奇蹟の正体!真人、決死の挑戦とは…?
空っ風の立てる音が、珍しく強く響いていた。
正午過ぎ、僕は久遠との会見を終えた。話しが尽きたとき、折よく深雪さんと小綾が現われてお昼の支度を始めた。僕の分も一緒にと言うので、それを断って僕は部屋を出て行ったのだ。
「また来いよ」
去り際、久遠は意味ありげに僕の背に投げかけた。それに対して僕が返したのは、皮肉だ。
「用事があったらね。…しばらくはまだ、ここにいるつもりなんだろ?」
久遠は何も応えなかったが、利き腕で胸の傷を抑えて頷いた。あれほど立ち回りした割には経過は悪くないようだが、無論まだ、独りで出歩けるような傷ではなさそうだ。部屋を出ると、見張り番はちょうどミケルだった。
「おい、何か分かったか?…結局、あの紗布屠ってのは何者だ?」
「うん、ちょっと整理したら話すよ。もうお昼だし」
自分でもまだ、少し口ぶりが重いのが分かった。ふと顔を上げると、廊下の向こう、窓の外から射した陽が暖かい光のたまりになって、きらきらと舞う埃が輝いているのが見えた。
「…ミケルはさ、奇蹟って信じる?」
「なんだって?」
振り返るとミケルは、これ以上ないほどに怪訝そうな顔をしていた。
「ミケルは、聖職者だろ。もし、本物の神様が、目の前に顕れたらどうする?」
と言うとミケルは苛立たしげにため息をついて、首をすくめた。
「おい、なんだよ急に。…意味が分からないぞ。一体、何の話をしようとしてるんだ?」
口に出してから思わずはっとして、僕は無言でかぶりを振った。ここで話すにはあまりにとりとめない、そして途方もないことだ。
「ご飯食べに行こうよ。虎千代は?」
と、僕が言うと、前から武装した義利が歩いてくる。
「お二方、お待たせし申した☆ここからは、この村上義利がお引き受けしますぞ!」
「うん、ありがとう義利。虎千代たちもご飯かな?」
「これから摂られるようでござる!」
義利の方は、もう済んだらしい。よく見ると、口元にご飯粒がついている。
「じゃあ、よろしくね。小さなことでも何かあったらすぐに、僕かミケルに言うこと」
苦笑しながら僕が自分の口元を指差してみせると、義利はあわてて口を拭っていた。
「怪我人とは言え、油断するなよ。奴は人を操るのが、抜群に上手い」
ミケルは、深雪さんも小綾も全く信用していない。だがこの場合は、僕とは違う見方の人間が、見張りを務めた方が、万が一のためにはいい。
義利が配置につくのを見届けると、ミケルは後ろから僕の肩を小突いた。
「行くぞ。話すんなら、虎姫も交えてしっかり話してくれないと困るからな」
「事態は、私の手の内を離れかけている」
会うなり、信玄は率直に自分の不満をぶつけてきた。眉間深くしわを寄せて、眉毛が八の字である。
「海童一味が予想外の動きを見せている中で、予期せぬ第三勢力の存在は、正直、想定外だよ」
信玄はすでに別の事態で、頭を痛めている。彼らが今、情報収集に努めているのは、海童たちが持ち出した炭そ菌の総量だと言う。専門的な科学施設がなくとも八時間で培養可能な炭そ菌は一日ごとに三回、増殖する計算になる。つまり放っておけば置くほど、無尽蔵に海童が細菌兵器を行使する機会と規模は増える。
「えらいことですよ。つまり一気にその炭そ菌とやらを根絶やしにしなければ、連中は何度でもその兵器を使ってわたくしたちを攻撃出来ると言うことですからねえ!」
お蔭で黒姫と真紗さんたちはいつもの、不眠不休らしい。細菌はどこからでも僕たちを攻撃出来るので、気が気でないと言うのだ。
「まずは風邪を惹いたと思ったら、すぐに相談しろ、と言うのだ。その疫病の素とやらは風邪に似るようなのでな」
空気感染による炭そ菌の初期症状は、インフルエンザに似ているらしい。この件についてはさしもの虎千代も、真紗さんたちの指示に従うだけだ。昼食は焼きおにぎりに、焼き葱入りの鴨汁を張って柚皮を散らしたものを、温かそうに味わっていた。
「ただこっちにも好材料はあるわ。とりあえず炭そ菌の菌床を作るのは簡単なんだけど、問題はその感染力ね。身体のあらゆる場所から感染する炭そ菌は使い勝手がいい分、取り扱いは要注意よ」
例えば風向きひとつ変わっても、炭そ菌のバイオハザードの可能性は、飛躍的に広がる。日中戦争の折、旧日本陸軍は炭そ菌系細菌爆弾を使用したが、偶然その日の風向きが変わったばかりに日本兵一万人が感染し、うち二千人の死者を出したと言う。
空気・土壌・水を汚染する細菌兵器は、まさに諸刃の剣である。
「つまり万が一にも被害が起きないよう、海童たちは最新の注意を払っているはず。少しでも被害を出せば、たちまち、あたしたちに嗅ぎつけられることを分かっているはずだから。さらには一旦、大量の菌床を用意したら、急に移動することは出来ないわ」
「と、言うわけで、ある意味では連中もしばらくは、目立った動きは出来ないわけだ。今のところ、海童一味からの接触はないし、十界奈落城に動きもない。だけに先が読み辛い。そんな中、現われたのは、さらに不可解な新興勢力だが」
信玄はそこで言葉を切ると、僕をじろりと見上げた。
「それは、劔側の行動のうち、と考えてもいいのかな?」
僕は言葉を択びながら、慎重に答えた。
「久遠は、そのように言っていました。奇蹟は、またさらなる奇蹟を呼び寄せるものだ、と劔が話していたことだと」
「以前に君と晴明殿は、劔にはシベリアから抑留兵士や兵器を搬送して来れる能力があるのだ、と言ったね?」
僕は黙って頷いた。
「それは厳密には、劔自身の能力ではないのだね?」
「そう考えるのが妥当…なはずです。劔自身、すでに一生を終えたはずのただの人間でしたから」
「目覚めたとき、すでにシベリアだと言う話はしたな?」
その影が見えてしばらくした頃だ。劔が久遠に打ち明けたのは、二度とその足で戻れるはずもない、と思っていたハルピンに足を踏み入れた日だった。
「私が最初に感じたのはかつての君と同じ、『絶望』だ。私は私なりに戦後わが国のためを想って戦ってきた。そのすべてが振り出しに戻ったかと思うと、全身から力が抜けた」
陸軍参謀だった劔にとっても、戦後処理に来て予期しない十一年の抑留を受けたこのシベリアでの記憶は、挫折と失望の象徴でしかなかっただろう。もし肉体が若返っていたとしても、再び自分の中の暗黒の歴史が繰り返されると知ったら、そこには、『絶望』の二字しかなかったはずだ。
「かつて見たのと寸分違わぬハルピンの曠野の夕暮れを見て、私は途方に暮れたよ。神と言う存在がいるとするならばなぜ、私にもう一度、苛酷な運命を辿らせようとするのか、どうしても理解が出来なかった」
しかし、すぐに劔はその存在に気づいたと言う。かつて記憶の彼方にあった厳めしいソ連の尋問官の風貌を見たとき、その背後に何かが立ち現われ、劔に向かって話かけ続けているのが。
「ロシア語のようだ。最初はなんのことか、さっぱり分からなかった」
だがそれは、うんざりするような尋問が終わっても劔の元に顕れ続け、同じ言葉を根気強く囁きかけた。訝るうち、劔はやっとその言葉を理解したと言う。
「『引き返せ』、確かに彼はこう言っていた」
劔は首を傾げた。百歳を越えた老人の人生に起きたこの数奇な運命は恐らく、その存在の仕業だと言うことは分かってきたが今、こうして時間の果てに取り残された自分に、その存在は、『現代まで引き返して来い』と告げているのだろうか。
「なるほど、では劔はやはり、何者かに遣わされた、と言うことになるわけだね」
そこで、信玄は話を切らせた。なるほどとは言ったが、解せない表情だ。奥歯に物が挟まったような顔、と言うのは、こう言う顔を言うんだろう。
「しかし曖昧だな。君たちはその存在が『何者』か、と断定するのを、意図して避けているように聞こえる。…こんなことを言うのも何だが、私たちが知りたいのとは、別の話に聞こえるよ」
「言いたいことは、何となく分かります」
答える僕もたぶん、信玄と同じ表情をしているだろうな、と想いながら、口を開いている。
「でも、こう答えるしかないんです。久遠の話の聞きかじりでこんなことを言うのも何ですが、劔を導いている『存在』について、やはり『誰か』と断定して話すのは、どうしても違う気がして」
「久遠、君と話していると何度か、私を導く『存在』について君の神の『名前』を持ち出して、表現しようとしているがそれは的外れだ」
僕はさっき久遠にその名を口にしかけて留められたが、久遠もそのとき、劔にはそう釘を差されたそうな。
「私が言いたいのはもっと曖昧な、概念寄りのものだ」
以下、劔が言ったことだ。
「久遠、君が常々十字架に祈って信じる『神』とは、人の子の主として規定された存在だ。しかし私が言う『奇蹟』とは、『偶像』と『教義』によって形作られるものでは本来、ない。それ以前のもっと、巨きなものだ」
例えば有史以来、『奇蹟』を体現する存在は何度も登場した。預言者として立ったイエス・キリストは確かにそうであったろうし、今なおその存在として崇められているものたちは皆、宗教と言うシステムを作り永続性の枠の内に収まった。
「だがこの『奇蹟』を引き起こす存在とは、私たちが形作らずとも常に、私たちの世界に存在する」
例えばこのロシアの大地にも、そう遠くない昔、奇蹟の体現者がいた、と劔は意味深なことを口にした。
「グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチンでしょ」
胡散臭そうに真紗さんが、口を挟んだのはそのときだった。
「真人くんも、名前くらい聞いたことあるはずよ。怪僧の代名詞みたいな人だもんね」
ラスプーチンの名前くらいは知っている。ソビエト連邦以前、ロマノフ王朝崩壊前夜、その超人的な『奇蹟』で宮廷を牛耳った、世界史上まれにみる怪僧である。
怪僧の代名詞と言うが、ラスプーチンはキリスト教徒の神父でもなんでもない。
元々はシベリアの寒村に生まれた、貧しい農夫であったと言う。二十歳の頃、突然、何かに目覚め、巡礼の旅に出ると称して失踪、怪しげなヒーリング能力を武器にロシア史の中心に躍りこんだ。
「彼はキリスト教徒ではない。ただその能力は『啓示』と巡礼によって得られたものだった。違うかね?」
劔の口調はあくまで穏やかだった。
「彼がロマノフ王朝を揺り動かす人物になったのは、その能力によって皇太子の血友病を治療したからだ。それも『奇蹟』ではあるが始まりはごく小さな一歩に過ぎん。
急に実現したなら、人はそれを『偶然』と言うだけだ。だが真の『奇蹟』と言うのは歴史のダイナミズムの中にある。急変に初めて驚く人間には、一生分からない。小さな変化の積み重ねだけがいつか、誰の目にもつく明らかな潮流の変貌へと育っていくことを」
話をしながら久遠が運転するトラックは、終戦時、ソ連軍が進駐した区域へ入っていく。この辺りは貨物廠だ。関東軍の武装解除に伴い、旧満州国の諸都市には暴徒化した市民にソ連軍、共産軍が入り乱れ、敗亡した日本陸軍の資産を略奪し尽くした。
この貨物廠なども、兵器、弾薬、航空機のみならず、食料品、衣料品、医薬品に燃料を豊富に備蓄している。それこそ真っ先に略奪者が群がる場所のはずだが、破壊も暴動も起きた様子もなく、不気味に森閑としている。
「君なら詳しいだろう。ここの担当者は、関東軍は十年は戦線を維持出来る備蓄がある、と豪語したのは、本当かね?」
劔に聞かれて、久遠は即答できなかった。
「さあ、しかし、それくらいの量はあったかも知れません」
昭和恐慌と冷害で干上がっていた日本本土に比べ、この満州国は地上の楽園であった。このハルピンだけでなく新京や天津の歓楽街では、東京大阪の名店が出店し、本土の日本料理が食べられたそうな。まるで時代の徒花のようなこの異常な好景気を支えていたのは言うまでもなく、軍需であった。
「南方では物資がひっ迫し、アッツ島では総員玉砕の悲劇が起きていても、関東軍の幹部の暮らしは派手だったらしいな。中には東京の芸者たちを、軍用機で密かにこの大陸まで空輸で運ばせたものもいたと言うが?」
「それはあくまで、ごく一握りの人間の話でありましょう」
久遠は反射的に、話を濁した。別に自分はそうではないが、あまり気持ちのいい話柄ではない。
「私は、兵力運用が専門だった。が、現地で実地に関東軍の備蓄の状態を確かめたわけじゃない。終戦間際、関東軍は主力を外されただの予備軍になっていた。しかし、大規模な戦闘を予定していない分、余剰ばかりは十分以上だった。この見立てに、間違いはあるまい?」
久遠はそのとき、思わず目を見張った。久遠が運転してきたように、没収されたはずの日本の軍用貨車がずらりと並び、それに残らず積み荷が載せられている。しかも物資誘導を行っているのは、日本人がそれをするとなれば骨に喰らいついても渡すはずのない、ソ連兵たちなのだ。奇蹟どころじゃない。価値の逆転と、世界観の崩壊が同時に久遠の中で巻き起こっている。
「これで私たちも、十年は戦えるな」
劔は皮肉たっぷりに言うとソ連兵に指示し、軍用貨車を一斉に走り出させた。久遠は思わず、ハンドルを握る手が震えた。
(俺たちは、敗けたんじゃないのか…?)
「敗けたのは、大日本帝国及び関東軍だ」
久遠の顔色を見透かしたように言うと、劔は微笑んだ。
「もはや君も、ハルピン機関の工作員ではない。いいかね?我々の戦いに必要なものを、ここから頂いていくんだ」
すべてを運び出したあと、ソ連兵を向かい合わせに二列で並べると、劔は久遠に言った。
「私が聞いた導く声について話をしよう。…『引き返せ』と言う例の言葉だ」
久遠は戦慄とともに思い出した。劔が、最初に出逢った『奇蹟』だ。
「『道を戻れ』と言う意味だよ。君たちが連れ出されたシベリアから、このハルピンまで。旧満州国まで。我々が奪われたものを、取り返すために」
「道を…戻る…?」
「そうだ。かつて、この広大なロシアの行く末をこの手に握った男の名のように」
その預言者の名は、『道を引き返す』と言う意味だったと言う。正道を行かず、逆道を行く。まさに、異端の印のような名であった。
「ラスプーチン(逆道)だ」
劔は大きく手を振り下げると、寒空に響くロシア語で号令した。
「撃ち合え同志ども!」
その瞬間ソ連兵は同胞に銃を向けて撃ち合い、自ら皆殺しになったと言う。
「『奇蹟』と言う範疇など、すでに超えていた」
久遠の声は、掠れていた。内心、僕は思った。この男すらも、どこかで劔を畏れている。久遠にはすでに心の拠り所たる信仰があったために、それが辛うじて幸いしていただけだ。大抵の人間はあのカリスマ性に人格そのものを入れ替えられたようになって、仲間同士での殺し合いすらも辞さなくなる。
「まさか十年の軍備とはね」
実務家の信玄のため息はその部分で、深かった。劔のカリスマ性については、さすが無反応だ。真紗さんは悔しそうに頭を抱えていた。
「これは、大きな誤算よ。…久遠の話が真実なら、兵員ばかりか、軍備や燃料、生活必需品すらも連中は、奪われた旧満州国とやらから、無尽蔵に供給可能、ってことじゃない!」
「…しかも放っといたって十年保つ。これからダムの水力発電によって安定したエネルギー供給源を確保し、半永久的な生産体制に入るつもりなんだ」
「いちいち言わなくても分かってる真人くんッ!」
真紗さんは感情的になったが、僕はあえて言ったのだ。ある意味、最前線の戦闘員である虎千代たちも現状を分かりやすく認識してもらわなければならない。
「一同の話は分かった。すなわち現状は八方ふさがり。…まさに進むも地獄、退くも地獄、と言うわけだな?」
「そんなところだな、長尾殿。しかしこの作戦に、退く、はない。行く手に問題が山積していると言うだけの話だ。まずは出来ることから、やっていくしかないだろう」
信玄はいつも通りの声音で言ったが、どの問題も一朝一夕で解決できる話ではない。
「鬼姫、おれたちも出来ることをやろうぜ」
評定の後、ミケルは虎千代を練兵場に誘った。この兵営は、陸軍の基地だけにだだっ広いグラウンドや畳敷きの柔剣道場があるのだ。
「畳は不要。外へ出よう」
常在戦場の虎千代の稽古は、常に野外である。持ち出したのは刃引きの真剣だが、ミケルには実戦用のエスパーダで挑んで来いと、彼女は言った。
「見くびり過ぎじゃないのか?」
確かにミケルの腕は、長足の進歩を遂げている。まだ未完成の『稲光』は三島春水に不発であったものの、すでにいくつも以前のミケルにはなかった超絶技を繰り出すのを僕は目の当たりにしている。
「しッ」
のっけからトップスピードになって、ミケルは奔った。そのスピードは、虎千代の最高速をも凌ぐほどに見える。せわしなく足を使うフットワークの進退も、散漫なものから脱して、超高精度にコントロールされている。
虎千代はいつもの無形だが、一切無駄な動きはしない。以前はミケルのように、翻弄する動きをしていたのだが、背筋を伸ばしたまま、腰から上を崩すことは無い。
あの三島春水と同じである。
だが、虎千代がそれとは違うことは、ミケルの虚の動きの中から一瞬の実を見い出すことだ。そのために無駄な動きは一切しなくなった。まるで水鳥が、水面のほんのわずかな変化から、奥底に潜んでいる獲物の実像を見極めるように。
狙うときは、ただ一瞬。
刀を持った手を引くとみせて、左の狐拳。なんとミケルは、反応出来なかった。
「おい、冗談だろ」
「ミケル、お前がな。まさか、本気ではあるまい?」
虎千代には珍しく、ミケルを挑発した。
「馬鹿言うな」
ミケルはさらに回転を上げた。以前の限界から踏み越えたと思っていたが、さらにもう一歩先へ踏み込んだ。しかし、虎千代の様子は以前と同じだ。速いのでもない。と、言って遅くはない。急流に立った葦に留まった鵙のように。波に呑まれるようでいて、呑み込まれていない。
それは、何ものにも侵しえぬ一点の孤。
「後悔するぞ、鬼姫ッ!」
致命の一撃を、ミケルは放った。今の一撃は紛れもなく必殺の『稲光』に匹敵する。
しかし虎千代と交錯した途端、足を上げて転倒したのはミケルだ。
どこをどう操ったのか、ミケルの必殺の刺突そのまま、虎千代は投げた。自らの勢いに乗ってミケルは一回転して、吹っ飛んだのだ。まさに、自由自在だ。
(これが無拍子のさらに一歩先か)
虎千代はその地点から、どこからでも相手の『拍子』を捕捉出来る。
「…出来ることをやるしかないのだぞ」
そのとき晴明が、僕の中で言った。確かにそうだ。僕もそのことを、考えていた。虎千代たちの問題じゃないから、言わなかった。
劔が蘇らせられるのは、兵士たちや弾薬ばかりではないのだ。
「劔閣下は、あらゆる奇蹟を掘り起こす。あの紗布屠と言う男に憑いた『奇蹟』も、閣下に憑きしものの仕業だ」
久遠は、最後に紗布屠について言った。
「閣下は紗布屠の力を呑み込んで、さらに強大になる」
そうはさせない。
僕は晴明に言った。
「紗布屠を倒して僕が、その力をもらう」




