糺(ただす)の森の攻防!(後編)救い出された暮葉さんが語りだした煉介さんの裏の顔とは?
どうする。
虎千代は道按に釘付けだ。黒姫もまだ十人の罪人たちと戦闘を繰り広げている。
煉介さんのお姉さんを助けに行けるのは僕しかない。
僕しかいないんだけど。
僕は虎千代のような達人でも、黒姫みたいな人間兵器でもない。
でも、この場で動けるのは僕しかいないわけで。
ああっ、もう。とにかく行くしかない。理屈を考える前に僕は、飛び出していた。
二人がめいっぱい人数を惹きつけている。
そのお蔭で煉介さんのお姉さんに刃物を突きつけているのは、幸運にもただ一人だ。瞳の濁った白髪混じりの足軽悪党は、気絶している女性の咽喉に刃物をつきつけながら、怪訝そうな瞳を僕に向けた。
「まっ・・・・ってっ」
待ての、ま、で早くも噛んでしまった。
「ああっ?なんだ小僧っ」
なんだっ、っていきなり問われると、中々言い返しにくい。人質を返せ?かな。いや、もともと僕たちのものじゃないし。虎千代や煉介さんなら。ううん、なんかそれっぽい言い回しをするんだろうけど。
「どっ、どけっ。だからその、そこの人をこっちへ無事に渡すんだ」
「やかましいわっ。この女、お頭が殺せと言うたんじゃ。寄越せと言われてそのまま寄越せるか」
そりゃそうですよね。あ、やっぱりだめだ。思わず引き返しそうになって僕は気がついた。黒姫から猛毒のナイフを渡されていたんだった。僕はそれを両手で持ち、相手に突きつけると、さっきの黒姫の言い回しを思い出しながら、精一杯脅し文句を口にした。
「み、みろっ!こ、こいつには毒が塗ってある。どこに当たっても、かすり傷でも、熊だって、助からないくらいたっぷりとだ」
「あ?」
「どかないとこれでお前のこと刺すぞ。そ、そしたら傷口から腐って肉が落ちて最終的には、その・・・・すごく痛いんだからなっ」
相手はぽかんとしている。うう、自己嫌悪だ。もっと気の利いた言い回しはなかったのか。それでも僕は熊毛を植えた凶悪な牙を見せつけながら、じりじりと近寄ってみせた。
「そっ、それに毒が塗ってあるのか?」
「あっ、ああっ、な、なんの毒かは知らないけどなっ」
男は目をぎょろっ、と開いて僕の握ったナイフを見た。黒姫が塗った毒が危険すぎるのか刃は油膜が張って、いやらしい虹色に輝いている。どうやらそれに効果があったのか、相手は思わず後ずさる。すかさず僕は倒れている女の人の方へ回り込み、ナイフを振り回してなんとか男を追っ払った。
(ふーっ、なんとか上手くいった)
僕が肩を落として、なんとか重たい息をついていると。
がっ、と手首を思い切りつかまれた。別の男だ。取り押さえるチャンスをずっと狙っていたのだ。よくみると最初に暮葉さんを抱えあげていたあの大柄な僧兵だ。
「小僧が調子に乗りおってっ」
わっ、ナイフを盗られる。僕はその男ともみ合いになりながら、必死に刃物を守る。なにしろ自分の命綱だ。これをとられたら本当に無事で帰れない。でもさすがに、相手もしつこく諦めない。すっごい腕力だった。どんどん刃物をもぎとられそうに。
「寄越せっ、この餓鬼めら刺し殺してくれるっ」
「わああっ?」
馬乗りになられ、もうだめか、と思った瞬間。
ドン、とタイヤを思いっきり叩いたような音がして、男が吹き飛んだ。風を切って、空を黒い蛇が舞う。間に合った。ちょうど黒姫が助けに来てくれたのだ。
「ったくもう、なにやってんですか真人さん」
「た、助かったよ」
はっ、と顔を上げてみると、黒姫は清純そうな顔に返り血を浴びていた。
「その刃物で上手くやったみたいですね。思ったよりはやるじゃねーですか」
「う、うん。なんとか。返すそれ」
猛毒ナイフを拾うと、黒姫は僕を助け起こしてくれた。
「ん?なにじろじろ見ますか。わたしに惚れても死ぬほど無駄ですよ?」
「いや、感心したから。やっぱり僕が嫌でもちゃんと仕事はするんだなーって」
「ああ、別にあんたのこと助けたわけじゃねーですよ。虎さまの命令に従っただけです。それにあんたは知らねーでしょうけど、虎さまは、すごく素敵な方なので例えば敵が塩を留められて困っているならば、その敵にすら塩をおくるような立派な方なんです。だからわたくしだって、敵にも塩はおくりますですよ」
て言うかやっぱり僕は敵なのか。でも、ああ、敵に塩を送る。そう、これは確か今川義元の差し金で塩が手に入らなくなって困ってしまったライバルの武田信玄に、上杉謙信はあえて越後産の塩を送った、という心温まる話だ。
敵の困るあらゆることはして当たり前と言う戦国時代にあって、雌雄はいくさのみで決めるべきだと言う、なんともフェアプレイな謙信の清々しさを物語るエピソードなのだが、もちろんこの天文十五年に虎千代は、川中島で死闘を繰り広げる武田信玄のことは知りもしなかっただろう。
それなのに虎千代って、やっぱり昔からそんなイメージだったのか。だから自然と家風にもそれが伝わっているわけなのだ。
「それにです、ふふう・・・・あんたを助けるふりさえしておけば、わたくしは虎さまにいっぱい褒めてもらえるではないですか。あんたを事故に見せかけて始末するのは、わたくしを虎さまにもらって頂いた後でいくらでも出来ますし」
僕の感動を返せ。
「それより人質を担いでくださいな。さっさと逃げますから。虎さまだって、そろそろ限界っぽいですし」
黒姫はあごをしゃくる。虎千代と道按の斬り合いが佳境に差し掛かっていた。
負傷した足軽たちも再び立ち上がって、黒姫に反撃をしようと近づきだしている。殺すなと虎千代に命令されていただけに、黒姫は一人も殺していないのだ。
あわてて僕は、倒れている煉介さんのお姉さんを背負い上げる。出来るだけ大きな声で、僕は虎千代に呼びかけた。
「虎千代っ、こっちは大丈夫だっ。早く逃げようっ」
「でかした」
「おのれえいっ」
あわてて道按は、虎千代を背後から突こうと腕を突き出した。浮き足立ったその動きの半端さが、虎千代に反撃の隙を与えた。タイミングを計って、虎千代が投げた小柄が、道按の手の甲に刺さったのだ。それは、刀の柄につけられている人差し指ほどの小さなナイフだ。
思わず道按は、小柄の刺さった手を庇う。
「はっ」
一瞬で間合いを詰めた虎千代が跳びさがりざま、道按を斬り払った。滑空して獲物を狙う猛禽類のように、急所を狙った一撃だ。刃は額を真横に斬りつけ、あふれ出した血が顔いっぱいに道按の視界を塞いだ。
「あおおうっ、おのれえいっ」
昏倒しかけた道按だが、片手で傷を抑えながら必死に踏みとどまる。この男もさすがに腕が立つ。後で聞いた虎千代の話では頸を掻ききるつもりだったと言うのだが、一瞬早く道按が首をひねってかわしたので、刃は額を割った程度で済んだのだ。
だが今の一撃で完全に旗色が変わった。致命傷は避けたがこれで道按は、変幻自在の片手剣を操るのに不可欠な、視界と遠近感を喪ったのだ。
「ふん、往生際の悪い奴よ」
まだもう一太刀入れられるとみて、虎千代は剣を構えなおした。
そのときだ。
耳を聾する火薬の破裂音が辺りを揺るがし、衝撃波と硝煙が二人を包み込んだ。
虎千代に気を取られていたが、僕は、すぐそこで見ていた。両手いっぱいに導火線から火を噴いた爆弾を取り出した黒姫が、爆笑しながらそれをばら撒いたのだ。頭上から降りかかる赤い粉と硝煙には、煎った唐辛子と胡椒がふんだんに詰め込まれていた。
「あははははっ、こいつで仕上げですっ」
黒姫の心底こんな清純そうな見た目をしているのになんて危険な奴なんだ。虎千代といいこのえといい、戦国の越後とは見た目と中身の違う女の子ばかり住んでいる土地なのだろうか。
「おいっ、ここをさっさと逃げるぞ」
と、虎千代は言った。道按のところから、煙に紛れていつのまにか、ここまで逃げてきたのだ。さっきの爆撃で刺激の強い煙を吸ったのか目に涙が滲んでいた。
「黒姫のやつめ、これでは我らまで巻き添えを喰うてしまうわっ」
爆音で会話が出来ず虎千代は叫ぶように言ったがそのせいで、けほけほ咳をしだした。
「おのれえい、逃げる気か」
硝煙と悲鳴の中、道按の金切り声が、木魂する。虎千代はそれに何かを言い返そうとしたが、さすがに声が出なかった。飛散した唐辛子をもろに吸い込んでしまったようだ。
当然のことながら。
「・・・・・ごめんなさい」
撤退の際に極悪な毒ガス爆弾をばら撒いた黒姫は、後で虎千代にめっちゃ怒られた。当たり前だ。あの大迷惑な爆弾のせいで僕も虎千代もさっきからずっと目がかすんで咽喉がいがらっぽいのだ。とりあえず、煉介さんのお姉さんは保護できたのでそれは、よかったが、虎千代の怒りはいつまで経っても一向に収まらなかった。
「許さぬっ。今度と言う今度はほとほと呆れたわっ」
話によると、虎千代は道按を仕留られめるところだったらしい。さすがにそれは腹が立ったろう。
「あううう・・・・・お仕置きなら後で、二人のときにじっくりたっぷり受けますから。だからあの、機嫌を直してくださいよう。どんなお仕置きでも楽しみに、いや甘んじて受けますのでっ」
「仕置きなどせぬわ。奉公構いじゃ。おのれは雇いを解く。どこへなりと行くがいいっ」
「ひっ、ひいいいっ奉公構いですかっ?そっそれだけはご勘弁をっ」
いや、それはさすがに虎千代も感情的過ぎだ。
「虎千代、落ち着けって。それはさすがにひどいよ」
「だ、だがな。あれだけ滅茶苦茶やられては、この先こっちの命がもたん」
それもそうだけど。でもぶるぶる震えながら、黒姫は虎千代の前に土下座している。黒姫がどんなに危険な奴だってこれはかわいそうだ。方法はどうあれ、この子は虎千代のためになろうと一生懸命ではあるのだから。
「でもさ、黒姫がいなかったら、困ったじゃないか。もともと煉介さんのお姉さんも見つけられなかったんだし、あんなにいた道按の一味から逃げることだって出来なかったんだしさ。僕だって、危ないところを助けられわけだから」
「黒姫がお前を?・・・・・助けたか・・・・・ううん」
おおっ、あともう一押し。
「ここは僕からも頼むよ。とにかくクビだけは、だめだって」
「う、うううむ。・・・・・ま、まあ、お前のいうことも一理あるしな」
虎千代は、僕と黒姫を交互に眺めると、どうにか怒りを収めた。
「分かった。よかろう。お前がそこまで言うなら許してやる」
「そっ、それは、本当でございますかっ?」
「黒姫、勘違いするな。おのれが功名ではないぞ。こやつに感謝しろ」
虎千代は僕にあごをしゃくった。なぜか僕に、恩を着させようとする。
「い、いや別に僕に感謝してくれなくてもいいだろ」
「何を言うか。こうして序列をはっきりさせておかねば、我らが結ばれたとき、主従の関係で苦労するではないか」
「な、なっ、何を言うんだよっ急にっ」
「お前が頼むゆえ許したのだぞ。これでよかったのであろう?」
と、僕の袖を引き上目遣いに虎千代は僕を見る。こいつ、たまにこうやって女の子に戻るのだ。実際、ルックスはかわいいから始末に終えない。しかし今は黒姫もいるのに、この状況下でデレるのは、さすがにやめてほしい。
「あのさ、黒姫、これでさっき助けてもらった借りは返したってことで。なんていうかみんな同い年だし仲良くしようよ」
「あっ、ありがとうございますっ。わたくしの方こそ、真人さんを事故に見せかけて殺害すると言う計画は、ここで取りやめにしますわっ」
「そんなことも企んでおったか、お前は・・・・・」
さて煉介さんのお姉さんの暮葉さんだが、少し水を飲んではいたのだが、目立った刀傷の類は負っていなかったのは不幸中の幸いだった。虎千代は床をのべさせたのだが、しばらく休むと意思の疎通は大分きくようになった。
「・・・・・まことに危ういところを、かたじけのうござります。でも・・・・あなたたちは?」
と、震えた声で言う暮葉さんだが、口の中を怪我しているのかどこか話しづらそうだった。食欲もないのか、無理やり水を飲まされて冷えた胃腸を温めるために黒姫が用意した韮玉粥にもほとんど手がつけられていなかった。
しかしこうして落ち着いたところで改めて会うと、やっぱり姉弟らしく面差しは煉介さんにどことなく似ている。溌剌とした煉介さんに対して、大人しい雰囲気に見えるのは、まだ道按の拷問から精神的に恢復していないせいでもあるのだろう。糺の森の閑居に予告もなく突然現れたと知って僕たちをみる眼差しも、どこか戸惑い気味だった。
「僕たち怪しいものではなくて。くちなは屋で煉介さんに、お世話になっていたんですけど」
神聖な糺の森であれだけの大立ち回りをしたし京都に秘密のアジトは持っているしで、十分怪しいのだが。虎千代でもなく黒姫でもなく僕が最初に話を切り出す役割を仰せつかったのは、どうもそう言うわけのようだった。
「そうなの?あなたたちが煉介の言ってた?」
「は、はい一応。僕が成瀬真人、こっちが長尾虎千代」
虎千代は改めて自分で名乗ると、軽く会釈をした。
「ちょっとだけど、みんなのことは聞いてるわ。真人くんに、虎千代さん。・・・・虎千代さんは越後のお姫様で、真人くんは、未来から来たんだって?」
煉介さんを思わせる、ふんわりと独特な笑みを浮かべ、暮葉さんは頷いた。
「ありがとうね。昔から変わった子だったから、仲良くしてくれると嬉しいわ」
暮葉さんは本当に嬉しそうだった。そう言えばいつか聞いたことがあるけど、煉介さんは僕たちみたいな時間漂流をしてきた現代人に育てられた、戦災孤児なのだったっけ。
「さて、つい先ほどのことで心苦しきことながらお話し願えるか。このような無残なことになった経緯を」
と、虎千代が思い切って切り出したが、
「うん。そうね。煉介があなたたちに黙って勝手な行動をしていたこと・・・・・きちんと、しっかりとお話できたらいいんだけど。わたしも、煉介から詳しいことを聞いていたわけじゃないから」
「それでも構いません。じゃあ、とりあえず知ってることから話してくれますか?」
と、僕は言ってみた。暮葉さんは相変わらずやんわりとした読めない笑みを浮かべたが、僕が見た印象では隠し立てすることはせず、時間をかけて思い出すように話し出した。
暮葉さんによると煉介さんが足繁くこの山家に現れるようになったのは、やはりここ数ヶ月のことだったようだ。
「そうね。それまでは姉弟とは言え、会うのは半年に一回あるかないかだったの。それが急に、わたしのところによく来るようになって」
煉介さんは、暮葉さんに相談受付のような仕事を頼んだのだと言う。
いわゆる仕事の斡旋所だ。
「煉介が足軽たちに声をかけて集まってきた人たちの話を聞いて、煉介が手ごろな仕事を割り振る。あの茶屋でわたしが引き受けた仕事はそんなところかな」
実は暮葉さんはこれまで何度か煉介さんに、そうした足軽の仕事斡旋の窓口役を引き受けていたそうだ。だからさしてなんの不審もなく引き受けたのだと言う。
「連絡を受けた煉介がわたしの茶屋で打ち合わせて、仕事に出る。外での仕事の内容は知らないし、報酬や条件の交渉にも一切関わらない。わたしは手数料を受け取るだけだった。本当に、ただそれだけの仕事だったのよ」
「松永弾正」
と、虎千代がふいに口を挟んだ。
「この男と、煉介が会っていた、と言うふしはあるか?」
「そうね、久四郎さん・・・・・あ、松永弾正様のことね。わたしも久四郎さんが西岡で足軽稼業をやっていた頃の知り合いなんだけど、あの人の仕事もかなりあったと思う。三好の若殿様に頼りにされて、あの人もかなり忙しいようだから。そう言えば夜中にここへ来て支度をしてそのまま急に方に発つ、って言う仕事もあったの。今考えてみれば、人に言えない内容もあったかも知れないね」
僕はずばり訊くことにした。
「暮葉さんが煉介さんに最後にあったのはいつなんですか?昨日の晩、下京のくちなは屋で騒ぎがあって、煉介は姿を晦ましていて、僕たちもしかしたら暮葉さんのところに来たんじゃないかと思ってあそこへ来たんですが」
「最後にあったのは三日ほど前かな。昨日の晩は、来なかったよ」
「煉介さんと最後にあったときはどんなお話をしたんですか?」
「ううん・・・・・別に普通だったわ。仕事は忙しそうだったけど、変わった様子もなかったし。ただ今思うと少し、いそいそしてた感じはあったけどね」
「あの水干の男、暮坪道按には何を聞かれたか?」
虎千代は慎重に機会を見ながら、話しかけた。
「煉介が何を仕事にしていたか、しつこく訊かれたわ。もちろんわたしは知っていることしか答えられなかったから困ったわ。どんな風に聞かれても話せることは話しちゃったんだから。ちょうど、仕事に関わった足軽仲間が二人、顔を出していたときで、わたしを守ってくれたのよ。沢まで下りて逃げていったことは憶えているんだけど、その二人は?」
虎千代は無言で首を振った。そう、と暮葉さんは残念そうにつぶやくと、やりきれないというように瞳を閉じた。
「その二人、古い足軽仲間だったのよ。煉介のことも子供の頃から知っていて、心配して来てくれたの」
「とりあえず、ここにいれば危険はない。不足のものがあれば、何でもこの黒姫に言いつけてくれれば足りる。遠慮は無用ぞ」
ゆっくり休むことだ、と、虎千代は言い残して部屋を出た。
「二つに一つだな」
部屋を出るとすぐに、虎千代が黒姫に言った。
「あやつは本当のことを言っておらぬ」
「暮葉さんが嘘をついてるってこと?」
見たところ、そんな風には見えなかった。
「正確には、話せることを話している、そんな感じですかねえ。恐らく誰かに核心に触れる質問をされたら、そのように話すよう煉介さんと前もって打ち合わせておいたと見て間違いないでしょう」
「まったくの大嘘を吐くより、本当だが価値のない情報を白状した方が怪しまれずには済むといったところだな。いずれ、このまま、囲い込み泳がせておいた方が得策だろう」
「終日、監視の目を絶やさぬようしておかなきゃですね」
「ああ、それとなくな」
「真人さんも油断しないでくださいね。逃げられたら終わりですから」
「う、うん・・・・・でもさ、疑いすぎじゃないの?」
現代人の感覚とはやはり違うと思ってしまう。疑り深いと言うか、人間の見方がきつすぎると言うか。やっぱりこの二人、根っから戦国時代の人だからか。
「あの女、熱い韮粥に手をつけず、くぐもった話し方をしていたであろう」
納得できない僕の表情を察してか、虎千代が言った。そう言えば確かに、暮葉さんは口の中を怪我しているようだったけど。
「道按に尋問されて舌を噛んだんですよ。これって、かなりの覚悟がないと出来ないことなんです。つまりは、あの人、ばれてしまってはまずい、何か重要なことを知っているんでしょう。逃れられなくなったら舌を噛もうと心に決めるくらい、大変なことを」
「え、と言うことは・・・・・」
「あそこで殺された二人、恐らくは童子切めが遣わした護衛よ」
と、虎千代は断定するように、言った。
「つまりはあそこを脱出する前に、道按に踏み込まれた、と言うところでしょうね。それにしてもどこで、道按どもに情報が漏れたのか」
黒姫と虎千代は油断のない視線を交わし合った。
「いずれ弾正の命であそこに煉介が人を集めて、何らかの仕事をしていたことは間違いあるまい。あの女もなんらかの方法で煉介と弾正めのつなぎをしていたのよ。道按めに襲われたことを知れば、煉介も動き出そう。しばし、なりゆきを見るがよかろう」




