青く澄んだ月光を浴びて三島春水が、虎千代の前に立ちはだかる。朱鞘に鍔なし、腰高の長剣だ。鮫皮の柄にほっそりとした指を絡ませている。

「もはや頃おいでしょう」

 その玲瓏(れいろう)とした声音に秘められた、血も凍る殺気に虎千代も思わず、気色を変えた。

「是非もなし」

 白刃引っ提げての邂逅は、これで何度目のことか。

 誰にも留められることなく、極限の斬り合いがついに始まる。




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